第12話 12.はぐれ魔術師の研究拠点
太陽も折り返し、すでに昼を過ぎた時間帯。ごそごそと寝床から出る男は少し伸びをする。男は欠伸をしながら、腰をトントンと拳で軽く叩きながら、ローブを手に取る。
寝起きでまだ少し眠い男はもう一度欠伸を漏らしながら、研究室へ行こうとすると、足元に黒い塊がプルプルと纏わりついてくる。
男は目を細め、足元のスライムを撫でる。
男の一日が始める。
コストイラは廃城の周りを歩く。
廃城はところどころが崩れており、長らく使われていないことを想像させた。しかし、一方で舗装されているところもあり、一部は誰かが住んでいることを窺わせた。
「何か住んでいるな」
「そうですね。生活感がありますし、何より手入れがされていますね」
アレン達は茂みから廃城の入り口を見張っていた。いつ何が出てきてもいいように隠れているのだが、何も起きない。
「どうすんだ?中に入るか?」
「そうですね。今回の依頼は調査と探索なので、少し入ってみないといけませんし、入りましょうか」
「……」
スライムキューブはローブの男にトントンと体当たりする。男は研究の手を止め、スライムキューブを撫でる。スライムキューブは嬉しそうに体を震わせた。
「…………?」
プルン、プルン。
「…………」
プルン、プルン。
「…っ!…………!!」
男は慌てて部屋の隅に置いてある杖を掴む。
中に入ったのはシキとアレンとアシドの3人だ。
そもそもが小さな城なので、全員で入るには無理だと判断し、少数で行くことになった。
シキはナイフが武器であり、狭いところの方が得意なので採用。アシドは戦闘ではなく調査のみにおいて足の速さを見て採用。問題はアレンだ。選ばれた理由は活躍しろ、だった。
「…何かあったら戦わずに報告を優先してください」
「……了解」
「任せとけ」
アシドは2階を探索していた。
「誰かが住んでんだろうけど、何なのかまでは分かんねェな。住んでる根拠はあんのに」
アシドはガシガシと頭を掻き、溜め息を吐いた。棚の上に置いてある立てかけ式の額を取る。
「絵か」
絵にはフェアリーの姿が描かれており、一般的な市場で出回っているものと同じだ。
アシドは額の裏を見るが、何もない。額を外してみると、ふわっと埃が舞う。中には何もなく、長らく触れられていないことも分かった。
アシドは顔を顰め、口元を覆う。咳き込んで何かが起動しても困る。
ガタ。
後ろから物音がした。振り返らなければならない気がした。その本能がままに振り向くと、黒く四角いプルプルとした何かがいた。
プルプル。プルプル。
体を震わせる何かに、アシドは顔色を変えることなく非常に素早く、鋭い突きを繰り出した。
シキは1階台所にいた。
もきゅもきゅと音を立てていた。シキの手には黒い何かが握られている。
テーブルの上に、硬くもなく柔らかくもない反発係数の高い黒い何かが置いてあった。シキの直感が言っている、これは食べ物であると。手を出してみるとこれがまた美味い。
もきゅもきゅと食べていると、冷蔵庫の中に興味が出た。冷蔵庫の中はその住民の性格が出る。シキは冷蔵庫の戸に開けると、中を覗き込む。どうやらこの冷気からするとこれは冷蔵庫ではなく冷凍庫のようだ。中には多くの肉が入っている。肉は食料ではなく、保存のように思える。
ガタ。
もきゅもきゅ。
正直な話をすると、物音がする前からそこにいた。襲ってこないので情報収集を優先していた。黒く四角いプルプルとした何かは、こちらを怯えているように見える。
口の中のものを飲み込むと、手の中のものがなくなったので、ようやく何かに向き合い、ナイフを抜く。
アレンは1階リビングにいた。
テーブルの上に置いてある羊皮紙の束を手に取る。『魔力射出の速度上昇の研究と考察』。
アレンは最初の1,2ページを眺め、静かに閉じる。魔術に明るくないアレンには何を言っているのかちんぷんかんぷんだ。
「アストロさんなら分かるかな」
アレンは自身の眉間を解しながら、羊皮紙の表紙を見つめる。
コ。
「っ!?」
アレンがビビりまくり振り返ると、そこにはローブの男がいた。ローブが深く着こまれているため、何者なのか分からない。
「だr……
「…………っ!!」
ローブの男が何かを叫ぶと、向けられた掌から何かが発射される。
無色透明、空気の塊のようなものがアレンの左肩に着弾する。避けようとしたのだが、当たってしまった。
「がっ!!」
吹き飛ばされたアレンは窓を突き破り、逃走を図る。着弾したのもそうだが、窓や床に激突したこともあり、左肩を抑えながら走るはめになってしまった。
アレンは痛いのを我慢して、タックル気味にドアを突き破り、外に飛び出す。
「どうした?」
「何があった?」
「か、回復します!」
回復を受けながら、アレンはこれまでを説明する。
「…………」
プルプル。
ローブの男はリビングにおり、アレンのことは追っていなかった。男は何かを確認するようにテーブルを撫でる。ない。テーブルの上には何もない。
男は顔を跳ね上げると、入口の方を向く。
「今の音は何だ?」
アシドはスライムキューブを槍から抜きながら、音のした方に顔を向ける。何か、ドアを突き破るようなバンという音。
「…………」
シキも音のした方に顔を向け、目を細める。
プル。
眼を離した隙に、スライムキューブはどこかへ行ってしまった。
追う理由もない。シキは無視して、扉に向かった。
「何か来るぞ」
レイドは自然とアレンとエンドローゼの前に出る。
ローブを着た男がそとにでてくる。影が濃く、その中にあるであろう顔は拝めない。
「…………」
何か言っているのだが、ごにょごにょ言っているので聞き取れない。手袋に覆われた指はアレンを指しているが、おそらく今手の中にある羊皮紙の束だろう。
「…………!」
ローブの男は掌をこちらに向けてくる。またあの技だ。
アレンは目を張り、射出されるものを見ようとするが、何も見えないまま、顔面に何かが当たり顔を跳ね上げさせられる。鼻血が舞うのと同時にコストイラが飛び出す。
咄嗟にローブの男は掌をコストイラに向ける。しかし、コストイラは易々と横に飛び躱してみせる。ローブの男とアレンは驚きに肩を揺らす。
「掌見てりゃ簡単さ」
コストイラはさも当たり前のことをしたかのように種明かしをするが、普通に考えればレベル5程度の新人冒険者ができることではない。そのコストイラの進行を止めたのはスライムキューブ達だ。
「あっ!?」
動けなくなったコストイラに掌を向ける。
コストイラに魔力の塊が当たる直前、割り込む影があった。
スライムキューブだ。
コストイラはスライムキューブを蹴り上げ、間に入れたのだ。
「しゃあっ!」
コストイラは刀の射程範囲に入れると、上段から振り下ろす。
「……!」
「なっ!」
男は咄嗟の判断で刀に魔力の塊を当ててみせた。コストイラの胴体が反る。
男は掌をコストイラに向けた。
魔素。
魔力。
魔術。
魔法。
魔物。
魔族。
魔道具。
全ては500年以上前に生まれたものと言われている。正確な年数は分かっていない。文献に残っているだけだからだ。
とある少年は、そこに興味を持った。初めて魔素を見つけた人は何を思ったのだろう。初めて魔力を感じた人はなぜ感じられたのだろう。初めて魔術を放った人はどうして放とうと思ったのだろう。初めて魔法を開発した人はなぜ作ろうとしたのだろう。初めて魔物を見た人はそれを何だと思ったのだろう。初めて魔道具を作った人はどうやってアイデアが思い浮かんだのだろう。
神から職を授かっていられるのは魔道具の水晶のおかげだ。誰が作ったのかは分からないが。
少年が興味を持つのは仕方がないことだった。少年は魔素や魔力の実験を多くしていた。それらの実験は村中に轟く爆音が出たり、滅茶苦茶に強い光を放ったりと村中に迷惑をかけた。そのたびに両親が頭を下げ許してもらっていた。
転機は両親が亡くなった時だ。少年を守ってくれる人がいなくなった。
それを好機と見た村民は少年を追放した。
森の奥で、実験を続けている内に一つのテーマに辿り着いた。
人は魔素から魔力を経て、魔術を放つ。その速度を上げる研究をするために今日もローブを羽織る。
魔力が発射される瞬間、コストイラは舌を出す。
ローブの男は見開く。
掌が上を向く。背中が押され、狙いがブレた。
「残念!」
アシドが男の背を蹴ると、その横をシキが通り過ぎる。そして、ナイフが男の首を捕らえた。
「こいつ、魔物じゃねェか」
コストイラは男のフードを剥ぎ、中身を確認していた。
「つか、なんで戻ってきたんだ?」
「おそらくこれかと」
コストイラの疑問にアレンは羊皮紙の束を渡して答える。
「研究記録? 魔力射出……オレよりアストロだな」
コストイラに手渡され、アストロはパラパラと中を閲覧しながらぽつりと言う。
「今回って討伐するのって依頼に入ってたっけ」
「…………あ?」
「--戻ってきてくださったのは良かったのですが、無茶はなさらないで下さい。そもそもーー」
一応、報酬は支払われた。受付嬢の説教付きで。
ちなみに、アストロはこの場にいない。察知して逃げていた。
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