第11話 11.双頭の魔獣

 オーーン。オーーーーン。


 また遠吠えが聞こえた。


 オオカミの遠吠えには3つの理由がある。1つ目は自分達の縄張りを知らせるため。2つ目は群れからはぐれた仲間を探すためため。3つ目は仲間との絆を深めるためだ。


 おそらく今回の遠吠えは1つ目に該当するかもしれない。もしかしたら幻の4つ目仲間との連携かもしれないが、警戒を強めておくのに越したことはない。


 先程よりも大きく聞こえる。近くにいるのだろう。


「……遠吠えをする魔獣は数が少ないが、この森だと何だ?」


 コストイラは警戒を強めながら質問する。


「受付嬢が教えてくれてたわよ。アンタ聞いてなかったの?」


「マジで?それは申し訳がねェ」


 アストロに注意されコストイラは居心地悪そうに頭を掻く。


「オルトロスですね。受付嬢が最も注意すべき相手だと説明してましたね」


「オルトロスか。アレのことか?」


 アシドが槍で岩の上の魔獣を指す。


 深く蒼い毛並み。鍛え抜かれたシャープな体。高所から見下ろしてくる黄色とオレンジの中間色の目。そして、何より目を引くのは一つに体に二つの頭。間違いない。オルトロスだ。


『オーーン』


『オーーン』


 二つの頭は時間差で吠える。


 その目は確実に獲物としてアレン達を見ている。


 ギラリと牙を輝かせ、飛び掛かってきた。








 魔獣の森。


 初心者の死亡率が高く、また、中堅でも油断ならない。油断しようものならすぐに命を落とす。初心者殺しの森と呼ばれている。


 その初心者殺しが行われてしまう理由の一つに慢心があるのだが、それと同じほど高い理由としてオルトロスがいる。


 この森に住む他の魔物にはない、戦略を考える頭があり、一つを思考のために一つを行動のために脳を使える。知性を持つ厄介な魔物。それがオルトロス。








 両者が対峙する。


 オルトロスはこの森のボスだ。侵入してくるものを追い払い、また退治してきた。


 魔物達に指示し、魔物達の経験値を分配させてきた。


 しかし、こいつらは駄目だ。


 人数も人数だが、一人一人の実力も高い。他の魔物では太刀打ちできない。それはシーグルを嗾けた時に理解できた。


 オルトロスは正しく判断できた。


 できたからこそ、自身でも対処できない可能性が高いことも分かってしまった。


 縄張りから追い出す。


 確固たる意志を宿し、オルトロスは唸りを上げる。


 先に動いたらやられるかもしれない。


 先に動いたのはコストイラだ。


 刀身が輝き、刃が素早くオルトロスへと向かう。


 しかし、オルトロスは難なく避けていく。それに合わせてアシドの素早く鋭い突きが襲うが、オルトロスは身を捩り、距離を取る。


 そのままオルトロスはアレン達の横を疾走していく。


 速すぎて遠距離組は狙いが定まらない。


 オルトロスはその瞳でアレン達を見極める。


 オルトロスは急に進行方向を変え、エンドローゼをピンポイントで狙う。これまでの経験上パーティーは2人倒されると撤退し始める。ゆえにオルトロスは体力が低そうで弱そうなエンドローゼを狙う。その凶獣の黄色とオレンジの中間色の瞳に射竦められ、エンドローゼは腰を抜かし、動けなくなってしまう。


 誰かが舌打ちをした。


 アレンが手を伸ばすが、エンドローゼには届かない。


 牙がエンドローゼを襲う。その瞬間、オルトロスの体が真横に吹っ飛ぶ。


『グォアゥッ』


『ガルルルルルルルル!!』


 吠える頭の口の端から血が落ちる。血を流させたのはレイドの拳だった。固く握られている拳を恨めしそうに睨みつける。


「大事ないか?」


「え、あ、は、はい」


 レイドはエンドローゼの返答を聞くと口角を上げる。そしてすぐにオルトロスに向き合う。


「来るぞ」


 オルトロスはジグザグと動きながら突進してくる。オルトロスは再びエンドローゼを狙ってくる。どう見ても弱いものを看破している。


 そして、そこでエンドローゼの目の前に火柱が立つ。


「ひえっ」


 エンドローゼは小さな悲鳴を上げ頭を抱える。張本人のアストロに至っては真顔だった。とてつもなく危険な火柱は、しかし確実にオルトロスの進路を塞いだ。オルトロスは進路を変えざるを得ず、横に飛ぶ。


 その後も火柱がいくつも立っていく。そのたびにオルトロスは進路を変えていく。その炎は当たっておらず、捕らえられてもいない。


 オルトロスはにやりと笑う。


 エンドローゼまで一直線。今度は仕留められる。再び牙をむき、淡紫色の少女を襲う。少女は動けない。


 勝った!


 まずは一匹を倒すことで隊を混乱させる。そこに勝機が見えてくる。


 しかし、その黄色とオレンジの中間色の目に映る少女には恐怖の色が見えない。


 不思議に思ったオルトロスの喉元に何かが食い込む感触があった。次の瞬間、左の頭が飛ぶ。


 火柱の陰に隠れていたコストイラが斬ったのだ。右の頭の右目には、、シキがナイフを突き立てる。


 勢いが殺され、吹き飛ばされ、明らかな瀕死に陥っていた。


『クゥーン。ガルルルルルル』


 それでも、戦意を失わない。


 しかし、体はついてこない。血を流しすぎたオオカミはそのまま倒れ、息を引き取った。


「凄ェな。その根性は尊敬するぜ」


 オルトロスの死体を見ながら、コストイラは呟きを落とす。


「皆さん。見えてきましたよ」


 アレンはある方向に指を向ける。


「あれが依頼の廃城です」

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