動物嫌いでも最強のビーストテイマーになれますか〜転生した先は苦手な動物を操るビーストテイマーの家系でした〜

六山葵

プロローグ

第1話

佐藤一男、二十六歳。

性格は温厚、頭も特別悪くなく、運動も出来過ぎず出来無さすぎず。


つまり平凡。


唯一の特徴といえば、自他共に認める動物嫌いな所くらい。


その理由も幼少時に近所の野良犬に手を噛まれたことによるトラウマというありがちなもの。


そんな彼が異世界転生をすることになったのは正しく運命の女神の悪戯といえよう。


それはなんの変哲もないいつも通りの朝のことだった。


会社に向かうための道を歩いていた一男の目に犬が一匹止まる。


大きな雑種犬で首に赤い首輪をつけているのが目に入った。

視力は悪い方である。ごまかしで買った眼鏡ももう何年も交換していないために度がまったく合っていない。


それなのに、その日は#よく見えた__・

__#。


犬が悠々自適に横断歩道を渡っているところも、その飼い主らしき人が近くにいないことも、その犬目掛けて猛スピードで向かいから走り寄るトラックのことも。


一男の身体能力がもう少し低ければ、間に合わず犬は轢かれて一男は無事だったかもしれない。


あるいはもう少し高ければ、犬ごと救出して二人とも無事というハッピーエンドを迎えられただろう。


しかし、一男の身体能力は並であった。


結果として、犬は事故から免れたが一男はトラックと正面衝突してしまった。


道の脇に飛ばされ、信じられないくらいの激痛と流れていく血、だんだんと冷たくなっていく自分の体温を感じながらも一男は別のことを考えていた。



「あの犬……噛みやがった……」



右手に残る明らかに轢かれたのとは違う痛み。

犬を助けるために飛び込み、しがみついたその瞬間、確かに犬の鋭い牙が一男の右手を捉えていた。


痛くてしょうがないのに思わず笑いが込み上げる。


「なんで動物嫌いなのに動物助けてんだ俺……」


思わず体が動いてしまったのだからしょうがない。


平々凡々だった人生、他の生命のために使えただけでもマシかと青い空を見上げながら一男は思った。


助けた雑種犬が一男の元までやってくる。

助けられたお礼なのか、それとも噛んでごめんねというアピールなのか、その犬は一男の横に座りハッハッと息を吐きながら尻尾を振っていた。



「無事だったか……よかったな」



犬を撫でようとして腕が上がらないことに一男は気づいた。


このまま死ぬんだなというのが自分でわかる。



「一度も、お前らと仲良くできなことねぇな。……もしも次生まれ変われるんなら、今度は仲良くしようぜ」



最後にそう言って一男は目を閉じる。



次に目を開いた時、一男が見たのは見知らぬ天井だった。


そして、ハッハッという息遣い。

まとわりつく獣臭。そしてぬくぬくとした心地いい動物の体温。


「あれ……なんだこれ……。どこだ……ここ……」



声にならない声で一男は言う。そして、自分の置かれている状況に気づいた。

自分の体長の二倍はあろうかという大きな犬が二匹、一男を取り囲むようにして座っているのだ。


いや、そうではない。

目に見える部屋の中の物と比較するに、一男の身長が随分と小さくなってしまっている。


手も紅葉の葉のように小さく、ぽてっとした感じ。


まるで赤ん坊のような……



「赤ん坊……?」



思いついた考えが一男の中で確信に変わっていく。


佐藤一男、二十六歳。

平凡極まりない彼は最後の最後で平凡とは程遠い経験をする。


日本ではなく、もっといえば地球でもない。


まったく違う異世界に彼は生まれ変わったのだった。



「ワフッ!」



一男の隣にいた犬が小さく吠える。

本当に小さな鳴き声だったが、一男には怪獣が吠えたように聞こえる。


一男が生まれたのは王都エラントーゲにある大きな屋敷の中。


五人の家族と、十人の召使い。

そして十頭の獣の住む家だった。


彼はビーストテイマーの家系に生まれたのである。

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