第7話
ビーストテイマーの旅には特別ここに行けという目的地がない。
旅をしている間は自分の意思で行く場所を決めて、滞在する期間も好きしていいのである。
オルカがそろそろ村を出て次の街に行こうかな、と考えていたある日のことだった。
すっかり日課となった畑作業をして、昼を越えて食事をしていてもカンナの姿が見えないことにオルカは気がついた。
「おかしいなぁ。飽きられちゃったかな」
普段いる人が急に居なくなるのはなんとも気になる物である。
昼食を食べ終えるとオルカはカンナを探してみることにした。
カンナの家は前に畑のおじさんに聞いて知っていたので、まずは家を訪ねてみる。
ボロボロの小屋の中にカンナの姿はなかったが、裏手から可愛らしい声が聞こえてきた。
誰かと喋っているようで、優しくもあり悲しげな声だった。
「いたいね、大丈夫。わたしがずっとついてるから」
その声につられて、オルカは家の裏に回り込む。そこには小さな小川が流れていてその前に少女がぽつんっと座っている。カンナだった。
驚かせないようにゆっくりと近づくオルカだったが、パキッと木の枝を踏み抜いてしまいその音でカンナは振り返った。
カンナは目に涙を浮かべていた。
その手には白い小さな蛇がいて、カンナの腕の中でぐったりとしている。
他の獣に噛まれたのか、それとも同族で喧嘩したか、白蛇は首から赤い血を流していた。
「あっ……」
カンナは驚いて立ち上がったが、逃げようとはしなかった。
代わりに震える手で白い蛇をオルカの前に突き出した。
「な……なおせる?」
差し出しされたカンナの腕の中を見てオルカは思わず仰け反りそうになるのを我慢した。
蛇は苦手だった。前世では万人受けする犬や猫でさえ苦手だったのだ。好きな人とそうでない人が分かれる蛇は触ったこともなかった。
しかし、まだ幼い少女が目に涙を浮かべながらオルカのことを頼っている。
それを前にして断れるほどオルカの精神は強くない。
「じ……地面において……」
オルカが震えながらそう言うと、カンナは言われた通りに白蛇を優しく地面に下ろす。
クタッとした力無い蛇だったが、思わずオルカは後退りしそうになる。
そのオルカの背後にタオがピッタリと体を寄せて、支えた。
顔を見なくてもオルカにはわかる。「逃げるな」と言っているのだ。
頭上ではカースが応援するかのように旋回している。
オルカは白蛇のそばに片膝をつくと、白蛇の傷口に右手をかざす。
「汝の血と肉と魂を持って汝を癒す」
オルカがそう唱えると、オルカの右手が淡く光る。それはビーストテイマーだけが使える回復の呪文だった。
一般的にビーストテイマーは魔法も剣も用いない。代わりに獣と共に戦うのだが、獣であればなんでもいいというわけでもない。
ビーストテイマーが仲間にできるのは聖獣と呼ばれる特別な力を持った獣だけだ。
そして、その聖獣のためだけにビーストテイマーは呪文を唱えることができる。
カンナの抱いていた白蛇は大きさからしてまだ子供だが、間違いなく聖獣だった。
オルカは聖獣の傷を癒す呪文を唱え、白蛇を救ったのだ。
呪文は万能ではない。大怪我を負えば回復させれない場合もある。しかし今回は白蛇が怪我をして間もなかったことと、傷がそれを深くなかったことが幸いして無事に救うことができた。
傷の治った白蛇は長い舌をチロチロと二回出してから森の中へと消えていった。
まるで「ありがとう」とお礼をしているようだったが、オルカにはそんなことを気にしている余裕はない。
白蛇が消えたことで体に入りまくっていた力が一気に抜けて、へなへなとその場にへたり込んでしまったのだった。
「よくやった」と言わんばかりのタオがオルカの顔を舐め、カンナは笑顔でお礼を言ってオルカに飛びついたが、放心状態のオルカはなんの反応も示さなかった。
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