第14話 魔王の時間逆行


 体が重い。


「……ここは?」


 永い夢をみていた。それは暗く寒くて疲れる夢だった。もう少し眠っていたい――休みたいが――。


「ここは……覚えている」


 懐かしい、昔暮らしていた住処だ。まだ魔王として覚醒する前、我がここ深海のギーヴァサス神殿の主をしていた。


「昔の我はこんなにも脆弱だったのか」


 自分の体を確認し未熟な姿に意味もなく笑みが漏れる。


「我は敗れた……」


 記憶の確認。


「そして賭けに勝った」


 我は英雄に敗れた。ただ敗れるだけならば邪神様は失望し魔王を見捨てるだけだ。しかし見捨てなかった、邪神様にとってもあの英雄は脅威だと判断したからだ。


 大きな使命を受けた……のだろうか?邪神様からしたらただの実験動物のつもりだったのかもしれない。


「こうして成功したのだ、後には引けぬ」



 ――魔王ギーヴァサス、いや今はまだ海龍ギーヴァサスは二十五年前に戻ってきた。


 同じ手順を踏めばここから数年後に邪神様に埋め込んでいただいた種が芽吹き、この身体は魔王として覚醒する。


 そういえば歴史が変わっていなければ邪神様の力により天界と地上の間には『断絶の霧』が立ち込め、地上は混乱しているはずだ。


 その状況を利用して我が魔王として覚醒し最初に計画したのは各国に魔族を潜り込ませ裏で火種をつくり戦争を引き起すことだ。


 これにより邪神様の霧が晴れ、神託により戦争が終結するまで二十年ほど大陸中が血で染まることとなる。


 この隙に魔族を束ね巨大な軍を築く時間を稼せぐことができた。


 ここから魔王軍が相手にするのは疲弊した大陸中の種族であり、だれがみても魔王軍が優勢であるということがより絶望を刻む結果となり追い風となった。歴代の魔王でもここまで順調に計画が進んだ者はいなかっただろう。


 しかし、それなのに!その数年後に我は死を覚悟するところまで追いつめられてしまった。



『英雄ルドラウ・ロフセリー』またの名を『極彩の魔法使いルドラウ・ロフセリー』



 奴とその仲間たちが我が策を破り、我が駒を壊滅させたのだ。


「たしかアズーリシル王国だったか……」


 前の歴史をなぞりつつ『断絶の霧』が完全に晴れる前に、奴を始末しなければ。


 焦らず、悟られず……間に合えばいい、時間をかけて確実に……。


 また失敗してしまったら次はあるのか……紙一重の時間逆行が何度も成功するとは思えない。この時間軸では邪神様の気が変わるかもしれない。


「次はないと思え」


 ふっ、我の口癖だったな。さて目覚めの食事にいくとするか。




 ――数年後、魔王へ覚醒し魔族を束ねはじめてアズーリシル王国へもっとも優秀な部下を二名送り込んだ。




 私の名はレードスト、アズーリシル王国の王宮魔術師だった男に為り変わっている。


 他国との火種をつくる使命と並行して極彩の魔法使いルドラウ・ロフセリー抹殺計画を進めている、王宮魔術師コルトラン伯爵をはじめ同じ派閥の貴族をそそのかし時間をかけて外堀を埋めている。


 ヤツの妻を戦場で戦死に追いやり、息子も後を追わせた(そちらはもう一人の魔族に任せたが)親しい友も確実に潰し、さらに兵士くずれの盗賊にみせかけた部隊でヤツの生まれ故郷を滅ぼした。


 十年でヤツは孤立した、あとは国王や貴族たちと力を合わせて仕上げの準備だ。


 まさか魔王様もルドラウの魂を手土産に帰ってくるとは思わないだろう。


 魔王様の厳重なお言葉、なぜこの男をここまで特別視していたのか潜入するまではわからなかったが観察しているうちにヤツの危険性がよくわかった。


 しかし始末するだけでは勿体ないと私は判断した。きっとその魂に使い道があるだろう。



 ――問題が発生した。ヤツの魂を封じ込めたはずの白魂玉を使ってヤツの研究室の魔術防壁が解除できなかったのだ。


 つまり魂が違う。同じ場で死んだ男の魂を誤って吸いあげてしまったようなのだ。


 計算外!こんなミスが起こるものなのか。抹殺の使命は果たしたが「ルドラウの魂を手土産にする」という長い年月をかけて進めた計画が最後に失敗して悔しくてたまらない。


 ……が、よしとするか。もう終わりだ、そろそろこの国から出る準備をせねば!なんと各国に潜り込んだ魔族の存在がバレ、大教会から聖法騎士団率いる聖者が討伐に乗り出しているのだ。


 なんでも『断絶の霧』が晴れ、二十年振りの神託により闇が暴かれたということだ。これも事前に魔王様が話されていたことと一致している。あのお方は未来視の能力があるのだろうか?


 やり残したことといえば……あとは研究室の物を処分してしまえば脅威は完全に消えるはず。ルドラウ・ロフセリーの血筋も遺産の相続者も生存していない。


 手早く身辺の痕跡を消して、残すは研究室の処理のみとなったところで悩ませる話が飛び込んだ。


 ――新たな問題、王金属オリハルコン人形ゴーレム騒動。


 オリハルコンは非常に魅力的な存在だが手に入れるのはどう考えても目立ちすぎる。だったらとドサクサに紛れて国を出るのにちょうどいい騒ぎだったが、コルトラン伯爵の報告でルドラウ・ロフセリーの遺産は全て未知の言語で記されていて謎の塊のままで調査が済むまで研究室は厳重警戒状態になってしまった。


(めんどうくさいことになった、しかし研究室は消さなければならない)


 しかし一向に入室の許可が下りずコルトラン伯爵の持ち出した未知の言語で記された書類は連日、学者たちが解読作業にはいっていた。


 持ち出された物の位置も全部確認しつつ、どうにか処分のタイミングを計っていたところでさらに問題が起きた。


 時間をかければ解読が可能だと答えた学者たちの制止を押し切りコルトラン伯爵は研究室の書類の解読に『賢者の塔』を頼ると言いだしたのだ。


『賢者の塔』は南東にある学問に力を入れた国にある組織で『叡智を呼び集めた塔』ともいわれる幅広い分野の学者が集まる場所であり、そこに持ち込む準備をはじめたのだ。


(ルドラウ・ロフセリーの知識が外部に漏れてしまう!)


 私は焦った、当然コルトラン伯爵も外部の者に知識を流したくないと思っているだろうが一刻も早くルドラウ・ロフセリーの魔法を習得してこの国の柱となりたいのだろう。なりふり構っていられなくなってしまったのだ。


(最後まで温存したまま帰還できるかと思ったがここで使おう……)


 使いたくはなかったが……、私は魔王様から預かった『奥の手』を二つ所持している。どうせ使うなら一度に二つ使い確実に遂行しよう。



 ――王宮魔術師長コルトラン伯爵とその側近である王宮魔術師の私は研究室の一部の書類を乗せた馬車で移動している。護衛も厳重だ。


 いまだに王金属オリハルコン人形ゴーレム探しに騎士たちは休みもなく王都中を歩き回りそのうえ護衛もさせられてご苦労なことだ。


 さらには悪魔付き疑惑の貴族の子供探しもはじまったらしい。教会も巻き込んで全ての人材が不足していることだろう。



 南門を抜け半日近く進み東西に岐れる道を少し進んだところで私は行動に移した。


「コルトラン様、何度も申し上げましたが賢者の塔に解読を頼んでしまってはヤツらに魔法を盗まれてしまいます。もう一度お考えを!」


「ばかをいうな!もう時間がないのだ!おまえも私がどれだけ忙しいのかわかっていない!」


「しかし……」


「だったらおまえが王都に潜むオリハルコンを捕まえて、この紙をすべて解読し、ベアネルソル峡谷に砦を再建してこい!そこまでしてやっとスタートラインなのだぞ」


 アズーリシル王国は戦争が終わっても問題が山積みだ。そのうちの一つ、極彩の魔法使いルドラウ・ロフセリーという名のアズーリシル王国代表武力、他国に対する抑止力そのもののに一刻も早くなるべく新王宮魔術師長コルトラン伯爵の空回りの奮闘は続く。



 コルトラン伯爵は青い顔をしたまま、読めもしない資料を握りしめてずっと目を走らせている。


(ルドラウ・ロフセリーはこの未知の言語をどこで習得したのだ?研究室のどの紙にも使われており、走り書きのメモのような紙までこの言語が使われていた。暗号として自分で編み出したにしては練習の形跡もないのはおかしい、人ではなかったのか?……賢者の塔で解読できるものがいるか……いや、なんとかさせねば!)



「……そうですか仕方がないですね」


 レードストは一枚の手鏡をとりだした。預かった『奥の手』は先代の魔王が生み出した実験生物だ。魔王様は地下に残っていた命令をきかない失敗作を封じ、道具として活用する策を考え部下に与えた。


(合成魔獣よ、外の空気を吸わせてやろう)


 手鏡から光りが漏れ視界が闇に包まれた。中にいた合成魔獣が外へと解き放たれたのだ。


 馬車が膨らみ内部から破壊された。馬車の中から現れた魔獣に騎士たちが驚き動きが止まる。


「な、馬車の中からだと?!魔獣だ、陣形を組め!」


 そんな掛け声を言い終わる前に魔獣の持つ棍棒が暴れ狂う。卵から孵る雛鳥のように窮屈な馬車から抜け出した魔獣は3メートル近い巨人となった。


「左右から挟みこめ!足を狙うんだ」


「刃が通りません!」「速い!?」「なんて力だ!」


 魔獣だけ時間の流れが違うかのような速さで荒れ狂い動き回る。一振りは躱すことができても間も無く降り注ぐ棍棒の乱打に騎士たちは潰され飛ばされ、傷をつけることも逃げることもできないでいた。


 騎士が腰にさげたロッドに持ち替え魔法を放った。騎士に支給されている遠距離攻撃用の火球を飛ばす魔道具で魔獣の顔を焼く。


「動けるものは魔法を使え!」


 返事はなかった、魔法も飛ばなかった。


「そんな!動けるのは俺だけか」


 魔道具の火球などものともせず魔獣は残った騎士を叩き潰した――。


 返り血で染まり抵抗する者がいなくなってもまだ止まらない、微かにでも動くものを叩き潰し続ける魔獣。そんな魔獣を少し離れた所で魔族が眺めていた。


「もういい、ヘビートロル止まれ!」


 その一言を魔獣は忠実にきいて動きを止めた。


(呼び出し主の行動命令の束縛は二回までしか利かない)


「そのまま林の方へ進め」


 これで二回目、もう私の言うことも利かない。アイツの存在はどこからか迷い込んだ魔獣ということになるか?ならなくともどちらでもいい。


「今頃、研究室の方はもう一体の合成魔獣が暴れているだろう」


 もう一人に渡した合成魔獣は炎の魔獣がベースになっているから暴れながら内部のモノをすべて処分してくれるだろう。


 こちらは仕上げにここの残骸を原型も残さぬほどに焼いて引くか。手ぶらで戻るのは不本意だが仕方がない。合成魔獣という痕跡も残したくなかったが私とは相性が悪くて処分できないからな。


【ファイアストーム】


 馬車の残骸を中心に炎の竜巻が上がり、辺り一帯を焼き尽くした。



 ――そして林へ真っすぐ向かった血まみれの魔獣は林を抜け南西の草原に出るまで進み続けていた。

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