[短編]もうすぐサービス終了する乙女ゲームの世界に来てしまった件。
音藤
第1話
私、26歳会社員が愛するゲームが1つある。それは『365日と恋物語』というゲームアプリ。そう、スマートフォンさえあればできるゲーム。無料だ(一部課金アリ)。
このゲームは所謂乙女ゲームで、“
しかし、この物語は純愛なのだ。ドロドロとしたものではなく、まるで浄化されるようだ。とにかく好きすぎる!辛い!リアルで嫌なことがあってもこのアプリを開いてボイスを聞いて癒されて__。
あぁ、泣きそうだ。なぜ泣きそうかというと、つい数日前、SNSで公式アカウントがお知らせをした。
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◇サービス終了のお知らせ
『365日と恋物語』は2024年3月31日(日)15:00をもちましてサービスを終了いたします。
詳細は下記をご確認ください。
https:〜
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「え? 嘘でしょ……」
泣けなかった。衝撃的すぎて、まさかこの日が来るなんて。
この情報を知ったのが家で良かった気がする。ばたり、とベッドの上に横になった。
「咲夜、くん……」
我ながらなかなか気持ち悪いオタクだとは自覚している。親からは彼氏は?結婚は?と言われ続け、咲夜くんがいるから!と答え続けていた私だ。好きなタイプは?と聞かれるならば咲夜くん!と笑顔でハキハキと大声で答えるだろう。そのぐらい彼のことが大好きなのだ。リアルに恋してる、つまりリアコの状態である。
ところが、1つのお知らせによって一瞬にして現実に戻った。
基本無料でできるゲームだけれど、課金で追加のエピソードをフルボイスで遊べるのだ。最高でしょ?更にいちゃいちゃできる。そう、いちゃいちゃ。と言っても過激なものではない。甘々くらいがちょうどいいのだ。
「最後まで遊びまくるぞ……」
今は2023年3月。まだ1年もある。
出勤中のお昼休憩は周りの視線を気にせず、イヤホンをして遊ぶことにしよう。
「やっぱり、辛いなぁ……」
まさか1つのゲームアプリに沼に入っちゃうなんてね。あはは、現実逃避はバッチリしている私であった。
◇◇◇
「あと、1週間……」
時間というものは止まってくれない。ずっと2023年で止まっていてほしかったのが本音だ。
現在、2024年。あと1週間でアプリが終了してしまう。ここまでは本当に一瞬だった。先輩何しているんですか、と後輩には引き目で見られ、上司からも最近ずっとニヤニヤしているな?とからかわれた。周りのことはどうだっていい。咲夜くんと幸せな生活ができればそれで。
「はぁ……」
家に帰ってすぐ私はお風呂に入った。ちゃんと湯船に浸かり、体を癒す。
いつもお風呂に入っている間はぼーっとしてしまうけれど、今日はとにかく妄想……想像をした。あの世界で、主人公は大きいお風呂に入る(イラストにて確認)。まるでお嬢様だ。あーあ、私もあの世界に行って咲夜くんに愛されて癒してもらいたいなぁ、と頬を緩ませた。
「寝る前に、っと」
適当にご飯を済ませてベッドにボフッと勢いよく横になる。そしてスマートフォンを横にして両手で持つ。習慣として『365日と恋物語』を開いて咲夜くんのボイスを聞く。もう夜なので、“夜更かしはしないようにね。おやすみなさい”というボイスが聞けるのだ。なんてイケボだ。高すぎず、低すぎず、少年ボイスのようであるがどこか色気があって__って終わりが見えないくらいに魅了を話すことができる。咲夜くん神。
さてと、寝るとしようかな。10分程度ボイスを聞き、枕元にスマートフォンを置く。部屋の電気を消して毛布に包まる。
私はおやすみなさい、と目を閉じた。ところがその時。
「__遊びにおいでよ」
「え?」
聞き覚えのある声がして、パチリと目を開けるが、いきなり襲ってきた謎の眠気で私は眠りについてしまった。
◇◇◇
太陽の光だろうか。ポカポカと暖かい日差しが当たっている気がする。横になってこのままずっと寝ていたいけれど、私はゆっくりと目を開けた。
「君、大丈夫?」
「さ、ささささ咲夜くん!?」
視界には青い空が__ではなく、なんと推しが、咲夜くんが顔を覗かせていた。私はその場にすぐ立った。なぜ視界に咲夜くん?何それ、ゲームアプリは終了して次は仮想現実に進出しちゃったのか。なるほどなるほど良い提案だと思う。これでファンももっと増えるはず!
「え、俺の名前知ってるの?」
「あ」
なんという失態……と焦っていたけれど私と咲夜くんは会話ができるらしい。まあまあ、落ち着こう。
ここまできたらもう理解させるを得ない状況。仮想現実ではない。
どうやら私は『365日と恋物語』という乙女ゲームの世界に来てしまったようだ。
「どうして俺の名前を知ってるの?」
>>「有名人だよね!」
>>「何のことかな」とさっきのはなかったことにする
>>「咲夜くんっていう名前な感じがして! まさか当たっていたなんて」
__なんか知らない選択肢があるんだけど!?
私の視界にはゲーム画面のように下の方に謎の選択肢が3つ出てきた。本編にこのような選択肢はなかった。そもそも3つは何。ふざけているの!?
もうこの時点からメインストーリーと全然違うのはどうしてだろう。私が勝手に喋っちゃったからかな。
3つ目はなしだ。1つ目も有名人、というのは事実ではあるけれど特定の人しか知らない。咲夜くんは魔法が使えて妖精と契約していることを。こうなったら2つ目だ。
「何のことかな」
「……記憶が曖昧みたいだね。とりあえず中に入ろうか」
よ、良かったー!
選択肢はあってたみたい。でもなかなかきつい選択だった。
いきなり倒れていた人に問い詰めたりはしない咲夜くん、良い。そして家の中へ案内してくれる咲夜くんも良い。
ちなみに咲夜くんの家はとんでもなく広い。周りには庭があり、貴族が住んでいるような豪華な家である。
◇◇◇
私が着ていた普段着は、なぜか泥まみれで汚れていた。だから先ほどメイドさん達から着せ替え人形のようにこの服が良い、あの服が良いと色々な服を着た。最終的にシンプルなワンピースになったけれど。
その後、私は咲夜くんの仕事部屋に行き、ふかふかのソファに座る。ここはゲーム通りだ。
「俺の名前は咲夜。あなたのお名前は?」
「私は桜」
「桜、さん。素敵なお名前ですね」
私は基本的にゲームでは“桜”としている。深い意味はない。
「桜さんはどうやってここまで来たんですか? 俺の家の周りは森がほとんどなんですが……」
うんうん、そうだね。ここで選択肢がくるはずだ。いでよ、選択肢!
>>「気づいたらここに……」
>>「3次元からきました!」
>>「咲夜くんに会いたくて!」と甘い声で言う
__アウトおおおおお!!
なんだよ、3次元からって。おかしいでしょ。いや、3つ目もおかしい。怪しさ満点だ。この選択肢があるのは本編通り。だけど選択肢の内容が全然違う!バグか?バグなのか?もうゲーム通りにはいかなさそう。
「気づいたらここに……」
「そうだったんですね」
主人公は記憶喪失という設定になっている。咲夜くんと出会ってから少しずつ記憶を取り戻していくというのが大まかなストーリー。
「咲夜ー」
次はオーロラという妖精が登場する。廊下から彼女の声が聞こえた。
「あっオーロラ、来ちゃ駄目だ」
「ん? ……って人間!?」
咲夜くんの声は聞こえず、普通にオーロラは部屋に入ってくる。私の存在に気づき、大きな声を出して驚くまでが一連の流れだ。
私が余計なことを喋って選択肢が大変なことにならないように、ずっと黙っておく。
「私の名はオーロラ。よろしく」
「桜です。よろしくお願いします」
妖精を見て驚かないんですか、と咲夜くんが声をかけて、可愛らしい妖精さんですねと私は笑顔に言う。そう、ここから咲夜くんとの好感度が変わっていく。
「良かったら、の話ですが、ここでお手伝いはどうでしょうか」
「お手伝い……メイドとしてですか」
「行く当てがないなら、ここにいてほしいと思って」
頬を赤らめて言う咲夜くんが可愛いー!
ゲームではイラストがあるんだけどとにかく可愛らしいのだ。しかも、やっぱり少年ボイスがたまらない。咲夜くんは18歳である。だけどどこかまだ幼さがあるのがポイントだ。
……ゴホン。私が彼の家で働くのは決定事項。断ったとしてもしつこく選択肢が迫ってくる。
>>「誰が働くかよ、バーカ!」
>>「良いんですか! よろしくお願いします」
>>「さようなら」
選択肢がアホらしく見えてくる。
「良いんですか! よろしくお願いします」
この選択肢しかないだろう!
「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
◆咲夜の好感度が10000上がった!
__あれ?
おかしい。メインストーリーとしてここまでがプロローグだけど、好感度表示は第1章が終わってからのはず。そして好感度の桁がおかしい。3桁ほど多く間違っていないか?
「ふふっ」
「あ、はは……」
咲夜くんって最初からニコニコと笑うことが多かったっけ。いいえ、主人公とは少しずつ心を開いていくというのに。
__何かがおかしい。
◇◇◇
それからというもの、私はメイドとして咲夜くんの家で働くことになった。とは言っても何不自由なく過ごすことができている。大変、というわけではない。両親は仕事で不在で、咲夜くんだけなのだから。
「おはようございます!」
「おはよう、桜さん」
私は咲夜くんのお世話係として働いている。朝、彼の部屋に行き、挨拶をするのは絶対だ。
◆咲夜の好感度が500上がった!
__待って待って。桁がおかしいって。挨拶しただけでしょうが!
何をどうしたら好感度が500も上がるのだろう。500って。
◆咲夜の好感度がレベル999になりました。ヤンデレモードに自動的に変わります。
__は?
状況を説明しよう。私はただ夕食のご飯作りをしただけだ。咲夜くんの分を準備して、美味しいよと推しのスマイルをいただいたのが今である。そして“あの表示”が出てきた。
レベル999とは。レベル99までが上限だったはずなのに。
「本当に美味しいよ、桜さん」
「あ、ありがとうございます」
苦笑いになっていないだろうか。何もかもおかしいとわかっているけれど、でもやっぱり咲夜くんという推しを直接見れただけで幸せなのである。
もう十分だ。早く元の世界に、3次元に戻らなくては。
◇◇◇
お風呂から上がって、広い広い廊下を歩いていく。花瓶や壺が小さなテーブルの上にあるので最初はじっくり見ていたけれど触ったらすぐ割れそうで今は遠くから見ることにしている。
「さーくら」
「はい!?」
電気は付いているものの少し薄暗い。だから咲夜くんが私の名前を呼んで後ろから抱きついてきたことに心底驚いた。また、ゲームにない展開だったから尚更だ。
「ねぇ、今日一緒に寝たいんだけど」
「え!?」
「駄目、かな」
__私達、出会ってまだ少ししか経っていませんが?
主人とメイドが一緒に寝るってどういうこと。ゲームでは両思いになって、結婚するまでは手出ししないということになっていたのに!?
するとポッと選択肢が3つ出てくる。あーはいはい選択しろってね。
>>良いですよ
>>良いですよ
>>良いですよ
__選択肢って何。選択の仕事をしろ!!仕事放棄するな!!
「良いですよ」
「ありがとう。じゃあ先に俺の部屋で待ってるね」
私の返事を聞いて小動物のような可愛らしさを出してこの場を去って行く咲夜くん。
もしかして既にヤンデレルートに入っているのではないか、と背筋がぞくりと凍った。
「はぁ……」
せっかく咲夜くんに会えたのに。
とりあえず自分の命は自分で守るということを肝に銘じて、咲夜くんの部屋に行くことにした。
◇◇◇
彼の部屋に入ろうとした瞬間、ドアから腕を引っ張られたこの一連の流れはホラーだった。中に吸い込まれていくかのようで。私は強制的に大きなベッドに座らされた。もちろん隣には咲夜くん。
「言いたいことがあるんだ」
「は、はい」
薄暗い部屋でも彼の美しさはわかる。ぐっと顔を近づけて真剣な表情で何か私に言いたことがあるらしい。今は別ルートになっているので、展開が見えないのが不安だ。
「これから執事とは一切喋らないでほしいんだ」
「……はい?」
ヤンデレか。咲夜くんヤンデレモードになっちゃったのか。
私は、メイドとは喋って良いと。しかし男性とは喋るな、と比較的定番なヤンデレだ。
「俺、桜さんのこと好きみたい。だから他の男と喋っているところを見たら嫉妬でどうにかなりそうだよ」
「ま、待ってください。それは無理な話__」
「え?」
流石にそれは駄目だろう。一緒に働いているのだ。協力し合って家の食事、掃除などを頑張ってきたのに。私は彼に本音を伝えようとしたが……。
「いや、だから無理__」
「無理って言葉が聞こえたんだけど、気のせいかな? 気のせいだよね?」
「……はい」
笑顔の圧がすごい。
私の両手は彼にぎゅっと握られていて逃げることすらできない。力が強すぎておそらく真っ赤になっていそうだ。
話の区切りがついたのか、さぁ寝ようとベッドに横になる。私一睡も眠れない気がする。誰か助けてほしい。
「好きだよ、桜さん。このままずっと俺のそばにいてね。一生だよ。逃げたら許さないから」
>>私も咲夜さんのことが好きです
>>私も咲夜さんのことが好きです
>>私も咲夜さんのことが好きです
どうか、バグだと言ってほしい。
[短編]もうすぐサービス終了する乙女ゲームの世界に来てしまった件。 音藤 @Oto_fuji
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