第9話 9.宴

「んぐ!」




 コストイラはゴブリンソルジャーから一撃を貰うも、すぐさま反撃する。すでにコストイラには細かい切り傷が多く存在している。3桁は突破しただろう。




「クッソ。もう100匹は倒してんのにまだ終わんねェのかよ」




 コストイラが悪態をつくが、文句を言っても変わらない。舌打ちをすると、ポワーと体が温かい光に包まれる。




「後で礼を言わないとな。まぁ、相変わらずタイミングは遅ェけど」




 コストイラの視線の先で、淡紫色の髪の少女は段差に足を躓かせ、ずっこけていた。
















 ヴァイドはパレードを終わらせる作戦を考えていた。何か、ゴブリンを生み出している何かが稼働し続けているのが原因だと睨んでいた。ゴブリンがやってくる方向を見てさらに思考を加速させる。何かは分からないが、それはこの森の奥、地表にあるのか洞窟内かも分からない。分からないだらけだ。ヴァイドは調べに行きたいが、ゴブリン達に足止めされている。コストイラとも離されてしまったし、どうしたものか。




 ヴァイドの思考が難航していると、声を掛けられる。




「ヴァイドギルド長」




「お前は?」




「アレンです」




「アレン、何の用だ?」




 ヴァイドはアレンにぶっきらぼうに応じる。愛想良くする余裕などないのだ。




「我々が行きます」




 アレンの提案はヴァイドの考えていたことの確認すらすることなく、しかしヴァイドの考えていたことと同じ提案をする。




 しかし、ヴァイドは反論する。その手を取れないと判断した要因をぶつける。




「こちらの人手はどうする?」




「そ、っそれは」




 アレンの言葉が詰まる。




 今はまだ均衡をギリギリで保っている状態なのだ。人為的に不利を作るような手は取りたくないのだ。




「「ん?」」




 その時、両者は気付いた。




 ゴブリン達の体に黒い霧のようなものが纏わりついていることに。
















「あーだるい。疲れた」




 アストロは魔術を放ちながら溜め息を吐いた。




 数が多い。




 数が多いと、処理するのにそれだけ魔術を使い、魔力を使う。魔力を使っていると体は魔力酔いという状態が引き起こされる。アストロを襲う倦怠感はそれによるものが大きい。




 10や20ならアストロも問題ないが、次から次へと増えていては消耗するだけだ。




「皆に託す?私らしくないわね。せめて何かは残したいわね」




 アストロは大きめの溜め息を吐く。




「この技、アレの顔が思い浮かんで、ちらついて、嫌だけど。しょうがないわね、使うわ」




 アストロはロングの髪をアップに纏め、縛りながら、大きく息を吐く。




 アストロの髪から黒い霧のようなものが発生する。正確には髪を触っている手に嵌められている指輪からだ。




 黒い霧のようなものは足元を這い、ゴブリン達に絡みついてくる。




『ギィ……?』




 ゴブリンは黒い霧のようなものを剥がそうとする。しかし、摑めずどんどん上がってくる。




 黒い霧はゴブリンのだんだんとステータスを減衰させていく。ゴブリン達は気付けない。味方さえも分かっていない。違和感は持っても、効果までは推察できない。




「少しぐらいは時間稼ぎになるでしょう」
















 弱体化していてもやはり囲まれていては脅威である。コストイラはいち早くアストロの魔法に気付いていた。すでに8年ほどの付き合いだが、初めて見た技だ。




「圧倒的不条理。絶望的理不尽。確実な逆境。良いね。滾る。滾るぜ」




 コストイラはこのような状況であっても強気だった。コストイラの目に炎が宿る。




「燃えてきたぁあああああああ!」




 コストイラを包む炎の凄まじい火力の前に、ゴブリン達は灰に変わっていく。




 戦闘狂のようなことを言うコストイラは深く戦いに身を投じる。
















「突っ込め―!」




「っ!?何だ!?」




 後方から大号令が聞こえる。




「あれは中継係共」




 中継係が前線に参加する。前線で戦っていた者たちが戻ってくるのに戦いが終わった気配がない。不審に思った中継係のリーダー、リステンルゴリロは兵を率いてやってきたのだ。




「ヴァイドギルド長」




「リステンルゴリロ」




「ここは私達が請け負います。ヴァイドギルド長はこの戦いを終わらせてください」




 何とも絶妙なタイミングで来たことか。リステンルゴリロには後で秘蔵の酒でも飲ませてやろう。




 ヴァイドはアレンを見る。




「実行だ。終わらせて来い」




「了解です」
















 シキ、コストイラ、アシドは調査隊として森の奥に入れられた。機動力があり、咄嗟の対応力がある3人が起用された。面倒事の押し付けじゃねとアシドは思うが、コストイラは張り切っていた。




 その3人は森の奥に洞窟を見つけた。




「ゴブリン達が出てきているし、ここだよな」




「おそらくな」




「外観からしてあの洞窟は戦うには小さい。どうする?」




 アシドの言う通りだ。長さのある槍は勿論、おそらく刀も振るえない。




「よし。燻そう」




「……はっ!?」




「うっせぇぞ。バレんだろ。何のために隠れてると思ってんだよ」




「す、すまん」




 コストイラの提案に抑えつつも驚きの声を出してしまう。声を注意され、アシドは謝りつつ口を押える。




 確かに燻せば中にいるゴブリン達は窒息死の一網打尽にできるが、時間がかかるし、何よりコストイラしか活躍しない。アシドが新しい画期的なアイデアを出そうと頭を悩ませるが、その思考を中断させる事態に陥る。今まで沈黙を貫いていたシキが初めて口を開いたのだ。




「徹底的にやろう」




 シキは推進派だった。何を考えているのか分からない無表情で、よく燃え、煙の出そうな枯草を見せてきた。どこからそんなものを用意したのかと思ったが、ここは森だ。しかし、枯草ではない。アシドの疑問は解決しないが、自身が活躍できない未来に近づいていることに焦りを感じる。




 打開策を考えている間に、作戦は決行されていた。
















 ヴァイドはゴブリンを斬り伏せると汗を拭う。叩き折られた剣を見て、口を開く。




「武器が粗悪品で助かった。競り合いをしなくていいのは時短になるからな」




 呟いた直後、ヴァイドは後ろに剣を振り、振り下ろされる剣を防ぐ。




「なんだ、上等な武器のモノもいるのか」




 ヴァイドは競り合ったまま相手の剣の柄を見る。そこには巻き付いた蛇のオブジェがくっついている。




「エイヴァンのか」




 ヴァイドは見たことのある剣を使うゴブリンに怒りの感情を覚える。ヴァイドはゴブリンを蹴飛ばし、距離を取らせる。




「ぶっ殺してやる」




『ギャ』




 ゴブリンは剣を薙ぐ。ヴァイドはそれを難なく躱そうとして失敗する。浅くではあるが、腹を斬られた。昔のヴァイドなら斬られなかっただろう。年のせいではない、ポッコリおなかのせいだ。




 ヴァイドは苦しい顔をしながらもゴブリンと相対する。街が好きでこれ以上進ませないという想いももちろんあるが、それ以上にエイヴァンの剣を取り戻したいという意志の方が強かった。




 エイヴァンはナンバエッタ教の熱心な信徒だった。ゆえにそれを前面に出した剣をこのようなものに使われるのは憤慨しているに違いない。




 ヴァイドは振られる剣に自身の剣を絡ませ、エイヴァンの剣を弾く。ゴブリンの手から武器が消え、無防備になったところを止めさす。




「その剣術はエイヴァンと似ても似つかんよ」




 ヴァイドは寂しそうに溢した。
















 彼は生まれたときから自分には使命があると考えていった。根拠はない。ただの本能だ。




 理性では何も理解しておらず、本能から指示を受け、理性でもって命令していた。




 何によるものかなどどうでもいい。これが、彼にとっての生きがいだった。




 人間に恐怖を与えよ。座して待つばかりの人間に。恩を忘れた人間に。■■■様への恩を忘れてしまった奴らに恐怖を。




 考えれば考えるほど眦が吊り上がっていく。




 ところで、誰への恩だ?




 彼は首を傾げる。いくら傾げても分からない。どうもこの部分にだけ記憶が白んじてしまう。それだけ神々しい神様なのだろう。




 彼はそう自信を納得させると次の指示を考える。それにしても、そろそろ伝令が来てもいい頃だ。先程した轟音に関しても誰も報告に来ない。いったい何をしているんだ?




 そう考えていると、彼の鼻が刺激される。この匂いは何だ?




 突き止める前に自身の意識が薄れていくのを感じた。
















 コストイラはまず洞窟の入り口を崩落させ、僅かな隙間に枯草を詰め込み、そのすべてを燃やした。外に出ていたゴブリンを倒しつつ、火が消えないか監視した。火も草も追加しながらしばらく待つ。




 外にいたゴブリンを倒しきる頃、枯草のストックも無くなった。




「よし、中の確認するぞ」




 コストイラは目の前にあった岩の1つを砕き、無理矢理穴を作る。穴からはもわぁと煙が漏れ出た。岩を掻き分け、穴を広げると、中から何か丸いものが飛び出してくる。それは表面がうっすらと凍ったゴブリンの頭だった。




『ギ……ガ……』




 先にランプの付いた杖を支えにして立つ、骸骨のような見た目をした魔物がそこにはいた。




 眼を背けたくなる醜悪な見た目からは怒りや殺意が滲み出ていた。赤く充血し、血走った眼はギョロギョロと辺りを見渡している。何かを探しているのか、首も使って探す。




 杖やローブを見ている限り、今まで戦っていたゴブリンメイジとは違うのが分かる。それに、ゴブリンメイジは物を凍らせる魔術を使えない。




「おそらくあいつはゴブリンウィザードだ。オレ達よりも遥か格上だと聞いてるぜ」




「やるっきゃねェだろォがよォ。シキ、行ったぜ」




「へぇあ!?」




 シキは単身ゴブリンウィザードに突っ込んだ。




 ゴブリンウィザードも死ぬために出てきたのではない、生きるために出てきたのだ。彼は狂ったように杖を振り回し、抵抗する。そして魔力を周りに撃つ出す魔術を無差別乱射する。吸い込む新鮮な空気は中にある煙を追い出し、身体を正常にしようとするが、思考は戻らない。彼は視界を使えていなかった。




 シキは全てが死角であるゴブリンウィザードの後ろに飛んで、その背中を刺す。ゴムのような感触を経て、ナイフは内部に侵入する。




 その体のどこにそんな力があったのか、ゴブリンウィザードは杖を後方に振りシキを殴り飛ばす。




『ガァ……』




 力なく鳴くゴブリンウィザードは微かに残る理性に従い杖先をシキに向ける。




 そして、血飛沫が舞った。
















 彼は自分が何者か分かっていない。




 何から生まれたのかも見当もつかない。




 ただ分かっているのは人間を攻撃すること。




 そして。




 そして……。




 そして…………?




 彼は自身の右手が血飛沫と共に舞っているのを見た。右手に握られたままの杖のランプがくるくると回るのを見て、自身の役目を思い出した。




 そして、人間に討伐されなければならない。




 使命を知り、事実を察し、真実に触れた今、彼の顔は安堵に染まった。




 断命を告げる槍が、抵抗の無意味さを諭すナイフが、使命を思い出させた刀が、彼の魂を削る中、彼は自分は使命を全うできたという満足感に支配された。




 宙を舞う彼の首は最後まで笑顔だった。
















「よくやった!」




 ゴブリンパレードが終わったことで、憂いの晴れた冒険者達は祝宴を開いていた。




「いや、お前らのおかげだ。ありがとうな」




 ヴァイドが酒臭い体をアレン達の元に向かわせる。アレンは嫌な顔を隠しもせずに、剣を見る。蛇のあしらわられた剣に見覚えがあるのだが、それがどこかを思い出せない。エンドローゼは度数3%の酒を手にして机に突っ伏している。一口で潰れたらしい。コストイラとアシドはどちらが多く飲めるか対決しており、レイドは街一番の大酒飲みに勝利していた。




 アストロは一人、森の中にいた。




 祝宴の雰囲気は好きで、一緒に酒を飲みたかったが、そんな気分になれない。吐き気がする。




 アストロは右手を空へと伸ばし、親指の指輪を見つめる。




 ピシリと心のどこかに傷を負った気がする。いや負ったのだ。あの技は心を削る。




『アストロがいなければ。どうして拾ってきてしまったんだ』




 どうしてもアレが頭をちらつく。




 アストロは右手を下ろし、そのまま空を見上げ続けた。




 月だけが見ていた。

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