第11話
畑を手伝ったあのおじさんだった。
おじさんは滝の上に生えていた太い木にロープを結びつけ、それを腰に巻いて崖を降りる。
ロープを垂らしただけでは少女の、それも雨と滝で冷え切ったカンナの握力では登ることができないからだ。
「カンナ!無事か!」
おじさんは足を踏み外さないように慎重になりながらも出来るだけ急いでカンナの元に向かう。
その姿を見てカンナは戸惑う。
なぜこの人は赤の他人の自分を助けるためにここまでしてくれるんだろう、と。
どんなに優しくしてもらっても自分にはそれに返せるだけの何かがない。
それに、自分が優しくしてもらう価値のある人間でないことは知っていた。
「カンナ、ほれ……つかまれ」
おじさんはロープでカンナの真横まで辿り着くと片方の腕でじぶんのからだをささえ、もう片方をカンナに伸ばす。
しかし、カンナはその手を取ることができなかった。
「ダメだよ……助けてもらってもわたし、おじさんに何もお返しできないもん」
「そんなのいいから、はやく」
おじさんは必死に腕を伸ばす。カンナが少し手を伸ばせば、簡単に届く距離だ。
滝の下ではオルカがタオとカースと共にもしもカンナが落ちてしまった時のために備えていた。
「でも、わたし知ってるの……わたしのお父さんとお母さんが村に何をしたのか……だから、助けてもらう価値なんてないんだよ」
それはカンナが村人の助けを拒み続ける理由だった。
何年か前、カンナがもう少しだけ幼かった頃。まだカンナは村の若い夫婦の元に引き取られていた。
その夫婦は決してカンナに冷たくあたることはなく、むしろ優しく接してくれていたがどこか壁があるのをずっとカンナは感じていた。
ある日の夜、寝ていたカンナは夫婦の話す声で目が覚めた。
「シッ……声が大きい。あの子に聞かれたらどうする」
「大丈夫、もう寝てますよ。それに、まだ幼いし理解もできないでしょう」
部屋の扉一枚を隔てた先で二人はそんな話をしていて、その声はカンナによく聞こえた。
二人はまるで悲しむように、そして時折り恨み言のように語っている。
カンナの両親の話だった。
この村にいて、両親の話を聞くのはカンナは初めてだった。
自分はある日突然に捨てられていて、両親は誰も見ていないと聞かされていたからだ。
夫婦の会話で、カンナは自分に両親の話が聞かされない理由を知る。
カンナの両親は盗賊だった。
村を襲い、金品を略奪していった者たちだ。
そして、村人たちの反抗にあい呆気なく命を落とした。
残ったのが当時まだ一歳になったばかりのカンナだった。
カンナはその時のことを覚えていない。
しかし、夫婦が話す両親の話は幼いカンナにとって衝撃的だった。
「わたしは……村に悪いことをした人たちの娘なの。だからもうわたしに優しくしないでよ」
カンナは寒さに震えながらそう言った。
それはカンナの精一杯の去勢だった。
「そんなこと関係なねぇべ!」
おじさんが怒鳴った。その声にカンナはビクッとする。
おじさんは村の人の中でも特にカンナに声をかけてくれた人だ。いつも優しく、まるで本当のお父さんのように笑いかけてくれた。
怒鳴り声を聞くのは初めてだった。
その表情からおじさんの真剣さが痛いくらいにカンナに伝わる。
「……なんで?」
カンナは涙目でおじさんを見た。なんでそこまでしてくれるのか本当にわからなかった。
「お前の父さんと母さんはな、まだ幼かったお前を食わせるために仕方なく盗みを働いてたんだ。……もちろん許されることじゃねぇ。でも、一人残されたお前を見つけた時、わしらは後悔した。……幼い子から優しい両親を奪ってしまったってな」
カンナの両親は決して根っからの悪人ではなかった。職を失い、食うものに困り仕方なく人様のものに手をつけたのだ。
それも、カンナに食べさせるためだった。
自分達は盗んだものには一切手をつけず、全てをカンナに与えていた。
二人が死んだのはほとんど事故のようなものだったが、村人たちがそのことに気づいたのは、ガリガリに痩せた二人の遺体を見てからだった。
「いいか、カンナ。お前は村の子だ。だからわしらが守る。お前は何も気にしなくていい。ほれ……手を伸ばせ」
カンナは泣いていた。おじさんの言葉に込められた真剣さが十分に伝わったからだ。
それはとても温かいもののような気がした。
自然と、カンナの右手がおじさんの腕に向かって伸びた。
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