第10話

オルカは森の中にいた。

覚醒したタオの力でなんとかカンナのにおいを追いかけ、ここまで辿り着いたのである。


しかし、三十秒ではカンナを見つけるには至らなかった。


「クソッ……僕にもっと力があれば……」


聖獣の覚醒の時間はビーストテイマーの実力に伴う。今、タオが三十秒しか覚醒できないのはオルカの力がまだまだ未熟だからだった。


しかし、そんなこと嘆いている暇はない。今は一刻も早くカンナを見つけなければならないのだ。


悔しさを噛み殺しながら、オルカは手がかりがないか辺りを見回した。


足跡でも、カンナの服の切れ端でもなんでもいい。雨に流される前に手がかりを一つでも多く集めたい。


暗闇の中での捜索は難しい。それでも、オルカは精一杯目を凝らして周囲を見渡す。


カンナの声が聞こえないかと耳をそばだてる。


何か聞こえた気がした。それは人の声ではなかったが、雨の音とも違う。


シャーッと何かが空気を吐き出す音。

オルカの視線が音のする方へ向く。


手がかりがあった。

暗闇でも目立つ白い体の蛇がオルカに向けて舌を伸ばしているのだ。



「お前……」


苦手なことも忘れてオルカは白蛇に近づく。白蛇はまるでオルカのことを誘っているかのように見えた。


オルカにはついていくしか道はない。

仮にも聖獣だ。人間を騙して取って食うつもりなどないだろう。


なにより、他にカンナに関する手がかりが何もない。


白蛇は林の中に消えていき、オルカは見失わないように跡をついていく。


小川に行きつき、その川の流れに沿ってさらに森の奥深くまで。



だんだんと川幅が広がっていき、やがて滝壷へと辿り着いた。


岩肌が露出して、そこに大きな滝が流れ込んでいる。


大雨のせいで水の量が増加していて、降り注ぐ滝はとても凶暴なものに見えた。



「ここに……カンナが?」



オルカは滝の周辺を見渡すが、カンナらしき姿はどこにもない。


白蛇がオルカの足元からスルリと体を這って肩まで登る。



「うわっ待て……僕は君が苦手なんだ……」


白蛇を振り払おうとしてオルカの手が止まる。白蛇が長い首をもたれて頭上を見ているのだ。


「あそこを見ろ」と言っているようでオルカは白蛇の指す方へ目を向ける。



「カンナ!」



オルカの視線の先には岩肌にしがみつくカンナの姿があった。


滝の真横で流れ落ちる滝の勢いに怯みながら、わずかにできた窪みに足をかけてなんとか落ちないように耐えている状態だ。



「カンナ……なんであんなとこに」



理由なんてどうでもよい。

あんなところから落ちたらひとたまりもないだろう。


オルカはカンナの真下まで行き、岩肌を登ろうと試みる。


雨と滝の飛沫のせいで、岩はツルツルと滑り登れない。


岩にしがみついたカンナがオルカの存在に気付いたようだ。



「オルカ!助けて!」



そう叫ぶカンナは年相応の女の子だった。

濡れた体は冷え、握力だってもう残っていないだろう。自力で降りるのはどう考えても不可能でオルカしか助けられない。



「タオ……覚醒だ。」


オルカはそう言って呪文を唱えるが、タオの姿は変わらない。


覚醒は一体の聖獣に使えるのは一回まで。

それ以上は聖獣の体にもビーストテイマーの体にも莫大な負担がかかってしまう。



「クソッ……」


オルカは悪態をつく。カースであればまだ覚醒できるだろうが、ただでさえ強い風だ。体の大きくなったカースでは満足に飛べないだろう。


それに、覚醒は使えば使う分だけビーストテイマーの体力を奪う。


ここで無闇にカースを覚醒させるよりも、もしもカンナが落ちてしまった時の切り札にしておきたかった。



「カンナ!もう少しだけ待ってて今上に登ってそこから縄を使って降りるから」



オルカはそう言って岩山の上に登れる道を探そうとした。


下から登るよりも、上から降りた方が救出しやすいと考えたのだ。


カンナから目を離すのは不安だったが、それよりも時間がなかった。


しかし、オルカがその場を離れる必要は無くなった。


流れ落ちる滝の真横にロープがぶら下がっているのに気付いたのだ。

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