第15話 のどかな旅


 フォレストトロルを討伐した一行は日が落ちきる前に野営の準備をしていた。


「ナルテュさん、木の枝集めてきました!」


「ええ、ありが、ってあなたそれどこから拾ってきたの!?」


 シャミアは両腕で抱えるように青々とした葉のついた枝を運んできていた。


「これはそこの木にえい!ってジャンプしてぶら~んってしてとりました」


「……落ちている枯れ枝を集めてほしいわ。元気な木はね、燃えにくいのよ」


「はぃぃぃ……」


 シャミアはトボトボと枯れ枝を探しに戻っていった。


(やけに戻ってくるのが早いと思ったら、あの子は箱入り娘だったわね)


 私たちは古いたき火の跡がある場所の近くに馬車を止め、私は食事の準備と周りの警戒をしている。ルノは魔力切れで馬車の中で寝ている。


「これは足りませんか?」


「そうね、この倍は欲しいかな」


「わかりました、本気だします!」


 拾ってきた枯れ枝を置くとシャミアは本気で走っていった。


「シャミアー、私の目の届く範囲で探すのよー」


 シャミアは振り返り元気に手を振っている。



 ――数年前から魔獣の発生率がかなり上がっている。新魔王の誕生。世界大戦が終結した理由でもあり新たな悩みの種だ。



 見晴らしのよい街道そばのここならさすがに大丈夫だと思いたいが、今日の昼間に林からひょっこり出てきていいような存在ではないレベルの魔獣と対峙したばかりだ、気を引き締めないとね。


 日が完全に落ちる前にシャミアが戻ってきて、たき火が辺りを照らした。湯も沸き簡単なスープをつくっている。


「それ火の魔法ですよね。……魔法って私にもできますか?」


「ん、魔法?そうねシャミアはもう魔法を使っていたじゃない」


「え?私が魔法を?」


「今日休憩しているときに馬、えーエギュートと走り回っていたでしょ。あれは身体強化の魔法よ」


「そうだったんですか。私はただエギュートを追いかけて力いっぱい走っていただけのつもりでした」


「だから魔力の運用はできているからちょっとコツを掴めば火魔法だってすぐ出来るようになるんじゃないかしら」


「ほんとうですか!?私も火や水をだしたりしたいです!教えてください」


「私でよければ良いわよ」


「やった!」


 シャミアの小さなガッツポーズを微笑ましく見ながら馬車の方へ視線を移した。


「あら、もう起きたの」


 馬車からモソモソとルノが這い出てきた。


「どれくらい寝てましたか?」


「まだ日が暮れたばかりよ」


 ルノはたき火の前でスープを受け取りすすった。


「あー体に染みる。まだなんかフラフラするんだよね」


「それを飲んだら寝なさいよ」


 干し芋をはさんだパンも受け取った。


「う~ぅ、そうだシャミア。店の売れ残りに宝暦草ほうれきそうあったよね?もらえるかな」


「まとめてあるわよ」


 ナルテュのマジックバッグから萎びた宝暦草ほうれきそうを取り出してもらい受け取った。


「うーん、苦い」


 宝暦草を干し芋と一緒にパンにはさみこみそのままかぶりつく、そしてスープで胃に流し込んだ。芋の甘みがあるはずなのにすべて苦味で書き換えられていた。


「ひっ!……それすごく苦いんですよ」


 シャミアも病気のときにこの草を煎じた薬を飲んだことがあるのだろう、ドン引きしている。


「良薬口に苦しってね。野生動物は味が苦くて食べないけど枯渇した魔力の活性と回復にいいんだよ」


「普通は煎じて水に溶かして飲むのよ……」


 ついでにナルテュもドン引きしていた。


「あーなんか頭が冴えてきた、効いてきたな」


「……あんたの脳が驚いているだけよ。寝てなさいよ」


「スープごちそうさま。じゃあお言葉に甘えてもう少しだけ休むね、夜番交代は時間になったら起こしてね」



 ――起こされたわけではなく自然と目が覚めた。隣ではシャミアが寝息をたてている。


 馬車の外から光がさしている。外が明かるい……。


「ナルテュおはよう、起こしてくれてよかったのに」


 ナルテュが火を起こし直して朝食の準備をしていた。


「魔力欠乏症で寝込んでた人と夜中に交代してぐっすり眠れると思う?」


「タシカニ」


「おぁようございます」


 遅れてシャミアが馬車から出てきた。朝日が眩しそうだ。



 ――野営の片づけをしていると眠そうにあくびをしているナルテュが目に入った。


「ナルテュ、昼間はずっと馬車の中で寝てるといいよ」


「ルノは体調良くなったの?ふつうは数日寝込むわよ」


「そんな軟弱な魔力運用してませんよ。おかげさまですっかり回復しました」


「ほんとう?」


 魔力視でみただけではわかりづらいか。僕は魔法を使って元気アピールをしてみた。


「このくらい元気ですよ。火、火、水、火、水、水、水、火、火、水、水、火、水、火、水、水、火、水、水、火、火」


 両腕を左右に広げ、両手のひらから握りコブシサイズの【火球】と【水球】を素早く出して消してを繰り返して見せた。



「え……そ、……そう、……器用ね」


(なんなのあの速度!私にできるかしら?)


「これくらいできればいい感じでしょう?」


「その魔法はなんて名前なんですか!」


 シャミアが興味をもってくれたのはいいが、ただの基礎だ。


「これは子供の頃からやっていた魔法の練習だよ、別に火と水じゃなくてもいいんだ。混乱しないで素早く魔法を発現させるんだ。調子がいいときはもっと早くできるんだよ」


「へぇー魔法の練習ってそうやってやるんですね」


「んーまねするのは大変だと思うわよ。じゃあよろしくね、寝かせてもらうわ。この先も街道周辺の見晴らしは良さそうだけど周囲の警戒を忘れずにね」


「わかりました、あんな魔獣が出ましたからね。風探知の魔法も使いますのでまかせてください」


「……いろいろできるのね。オヤスミ」



 ――御者台に座っているのはシャミアで、初めてだというのに問題無くエギュートを歩かせている。


 荷台から身を乗り出した僕とシャミアはたわいもない話をしながらのどかな街道を進む。


「そういえば他の人とすれ違わないね」


「そうですね。昨日も誰とも会いませんでした」


 そんな話をしたそばからこちらに向かってくる馬車が見えてきた。まだかなり距離があるが雰囲気貴族の馬車ではないようなのでまずはひと安心かな、あとは旅人や商人に偽装した盗賊じゃなければいいな。



「やぁ、こんにちわ」


 御者台に商人のおじさんらしき人が友好的に話しかけてきた。旅の第一すれ違い人だ。


「どーも、こんにちわ」


「あなた達はスクイットの街に向かうのですか?」


「ええ、そうですよ」


「そうですか。実は数週間前にこの先にある橋が落ちてしまったのですよ。だからスクイットの街へ行くには川沿いに北へ向かい別の橋を使う必要があります」


「……じゃあ、あなたは北の橋を渡り川沿いに大回りしてこちらの道へ来たのですか?」


(この人は知ってて遠回りするか?もしかして盗賊のパターンか?)


「ええそうです。私は商人のスターメルといいます、こちらの街道は見晴らしが良くて盗賊や魔獣と遭遇する危険が低いのですよ。北の橋がある街道は森を抜けるルートで危険なのです。私のような細々とやってる商人では商隊に加わることもできませんからね」


 そうだったのか。これが商人や旅人同士の情報交換というやつか、旅っぽいな。


「橋の情報ありがとうございます。この先、アズーリシル王都への街道沿いに大きな魔獣が一体出たみたいですね。もう討伐されたみたいですが気をつけてください」


「そうなのですか!近年魔獣の発生率が上がって森は避けていたのですが草原も油断できませんな」


 スターメルさんの馬車の荷台から二人の護衛らしき人が顔をだして会釈して引っ込んだ。顔が似ている。


「うちの息子たちです、護衛を雇う予算がありませんからね。それでは」


 苦笑していたスターメルさんを見送り僕たちも出発した。



「ルノが魔獣を倒したことは秘密なのですか?」


 シャミアは先ほどのやりとりで疑問に思ったのだろう。


「まぁ、様子見といったところかな。何を話すのも人を見極めてからの方が安全だからね。商人に変装した盗賊の可能性もあるんだよ」


「そういうものなのですかー、それで橋を渡れないのは困りましたね」


「んー、この先の橋でなにかあったの?」


 ナルテュが起きたようだ。寝起きで怠そうだ。


「まだ休憩をするほども進んでないから寝てていいよ」


 おそらく第一すれ違い人の気配で目が覚めてしまったのだろう。


「橋が落ちて別の橋まで行かないといけないみたいです」


「あらそうなの」


「それなら大丈夫だよ。土魔法で橋をつくればいいのさ」



(他人の魔力炉覚醒に目の治療、電撃に風探知と土魔法で橋をつくる自信もあるの?医療法士なら白魔法、戦士なら身体強化の魔法、魔法使いなら自分の得意とする魔法をしぼって鍛錬するのが普通だけど……彼の正体考察が迷走してしまうわ)



「じゃあ寝るわ。休憩するところに着いたら起こしてね~」


(寝よ)



 ――こうして休憩をはさみ、日が暮れ今夜の夜営地を決めたところでナルテュが目を覚ました。


「起こしてって言ったわよね?」


 ちょっとした意趣返しだ。


「よく寝てたからね。今夜の夜番は先にお願いしてもいいかな」


「それはいいけど……」


 少しナルテュがむくれている。ホントはよく寝てほしいという親切心だったが夜行性になってしまうかもしれない。


 夜食は二人に比べ肉の量が気持ち少なかった気がするが……気のせいだろう。



 ――翌日もいい天気だ。平和だ、昨日は魔獣に遭わなかったし本当に安全な街道なのだろう。


「ナルテュ師匠、僕のフォレストトロルとの戦いどうでしたか?結構いい戦いをしていたの思うのですが」


「いい戦いって……あなた魔獣と木の棒で殴り合ってただけじゃない。あれを剣術とは呼ばないのよ」


「木の棒って……身体強化の魔法の使い方は良かったと思うのですが」


「たしかにあなたの身体強化の魔法はかなりのものね。だからって魔獣と同じ戦い方してどうするのよ」


「あれは……圧倒するつもりだったんですよね」


「――それに普通、戦士は身体強化の魔法のことを闘気オーラって呼んでるわね」


 ナルテュがニヤッとしている。僕の正体に一歩近づいたって顔している。


「それは……あれだ、うちの家が魔法使いの家系なんだ。だから親の影響であれやこれやなんだ」


「途中で言い訳放棄しないでよ。別に詮索はしないわ」


 この日の休憩から剣術指南を受けはじめることになった。


「こら、身体強化の魔法をつかわないの!まずは変な振りの矯正からね。魔力炉の覚醒を先にしているなんてあなたは戦士としての順序が逆なのよ」


 教わった修行セット通りに木剣の素振りをしている。


「私も教わっていいですか?」


 エギュートの世話を終えたシャミアがナルテュにお願いをしていた。剣士になりたいのかな?


「魔法を教える約束をしてたわね。まずは――」


「いえ、魔法も習いたいですがルノみたいな剣も習いたいです」


「そう、いいんじゃない。木剣はもう一本あるから基礎からいくわよ」


「はい!師匠」


 シャミアと並んで基礎から鍛錬、横目で見てみるとシャミアはなんだか嬉しそうだ。ただ体をめいっぱい動かすことができるのが楽しいんじゃないかな?そう見える。


 再び馬車に揺られて街道を進む、シャミアは疲れて昼寝している。


 そして日が落ちる前に、ついに見えてきた旅の第一村だ。


 街道沿いにあるだけのことはあって村には一軒の宿と食堂があり、食事も美味しかったし宿もなかなかキレイで助かった。


 宿泊する部屋は少し広めの空間に左右にベッドがある二人部屋で、だれが一緒に寝るかで多少揉めたが床に寝たくはないので「揉める必要ある?」とは口に出さなかった。夜番もいらない久々のベッドということもありすぐに寝付いた。



 ――しかし、この宿泊で睡眠前にナルテュとシャミアに魅惑の快楽を教えてしまったのはよかっただろうか。


 とても喜んでくれたし、一緒に旅をしてる間は楽しみを共有しよう。

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