第2話 2.始まりを告げる鐘
ゴーン、ゴーン…。
教会の鐘が鳴り響く。
今日もまた、一人の大人が誕生した。どの職業にもなれていない中途半端な立ち位置にいた子供ではなくなり、一つの職に猛進し、究めることを許された大人として認められる。子供は全ての職に対して専門的な知識を求めることが許されず、見ることも許可されない。
また一人の大人が世に放たれたのだ。
「アレン!一緒に行くか!?」
「うん!」
無駄に元気のよい父の申し出に、これまた無駄に元気の良い返事が返ってくる。
アレンは樵の家系だ。木を切り倒して道を造り、山を整備し、その分別の場所に植林する。人の為と自然環境の為、両方に気を遣っている樵という職をアレンは誇りに思っている。樵になりたい。子供の、小さいころからの夢だ。
父から無言で斧を手渡される。アレンも無言で斧を指さし、自分を指さす。すると、父は爽やかに親指を立て、歯を輝かせる。
アレンは斧を手に取る。斧を握る感触、木くずの付いた鉄のにおい、ずしりとくる斧の重さ。やはり良い。遊びで弓矢をしていたことがあるが、やはりアレンは斧の方が好きだ。
振る。振る。振る。
「よくなってきたな」
「よく、父さんの、動きを、見ていた、からね!」
父の誉め言葉にアレンは斧を振りながら答える。
しばらく斧を振ったのち、斧を杖代わりに休憩する。
「そういえば、……明日は誕生日だな」
父の雰囲気が少し変わった。なんというか少し空気が重くなった。
アレンは逆に明るく答える。
「そうだね」
「なりたい職業はあんのか?」
「樵だよ!」
間髪を入れずに答える。それしか考えていない。
「他の職業は良いのか?」
父がどうしてこんなことを聞いてくるのかが分からない。少し考えてみる。他の職業は何があるだろうか?商人?しっくりこない。騎士?僕は強くない。がっしりと鎧を着て門番のように堂々と立つ。やっぱり似合わない。
「やっぱり樵だね。どう考えても樵しかないよ!」
「そうか!」
父はにかっと笑うと、くしゃくしゃとアレンの頭を撫でる。ごつごつとした仕事をする男の手、それは父の手であるからこそアレンを安心させた。
「明日は早い。もう帰るか」
夕日に顔を照らされる父の顔はかっこよく、憧れるのも無理はなかった。アレンたちは帰路についた。この日が最後だった。
教会に来た記憶はない。
それがアレンが教会に着いた時の印象だ。そもそも教会は懺悔をし、赦しを請い、神父と話をする場所だ。アレンはどれにも用がなく、無縁だったので当然だろう。関わりといえば教会の前を通り過ぎるくらいなものだ。
並ぶステンドグラスを眺めながら待っていると、扉が開いた。待たされていた原因が入ってくる。
それはとても美しい少女だった。
銀の髪に眠たげに落ちている目蓋の奥に見える緑の目。触れれば折れてしまうのではないかというほど華奢な体。一目惚れだ。
「それではシキ様こちらです」
シキというのか。街中では見たことない少女だ。これでもアレンはこの村の人たちの顔馴染みが多い。それでも見たことがない。相当の箱入り娘なのだろう。
「それでは御自身の目でお確かめください」
儀式が終わり、表示されているものを見つめる目が見開かれた。少し違和感もある。
(驚愕、困惑。あとは少し恐怖がある?)
しかし、その感情は一瞬のもので、すぐに無表情に戻る。
シキは父に連れられ教会を出て行ってしまった。結局何もわからない。何だったのだろうか。
「それではアレン様。こちらへ」
神父に呼ばれて、思考を中断させる。ついにアレンの番だ。少しウキウキしながら軽い足取りで水晶に向かう。
(職業か。やっぱり父さんと同じ樵かな。人の前に立つことはあまりないけど、人の役に立つ、誇りのある仕事だし。まぁ、欲を言えば有名になりたいとか、ビッグになりたい、成功したいとかあるけど。でもやっぱり樵だよ。他の職業をしている自分なんて想像できないしね。それにしてもさっきの子はなんであんな顔をしていたんだろう。親の仕事を継げなかったのかな)
「それでは御自身の目でお確かめください」
(よし。ここから僕の大人としての人生が始まるんだ)
アレンは意気揚々と目を開けた。
「ん?」
しかし、目に飛び込んでくる情報はアレンを困惑させた、奇しくも先程のシキと同じように。
「?どうかされましたか?何かご説明が必要な点でも?」
「どうしたっ!?」
「な、なんでもないです」
神父に心配され、父に大きな声を出され、アレンは素っ頓狂な声で返事をしてしまう。
実はまだステータスを確認していない。混乱したのは自分の視界についてだ。具体的にどうとは言えず、何が起こっているのかは分からないが、今アレンの視界は以前より見えている。視力が1.0から2.0に上がった、そんな感じ。なぜこんなことに?分からなかったが、今は自身のステータスを確認しなければ。
名前:アレン
年齢:15
性別:男
職業:勇者の目
属性:光
称号:<燃犀之明>
「ん?」
ステータスも分からない。父さんから聞いていた話と違う。
「やはりどうかされたのか?何かあったのかね?」
「どうしたっ!?」
「い、いや、本当!本当に何にもないから!だいじょうぶだからっ!!」
知らない項目が増えていたが父さんに明かせない。これ以上家族に心配をかけてしまうとこちらが良心の呵責で倒れてしまう。
でも、勇者?勇者ってあれだよな。よく物語に出てくる゛英雄″ジョコンドや゛異世界人″ゴートみたいなすごい人。僕が勇者だなんて想像もつかないな。でも、僕は勇者じゃなくて勇者の目なんだよな。これ、どういう職業なんだろう。
疑問が明かされぬまま、儀式が終了する。
ゴーン、ゴーン……。
教会の鐘が鳴り響く。
何者でもなく、ただ職業に憧れを抱いていた子供はいなくなり、何者になった大人が生まれたのだ。
不安を滲ませながらも希望に満ちた大人は教会の鐘を鳴らす。
ついにそろった。
最初の勇者が生まれてから350年。今代が生まれてから5年も待った。
あぁもう待つことはできない。
いざ。始めよう。
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