第3話
オルカが生まれて十年が経った。
この頃オルカは、一男としての精神は薄れてきたように感じていた。
自分が生まれ変わったのだという記憶はあったが、今の自分の名前を聞かれたらまずオルカと名乗ってしまう。
それは決して慣れだけのせいではなく、一男だった時に自分が経験したことや何をどのように考えていたのか段々と思い出せなくなってきていたのだった。
前世の記憶はまるで遠い昔に聞いた御伽噺のように他人事のように感じることもあった。
それでも、オルカの心に縛り付けられた動物嫌いの呪いだけは解けていなかった。
そして、動物に一向に慣れないことにオルカ自身もひどく焦りを感じていた。
兄二人はオルカと同じ十歳の頃にビーストテイマーとしての修行を始めて、今ではすっかり立派になっている。
それなのに、オルカは同じ歳になってもパートナーであるはずのタオやカースを撫でることすらできないでいた。
ある日のこと、オルカは王都の街で遊んでいたところを誘拐されてしまう。
それは盗賊の仕業で、金のあるレイエス家から身代金を頂こうという企みだった。
前世の記憶があり、考え方がしっかりしていたとはいえオルカの体は子供そのもの。
難いのいい男に掴まれては抵抗することもできなかった。
捕らえられ、王都を出た森まで運び込まれたオルカ。
殺されてしまうかもしれないという恐怖と戦いながらも努めて冷静にオルカは逃げる方法を探した。
「まったく変わったガキだ。泣き声ひとつ上げねぇで」
「あれが名家の誇りってやつですかね。面も随分綺麗で女みたいでしたよ」
オルカを木に縛り付け、焚き火を囲んで酒盛りを始めた盗賊達はやがて眠ってしまった。
逃げるチャンスはここしかないと思ったオルカは近くに落ちていた石ころを足で手元に寄せるとそれを手で掴みなんとか縄を切れないかと模索した。
ギリギリと時間をかけて、石を縄に擦り付けていく。前世の記憶を頼りにテレビドラマで見たような不確実な方法だったが、オルカには頼る術がそれしかなかった。
しかし、縄を切ることに熱中しすぎた。
「何してんだ小僧」
気がつけば、オルカのすぐ横に大きなナイフを持った盗賊の男が立っていたのである。
酒に酔い、顔をあからた男はオルカが逃げようとしたことに腹を立てていた。
大きなナイフをこれみよがしに見せつけてから振りかぶる。
オルカは終わったと思った。
また死んでしまうのか、と。
その時だった。
ヒューイッと鳥の鳴く声がして、夜空の暗闇に紛れて何かが落ちてきた。
「ギャアッ」
目を瞑ったオルカの前で盗賊の男が悲鳴を上げて倒れる。
オルカが目を開けると、男が右目を押さえて悶えていた。
カースだった。闇夜に紛れたカースが頭上より急降下し男の目を抉ったのだ。
カースは倒れる男の上に降り立ち、オルカに向かって首を傾げる。
オルカにはカースが
「大丈夫か?」
と聞いているように見えた。
男の悲鳴を聞いて他の盗賊達も起き上がりはじめる。
「カース、君だけじゃ無理だ。逃げて父さん達に伝えてくれ」
カースの身を案じたオルカがそう命じるが、カースは一人ではなかった。
「心配するなよ、大丈夫だ」
とでもいうように、余裕ある態度だった。
カースは一人ではなかった。
茂みの中から恐ろしい唸り声をあげて盗賊に飛びつく犬がいた。タオだ。
不意を疲れた盗賊は突然現れた巨大な犬に驚き、怯えた。
タオは不意打ちで一人を倒すと、残っていた三人の盗賊をあっという間に倒してしまったのだ。
最後の一人は迫り来るタオに怯えてほとんど逃げ腰になっていた。
盗賊を全部倒して満足げなタオがオルカの元までやってきてその鋭い爪でオルカを縛る縄を切り裂いた。
二匹はそれでも尚オルカから距離を取り、怯えさせないようにしていてが思わず飛びついてしまったのはオルカの方だった。
「ありがとう、君達は命の恩人だよ」
盗賊の恐怖から解放されたからか、オルカはもう二匹を怖いとは思わなかった。
前世の呪いが初めて解けた瞬間だった。
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