少女のいた村

第5話

オルカが王都の街を旅立ってから数日、彼は暗い表情で森の中を歩いていた。


行けども行けども見える景色は変わらず、生い茂る緑に嫌気がさしていたのである。


初めのうちは良かった。街を出たという興奮がオルカを支え、足取りも軽かった。


しかし数日経った今、新鮮さも薄れ運ぶ足は鉛のように重い。


ここ数日で経験した野宿は名家で甘やかせれて育ったオルカにとって想像に耐え難いものだった。


食料はまだ良い。出発前に持たされた分とタオやカースが道すがらに捕る小動物の肉で十分に満足していた。(肉の解体はオルカが泣きながらやっている)


問題は寝床である。地面に草を敷いただけの硬い寝床では満足に休めない。


また、旅の間に風呂など入れるわけもなく時折見つけた川で体を流す程度。


汚れも十分には落とせずにいるため、それもストレスの原因となってさらに眠れないのだ。



「ベッドが恋しい……お風呂が恋しいよぉ……」


両手をだらんと下げてだらし無く歩くオルカを見てタオはワフッと鼻を鳴らした。


名家生まれのボンボンで、前世でも電気のある何不自由ない生活を送っていたオルカの姿は主従の関係があるとはいえタオには情けなく見えたのだ。



キューイッと上空を飛んでいるカースが鳴いた。

長い旅路、空高くから周囲を見張り何かあれば知らせるのがカースの役目だった。


カースが飛ぶ方向に向かうと、程なくして森を抜けた。さらにその先には立ち並ぶ家々とその周囲を取り囲む柵が見えた。



「村だ!」



オルカはそう叫ぶと先程までの情けない顔から一転して嬉しそうに走り出す。


王都の街以外、初めてみる人間の住む集落だった。



♢



「ええ?そんなに高いの?」


村に着いてすぐオルカが訪ねたのはその村唯一の宿屋だった。


ナルコ村というらしいその村には観光客や旅人といった類は滅多に訪れないようで、オルカは随分と珍しがられた。


村長を名乗る初老の男に宿屋を聞き、訪れたオルカだったがその宿泊料に驚愕してしまう。


オルカが想像していたよりも三倍は高い。

一応、村長から村の馬屋であればタダで寝泊まりしても良いと言われたオルカだったがこれは非常に悩ましい問題だった。


オルカはお金を持っていないわけではない。旅支度として両親が持たせてくれたお金が少なからずある。


しかし、旅はまだ始まったばかり。ここで贅沢をしても良いものか、と心が訴えかけてくる。


ここ数日は屋根もないところで野宿だったのだ。それを考えれば馬小屋だとしても十分に嬉しい。嬉しいが、宿に泊まればどうだろう。


温かい食事と柔らかいベッド。なおかつお湯で体を拭けるではないか。


「よし、今日は宿に泊まって明日からは節約しよう!」



そう宣言し、立ち上がるオルカだったがその服の裾をタオが噛んで止める。



「え?『金はいつか入りようになるんだがら貯めておけ?』バカだなぁタオは。お金は使ったら稼げばいいんだよ。僕は名門出のビーストテイマーだよ?稼ぎ口ならいくらでもあるさ」



制止するタオを他所にオルカは宿屋の中へと入っていってしまう。


いくらビーストテイマーの相棒といえど、獣は獣。宿屋の中までオルカを追いかけるわけにもいかず、タオは入り口の前でふて寝した。


その一部始終を見ていたカースは呆れたように一声鳴くと、夕焼けに染まる空に向けて飛び立っていくのだった。



オルカはこの日数日ぶりの美味しいご飯を堪能し、温かいお湯で体を拭き、柔らかいベッドでぐっすりと眠った。


財布の中からはそれなりの額が消え失せたが、オルカがそのことで困るのはもう少し後の話である。

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