第2話

 濡れていても彼女は華憐だった。もう夏は終わり草木も枯れはじめ公園も閑散としている。だがそれを忘れるくらいの華やかさを放っていた。桜が散るときに風を味方につけるように彼女は雨をも魅力の触媒としていた。


「えっと、その制服……うちと同じだ。もしかして楼星ろうせい高校の生徒?」


 俺は静かに頷いた。


「雨、急に降り出しちゃったね。もしかして君も傘忘れたの?」


「は、はい…天気予報は晴れって言ってたし、雨が降る気配なんて全くなかったので……」


「私も同じ!聞いてないよこんなの」


 彼女は優しく微笑んだ。この1分にも満たない会話でさえ、彼女がなぜ学年一の人気ものなのかが窺えた。


 俺は座っていて彼女は立っている。自然と彼女を見上げるかたちになり顔を見て話しているつもりだが無意識にも彼女の大きな物が視界にはいり目のやり場に困る。うつむいて話すのも失礼に値するので何とか意識的にそれを排除して焦点を彼女の大きく優しさを含んだ黒い目に当てた。自ずと彼女と目が合う。


 それと同時に彼女が言った。


「君、ビショビショだけど寒くないの?タオルある?」


 そういえばと思い手の甲を触ってみる。冷たい。体の中からではなく外から冷やされた冷たさだ。ブルッと体が震える。


 俺は急いでカバンを開けてタオルを探した。急いで片づけたため中はグチャグチャだ。手を突っ込んで肌触りだけでタオルを探す。少し奥まで行くと布のようなものに触れた。教科書だろうか固い本たちをどかしていき指の腹を使って掴み引っ張った。


 シュルッと音を立ててカバンからでたのは絵具で色鮮やかに染色されたタオルが出てきた。水彩画で使うタオルだ。普段は部室に置きっぱなしだが紛れ込んだのだろう。


 一瞬これで拭こうかと考えたが髪の水気が取れるのに比例して絵具が滲み出てくるはずだ。そんなタオルで拭くと図工の時間ではしゃいだ小学生みたくなってしまう。


 だが拭かなければ確実に風邪をひくだろう。背に腹は代えられない。俺は渋々そのアーティスティックなタオルで頭を拭こうとした。


 その時…


 急に視界が暗くなった。頭の上に柔らかくふわふわとしたものが乗っかった感触がした。タオルだ。


 突然のことに驚いた。


 俺が口を開こうとする前に頭に力が加わりタオルで髪の毛をワシャワシャと拭かれた。フローラルな香りが鼻腔をくすぐる。


 初対面の人にこんなことする人がいるだろうか。


「タオルないなら早く言ってくれればよかったのに」


 一応これもタオルだが汚くてタオルだと認識されていないのだろうか。


 彼女はやめずに拭き続ける。


「俺のことなんていいから自分を拭きなよ。結構降られたでしょ」


「寒そうにしてるのにほっとけるわけないでしょ。それに風邪ひかれたら嫌だし」


 またも彼女は拭き続ける。心なしか力が強くなった気がする。


「あっ…」


 何かを思い出したかのように彼女は声を上げた。


「そういえば自己紹介してなかったね。私は二年の四条蓮華」


 一方的に認知していたのですっかり忘れていた。


「俺は二年の堀河ほりかわあゆむ


 お互い普通に自己紹介をしているがどう考えても状況がおかしい。


「タメじゃん!なんだなんだ、そっかー…タメか…」


「なにその最後の反応」


「年下かと思っちゃって。ごめんね?」


 四条さんはてへっと舌を出している。四条さんは後ろにいるのでただの想像だ。


 それはさておき四条さんの言葉に引っかかる。年下!?そんな幼く見えるか?


「そんな露骨に落ち込まないでよ!謝ってるじゃん!その…なんていうか…捨てられた子猫のような感じがして。ちょっ微妙に肩震わせないでよ。怒らないでって」


「……怒ってないですよ」


「敬語!絶対怒ってるじゃん!」


「あはは」


 四条さんの反応が面白くて思わず笑ってしまった。初対面だがまるで前からの友達のように話しかけてくれる。コミュ力がすごい。あの四条蓮華が髪を拭いてくれている優越感に浸らせてくれないほどだ。


「堀河歩くんね…どこかで聞いたことがあるような……」


「気のせいだよ」


 彼女の耳に俺の名前が入るわけがない。彼女は学年のトップ。それに対して俺は部員一人のしがない美術部員だ。


「んーそうかなあ」


 四条さんは納得がいってない様子だ。


 覆いかぶさっていたタオルがはがされ視界がもとに戻った。重くなっていた頭が軽く感じる。お風呂あがりのさっぱりとした気分にもなっている。四条効果ってすごい。


 四条さんはそのまま俺の横に座った。首にはタオルをかけている。あれがさっき俺を拭いていたものだと思うと少しドキッとする。


 雨が激しくなっている。当分止みそうにない。俺はポケットからスマホを取りだした。スマホは少し濡れている。


 カチッ……カチッ……


 何度も電源ボタンを押すが反応がない。防水仕様ではないスマホは雨に敗北した。俺のスマホはお釈迦になってしまった。これでは天気予報を調べることができない。外れる天気予報なんて見るなという神の啓示か?


「どうしたの?」


 隣で四条さんが心配そうに尋ねてきた。


「電源が付かなくて。もしかしたらスマホ壊れたかも」


「うそー。私の大丈夫かな」


 そう言って彼女はスカートのポケットからスマホを取りだした。デジャヴだ。なんだか嫌な予感がする。


 カチッ……カチッ……


「私のもつかない……」


 予想は大的中。これでいつ雨が止むのか分からなくなった。


「もしかして車に水かけられた?」


 俺は絶望している四条さんに聞いた。


 四条さんは何も言わずに頷いた。完全に意気消沈している。俺は頻繁に連絡を取り合う友達がいないのでスマホが数日使えなくても平気だが人気者の彼女はそんなわけにもいかないだろう。


 それに彼氏と連絡が取れなかったりしたら二人の中も険悪になるかもしれない。


 二人とも俯きがちになっている。俺は地面におちている落ち葉を一つずつ数え始めた。


 こうして晴れて二人きりの雨宿りとなった。


 天気は晴れていないが…

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