第3話 3.集う勇者

「勇者が誕生したそうです」


「そうか」


「勇者もこれで17代目。いったい何をしてくれるのか」


「今回は何人だ」


「今回も7人です」


「そうか」


「教会同士の共有方法がなければもっと長く待っていたでしょうな」


「その7人は?」


「すでに集まるように。すべて手筈通りに」


「期待はしない。だが新しい勇者に乾杯しよう」




 地獄が始まった。


 アレンはそう感じていた。


 あの日、一目惚れした、好きな子と、二人きりでカフェ。そして、長い沈黙。誰か助けて。


 毎日、樵の父の仕事の手伝いをしており、同年代の友達は実は少なく、表面上の付き合いばかりだ。誰かが話しているのを聞き、他人に話を振る。自分から話すのは苦手なのだ。誰かタスケテ。


 対する相手も無口。ただ水を飲む音と店内の雑音だけがこの空間を支配していた。静寂。圧倒的な静寂。ダレカタスケテ。


 眼をグルグルと回し、汗を流しながら、助けが来るのを待つ。ひたすらに待つ。ここは我慢だ。我慢しかない。


「すまんが、ここが集いの場か?」


 来た。救世主。援軍だ。これで地獄が終わる。


「はい。そうですよ」


 アレンが肯定の意を示すと、その救世主は静かに席に座る。


 そこからは再びの沈黙。


 アレンは知らなかった。今来た救世主も無口の男だということに。


 カフェはいつも通り動いているというのに、この一角だけが時間が止まっていた。


「は?何だこのお葬式ムードは?これが本当に勇者の集まりかよ」


 再び救世主が現れる。今度は本物だ。しかも3人もいる。


 声を発した赤髪の男は返答がないことに気を落としたのか、溜め息を吐くと、そのまま席に座り3人で談笑を始めてしまった。


 すでに見知った者たちの会話に新参者として入り込める隙間はなかった。地獄は続いていく。アレンは肩を落とすと、再び沈黙に耐える。


 どれ程の時間が過ぎたのか、事態は一向に好転しない。この沈黙を破れる者はここにはいない。


 ゆえに沈黙を破ったのは遅れていた最後の一人だった。


「あ、あの」


 最後の一人が6人の輪の中に入ってくる。


「こ、こ、ここ、ここが集合場所で、よ、よよろしいのでしょうか?」


 どもりながら声を掛けてきた少女に紫色の髪の女性が舌打ちをする。アレンは喧嘩の雰囲気を感じ取り、それが始まる前に返事をする。


「そうですよ」


「よ、よ、良かったです。ま、ま、間違えてなくて」


 少女は自身の胸に手を当て、息を整えながら席に座る。


「よっし。皆集まったみたいだし、自己紹介しようぜ、自己紹介」


 赤髪の男がパシンと自分の膝を叩き、仕切り始める。


 アレンとしては助かった。自然と話ができる口実ができた。


「まずは言い出しっぺのオレからだな。オレは<駿足長阪>の火の勇者。勇者の右腕、コストイラだ。よろしく」


 赤髪黄眼の男、コストイラの目が鋭くなる。燃えているようにも見える。火の勇者だからか?


「じゃあ時計回りに次は私。<白眉最良>の闇の勇者。勇者の魔術師、アストロよ」


 ジャラジャラと首飾りを鳴らし、すべての指に指輪の嵌められた手で頬杖を突き、興味なさそうに自己紹介する。


「オレは<剽疾軽悍>の水の勇者。勇者の脚、アシドだ。よろしくな」


 軽薄そうな笑みを浮かべた蒼髪金目の男、アシドはアストロの真似をして頬杖を突き、小突かれる。


「僕はアレンです。<燃犀之明>の光の勇者。勇者の目。後なんかあったかな?えっと、よろしくお願いいたします」


 皆の視線に耐えることができなかった。最後の方は挙動不審になってしまったが大丈夫だろうか。嫌われていないだろうか。


「つ、つ、次は私ですね。ひゃ、ひゃ、百、<百孔千瘡>の理の勇者。えっと、ゆ、ゆゆ、勇者の回復ジュチュ士で、エンドローゼと言います。よ、よよよ、よ、よろしくお願いしましゅ」


 噛んだ。淡い紫色の髪の少女は同色の目をしきりに動かしながら、顔を赤く染めていく。僕と同じようにテンパってしまったのだろう。分かるとも。焦るよな、多数の目にさらされるのは。


「<鉄錫石心>の地の勇者。勇者の楯、レイドだ」


 2メートルを超える巨漢は荘厳な声で自己紹介をする。


「次が最後だな」


 コストイラがシキに視線を送る。その視線は鋭い。すぐにでも襲い掛かりそうな目だ。


「<暗箭傷人>、然の勇者、シキ」


 異常に淡泊な挨拶が静かに終わる。アシドがえっそれだけみたいな顔をしているがシキは素知らぬ顔で水を飲む。


 再び静かになる。な、何か話の話題は。


 やはり沈黙を破ったのはコストイラだった。


「勇者。勇者ね。オレは強ェ奴にしか仕えねェ。お前は強ェ奴か?」


 席を立ち、シキの前の机を叩く。シキは答えない。コストイラの威圧に全く動じない。


「成る程ね」


 何に納得したのか、コストイラはそう言うと自分の腰に手を当てる。


「表出ろ。実力を見せな。店内じゃ迷惑だからな」


 空気が変わった。全員が息を飲み、その後の展開を静かに見守る。いや、エンドローゼだけはあわわわとコストイラとシキをしきりに交互に見ている。


 シキは抗議することなく立ち上がる。コストイラは満足げに笑うと、そのままシキを連れ外へ出ていく。




「勝負は先に一撃を入れた方の勝ちでどう……だっ!?」


 言葉の最後が跳ね上がったのはシキが不意打ちを仕掛けたからだ。


「ハッ!マジかよ」


 振り下ろされるナイフをコストイラは刀で受け止める。シキはすぐさま跳ね退き、刀の攻撃範囲外へ出る。


「……不意打ちかよ、イイネ!」


 コストイラは鮫のような笑みを浮かべ、刀を握りなおす。下から上へ刀を振り上げる。刀は炎を纏っていた。


 シキは少しだけ目を張り、ただ冷静に距離を取り、疾走する。コストイラは防御に徹するしかなかった。速さに対応できていない。シキが通り過ぎるたびに凛とした澄みやかな香りが鼻を刺激する。翻弄されている。だが、相手の速さに付き合う必要はない。


 コストイラは再び刀に炎を纏わせ、その場で回転し始める。自らの身を炎の渦に捕らえていく。


 シキの攻撃が止む。迂闊に炎の中に飛び込むことは出来ない。速さを落とさずに、周りを走りながら観察する。


「あなたとどっちが速い?」


「もちろんオレっと言いたいところだが、加速したな、あれ。ギリあっちの方が速いかな」


 アストロが感じた疑問にアシドが肩を落としながら素直に答える。


 2人の戦いを皆が見つめる中、アレンだけが少し違う視点から見ていた。


 人のステータスが見える。


 名前、年齢、性別、職業、属性、レベル、称号に至るまで、見える。これが勇者の目ってやつなのか。そこから分かるのはシキは速度でしか勝負できないこと。

 コストイラとシキがこちらを睨んできた。


 コストイラは炎の渦の中で上段に構える。長く、細く、息を吐き、敵を見据える。刀が炎を帯び始める。時間が伸びていく。シキの動きが見えるような気がしてくる。


 コストイラの目が開かれる。思いっきり下に刀が振り下ろされる。その風圧に巻き込まれた炎柱が刀の周りの火力を上げる。


 それまでの動き通りであったならばその炎に当たっていただろう。しかし、シキに当たらなかった。動きが直角に変わった。コストイラが鍛え上げられた筋肉に悲鳴を上げさせながら刀の軌道を強引に変える。迫りくるナイフを刀で防ぐ。いや、防げていない。ナイフは刀の側面を滑っていく。刃が脇腹に刺さる。


 勝負がついた。


「あ、え、あ、か、回復しなきゃっ!」


 エンドローゼがコストイラに駆け寄る。


 他の者は動かない。勇者はこの中で1番強いことが証明された。

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