第2話

新しい世界での一男の名前はオルカ・レイエスだった。


兄が二人いて、父と母の五人家族である。

オルカがこの家族に慣れるのにはそう時間はかからなかった。


一男時代は一人っ子で、両親も早くに亡くした彼にとって家族から無条件で注がれる愛情というのは歯痒くも嬉しい物だったのである。


レイエス家は随分な名家のようで、屋敷には使用人がいて大抵のことは手伝ってくれる。


逆に一人で何かをしようとすると怒られると言う環境はオルカにとって不思議な物だったが、それにもいずれ慣れていった。


ただ、どうしても許せないことがある。

それが屋敷に住んでいる十匹の獣であった。


犬(正確には聖犬というらしいがオルカには違いがわからないので犬)と鷹のような鳥がそれぞれ五匹ずつ、屋敷の中では飼われていた。


いや、飼うというには語弊があり正しくは共に暮らしていると言った方が良いだろう。


レイエス家は獣使い、通称ビーストテイマーと呼ばれる家系だった。


オルカが調べた所、この世界には魔物と呼ばれるモンスター的な何かがいて、人々は魔法や剣といったファンタジー要素満載の方法でそいつらと戦っているというのがわかった。


ビーストテイマーというのは、魔法や剣の代わりに獣の力を借りて戦う物たちでレイエス家はその中でも国から認められた名家なのだという。


家族の他にも、ビーストテイマーを目指す者たちが屋敷に通い手解きを受けるほどだ。


屋敷に住む獣たちは可愛らしく、人懐こくてさらに強いというハイスペックな子たちばかりだったが、オルカにとってそれは良いことではなかった。


なにせ、前世の記憶をまるまる持って生まれてしまったのだ。


犬に噛まれたあのトラウマも持ち越してしまっている。



タオという白い毛並みの犬とカースという黒い大きな羽を持つ鷹がオルカのために用意されていたが、オルカは怖すぎて一向に触ることすらできずにいた。


オルカが五歳になる頃、見かねた父親がオルカとタオ、カースを一つの部屋に入れて仲良くなるまで出さないという荒療治に出たが、失敗に終わってしまう。


オルカは中身が二十六歳の成人男性であるというのが嘘のようにわんわんと泣いてしまう。


そして、そのオルカの様子を見てタオもカースも酷く落ち込んでしまったのだ。


ビーストテイマーの使う獣というのはとても賢い。


人の言葉は普通に理解するし、その仕草や表情から感情も読み取る。


オルカを怖がらせているのが自分たちの存在なのだと気づいてしまったのだ。



その日以来、タオとカースはオルカに近づくのをやめた。


決してオルカのことを嫌いになったわけではなく、むしろ好きだからこそ怖がらせないでおきたかったのだ。


父親は自分の荒療治が招いた結果を反省したが、他に試せる方法がなく途方に暮れた。


オルカもオルカで、なんとか動物と仲良くしたいと思ってはいるのだが二十何年間怯え続けた経験というのは簡単には消えないらしい。


屋敷の犬達が少しでも近くによれば背筋に緊張が走るし、鷹の鳴き声を聞けばビクリと飛び上がってしまう。


怖くない、怖くないと頭の中で念じ、タオ達がどれだけオルカに好意的なのか示しても全然慣れなかったのである。


オルカは知る由もなかったが、これは転生の弊害でもあった。


前世の一男が苦手としていた物はその魂に深く刻み込まれてしまい、まるで呪いのようにオルカを縛り付けていたのでいる。


オルカがどれだけ動物に好かれようと意気込んでみてもその呪いは簡単には外せない。


むしろ、好かれようと思い無理をすればするほど固い縄のようにオルカの心を縛りつけていくのであった。

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