第8話 8.ゴブリンパレード

 まだ薄暗い時間帯。起き出すのは農家や漁師の類だ。そんな日の昇っていない時間に彼らは動き出した。これから起こる宴に胸躍らせるように呼吸する。




 彼らは上から言われている通り、なるべく音を出さずに行動する。その手にある武器は少し音が鳴っている。しかし、彼らは音を出さないように布にくるんでいる。本来、彼らにはこれほどの知能はないとされていた。




 彼らは成長している。




『ギィ』




 彼らの群れの中にいた1匹が号令をかける。彼らはぴたりと止まった。リーダー格のモノが街の様子を見るように指示する。




 彼らも馬鹿正直に正面から突っ込もうなどとは思っていない。だからこその未明の襲撃。




『ギャ』




 待ちの状態を短く告げる。まだ寝ている。明かりはない。その報告を聞いて、リーダー格はにちゃりと笑う。




 薄暗い靄の中で、無数のオレンジの瞳が浮かび上がった。




 さぁ、開戦だ。




『ギャイ』




 号令に合わせ、止まっていた彼らは動き出す。彼らはにやつきながら街に進攻する。始まる前に終わらせ、人の土地を奪う。




 そう考えていた時、リーダー格の横にいたモノが後方に飛ぶ。焦って振り返ると、そのモノの額に矢が刺さっている。先生を取っていたのは自分たちではなく相手の方?




『ガァアアアアアアアアアアアッ!!』




 リーダー格のゴブリンは叫びを上げた。もう奇襲ではない。隠密は意味がない。布を剥いだ剣を掲げ、同胞を鼓舞する。今日この日、人の街を奪う。
















 突然だが、ゴブリンには種類がいる。今回報告されたゴブリンはいくつかいるゴブリンの中の3種類。




 ゴブリンファイター。ゴブリンと言われて浮かべられる最も一般的なゴブリン。ハンマーを武器としており、個体によってハンマーも違い、木の棍棒のようなものから鉄製の加工されているものまで、多くのものが報告されている。




 ゴブリンソルジャー。相対的に個体数は少なく、ゴブリンソルジャーと比較されやすい。どちらも近接前衛型であり、ゴブリンソルジャーは剣を武器にしている。双剣使いや剣術使いもおり、ゴブリンファイターより相当厄介な相手である。




 ゴブリンメイジ。魔術の扱いが長けており、遠距離攻撃を仕掛けてくる。最初に倒しておきたいが、たいていが何かに守られているので、厄介極まりなく油断できない。
















「我々の戦いはゴブリン共を街に入れないこと。そして根絶やしにして初めて終わる。心してかかれ、油断をするな」




 シンと静まり返る中、ヴァイドが語り掛ける。まだ未明の暗い街の外で冒険者達は並んでいた。




「何としても勝つぞ。愛すべきこの街を守り切るぞ」




 冒険者達は騒がない。ただ、一点、ゴブリン達が来るであろう方向を見つめる。




 ヴァイドの合図に合わせて冒険者の一人が弓を射る。




「開始の合図だ」




 ヴァイドがそう言うと、矢は1匹のゴブリンの額を射抜く。




『ガァアアアアアアアアアアアッ!』




「行くぞーっ!」




「「「「「「オォ――――ッッ!!!」」」」」」




 最初の強烈な一撃はアストロによるものだった。炎の塔は戦場にも立ち上り、ゴブリンの群れを巻き込み、多くの命を焼き尽くす。




 その光景にゴブリンも冒険者も凍り付く。巻き込まれたくない。




 しかしその中でも止まらない者がいる。コストイラとアシドだ。昔からアストロと一緒に過ごしてきた幼馴染の2人にとって、この程度の攻撃は動じるに値しない。




 コストイラの刀身は光輝き、その一閃は3匹のゴブリンの首が飛ぶ。アシドの鋭い突きはゴブリンソルジャーの剣を弾き、そのままゴブリンを貫く。




「てめぇら!あんな若造に先陣取られていいのか!?続けぇええええ!」




 ヴァイドの怒号により他の冒険者も2人を追い、ゴブリンの群れに突入する。




『ギィ!』




 ゴブリンファイターのハンマーを刀で受け、その隙に槍で刺し殺していく。手慣れた様子のコンビネーションだ。




 後ろからゴブリンメイジの魔法が飛んでくる。レイドは楯でもって完璧に防いでみせる。そこにアレンが弓矢でゴブリンメイジを狙っていく。ゴブリンファイターやゴブリンソルジャーが矢を弾く。誰にも当たらない。




「ぐぅああっ!」




 戦っていた冒険者の男の腕にゴブリンファイターが噛みついていた。




「怯むなぁ!」




 下がろうとする士気をヴァイドは、自身が前に出ることで保っていく。ギルド長は3匹のゴブリンをまとめて斬り殺しながらも周りに気を配る。
















 優勢だった。




 しかし、時間がかかりすぎた。ゴブリン達の数が多く、持久戦に持ち込まれる。だが、持久力を必要とされるのはこちらだけで、ゴブリンは常に新しい個体だ。




 前線を押し返してきていた。冒険者の男が人側の初めての死亡者になったことで流れが変わった。




 ゴブリン達の勢いが増す。




 一人、また一人と消耗した冒険者が倒れていく。




 止まらない。止まらない。ゴブリン達は止まらない。




 押され、圧され、気圧されて、冒険者達が瓦解する。冒険者達の胸に巣くい始める恐怖が、時間と共に増していき、ゴブリン達はダメ押しをしていく。心の弱い冒険者から前線から逃げていく。




 前線に残されたのはアレン達7人とヴァイドの8人となってしまう。




「帰ったらあいつら叩き直してやる。ひよっこどもを置いて逃げるとはな」




「自分をひよっこというのか」




「軽口言えんならギルド長はまだまだ現役だな。大丈夫ならこいつを置いてオレらも行くか?」




「その物言い、母親そっくりだな」




 ヴァイドとコストイラとアシドは背中を合わせに軽口を交わし、シキは戦場を縦横無尽に駆け回る。アレンとアストロは互いに遠くのゴブリンを狙うが、アレンの矢攻撃は全て弾かれている。アストロは1匹も倒せていないアレンに苛立って舌打ちする。アレンはアストロに怯え、手元が震えている。レイドは回復を担うエンドローゼと共に後衛2人の元に移動する。
















 まだ、日が昇らない。日の出までまだ30分はある。




 残された8人も確実に消耗していく。




 絶望が顔を覗かせてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る