第13話 フォレストトロル


「それから――検兵をどうやってあざむいたの?私は御者台にいて見えなかったけどヒヤヒヤしたのよ」


 検問突破についてはナルテュがいろいろ案をだしてくれた。荷物の偽装から荷台の二重底に改造までどれも密輸で使われる手だがこの国の検問には過去に私がつくった魔力探知の魔道具が採用されていて下手な小細工は通用しないのだ。


 それに加え、人の手で直接検査することによりほぼ完ぺきだと自負しているから検兵と魔道具の二つをクリアする手を考えなければならなかった。


「魔力探知の魔道具に見つからない魔法っていうのかな。人の目と魔道具の目をごまかす魔法を宿で考えてつくったんだ」


「宿で?……二回しか泊まってないでしょ。この国の魔道具は性能がいいって有名なのよ、いったいどうやっ……ふーまぁいいわ魔法が得意なのね」


 おや、今回は話をそらさなくても解決したっぽいぞ。



 ――ホッと一息ついたとき、振動?気のせいじゃない違和感、そしてほんのかすかに匂う血の匂い。


「あっちの林の奥から何かくる――」


 ほぼ同時だろうか、ナルテュも険しい瞳で林の方を向いていた。


 振動は足音だとわかり血の匂いは濃くなってきた。魔獣だろうか。


 シャミアは……まだ小川から戻ってきていない。林とは反対方向だから大丈夫だろう。


「ナルテュ、まずは弟子の現在の強さをみててください」


 僕は木剣を拾いあげ素振りをしてみせる。


「……ちょっとまちなさい……様子がおかしいわ。――なにアレ」


 林の奥から現れたのは棍棒を持った巨人だった。体長は3メートル近くあり、すらっとした細身だがガリガリというわけではなく全身、極限まで引きしまった筋肉の塊という風貌だ。


 そして狂気を感じさせるのはその見た目、体中が血まみれなのだ。瀕死という風ではなくその血は全て――返り血なのだろう。


「ナルテュ、あの魔獣が何だか知ってますか?」


「――知らないわよ、私の記憶の中で一番近いものはフォレストトロルかしら?」


 あの殺気立った血まみれの巨人にその名前は似合わないな……ブラッドマッスルと名付けた方がいいのではないだろうか。


 林の奥からこっちに向かっていた時点ですでにこちらをロックオンしていたようで林から出ても真っすぐこちらに向かってきている。


 しかも間が悪いことに水を飲み終えたエギュートとシャミアがこちらに合流しようと向かっている。


「ナルテュ、シャミアたちをよろしくおい願いします」


 少しでも離すためにこちらからフォレストトロルに向かって走り出す。


「ルノ!まちなさい、アレは危険よ!」


 こちらの動きをみてフォレストトロルは棍棒を振り上げる。弓を引き絞るかのように腕が張り詰め、虫を叩き潰すフォームで振り下ろしてきた。


 四基の魔力炉をフル稼働させた身体強化と木剣の強化で対抗する、こちらは木剣を下から振り上げて敵の棍棒と腕ごと弾き返す。――つもりだったが受け止めるで留まってしまった。


「ぐっ!」


 重い!こいつには体格差だけではないパワーがある。


 この一撃で硬直してしまった僕に向かって追撃がくる。


 叩き潰せなかった虫を改めて潰すためにフォレストトロルのしなる筋肉が何度も繰り返し棍棒を振り下ろす。


 二回、三回、四回、五回、六回、こちらも強化した木剣を何度も下から振り上げ棍棒の衝撃を相殺する。


 そしてとうとう――木剣を握ってはいるが両腕の感覚がなくなってしまい七回目の迎撃のあと、たまらず横跳びで回避行動をとってしまった。


 両腕のシビレが治るまで動き回って時間を稼がなければ!右へ左へフェイントを交えて翻弄してやろうかと思ったのにフォレストトロルがこちらの動きについてこれている、こいつ反射神経もいい。


 障害物がなにもない草原で狂戦士が暴れまわる。両腕がシビレ、反撃ができない状態で力強い棍棒をすべて紙一重でかわし続けるのは結構キツイ。



 ――別の方角から魔力の気配を感じ、後ろへ跳ぶ。


 ナルテュがいた。右方向からフォレストトロルの頭部めがけ炎の矢が三本飛来し顔面に直撃、頭部が爆炎に包まれた。


 シャミアにヘイトが向かないように場所を移動し離れた位置から魔法を使っていた。(ナルテュいいアシスト!)こちらも両腕の感覚が戻ってきた、呼吸を整える。


 しかし焼かれたはずの顔には皮一枚火傷の跡すらなかった。


(魔法抵抗力がすごく高い……フォレストトロルの体全体をなにかが覆っている……こいつの持つ能力なのか?)


 炎の矢など無かったかのように再び僕に棍棒の乱打が迫る!一回目をかわし二回目、ここだ!


 二回目の棍棒の振り下ろしに合わせて木剣を叩きこむ。棍棒を握る指に痛烈な一撃!カウンターをキレイに決めた。


 しかし棍棒を落としたフォレストトロルはすぐに拾い上げようとしゃがみこんだ。


(指が砕けてない!?どれだけ硬いんだ!)


 それにあの棍棒もなんなんだ?なんの木なんだ?僕の魔力で強化した木剣は強度にかなりの自信があるのに叩き壊せなかったのも誤算だ。



 剣では勝てないな……もう魔法でいいや。――とはいえ魔法の通りも悪いみたいだし何を試そうか。



 こちらを睨みながら棍棒を拾ったフォレストトロルが起き上がろうとしたときに空からエルフが降ってきた。


 ナルテュの細身の剣がフォレストトロルの背中に突き刺さる。(風の魔法が通らない!?つらぬくつもりだったのにどれだけ硬いの!)


 たまらず振り落とそうと起き上がるがすでにナルテュは背中に剣を残したまま背を蹴って跳んでいた。


(いい時間稼ぎ!)


「シャミア、ナルテュ!一カ所に固まって!!」


 シャミアの元へナルテュが駆け寄り、僕も跳んで合流する。フォレストトロルがこちらを捕捉する。


 光と風の魔法【閃光爆球フラッシュボム】をフォレストトロルの顔に投げ込む。それと同時に僕たちの周囲に闇のドームを展開、闇と風の魔法【黒響膜ブラックサイレント】で音と光を遮断する。



 草原一面を真っ白な世界に塗り替える光と大気を震わす爆音。



 それは僕たちの元へ届かない。しかし魔法はドーム型なので爆発の振動が地面を伝わってくる。どうだ?やつは目と耳まで防げるか?


 突然の暗闇にシャミアとナルテュが驚いているが説明はあとだ。【黒響膜ブラックサイレント】を解除して状況の確認。


閃光爆球フラッシュボム】は手加減なし、光で目を焼き、音で脳を破壊するつもりで放った。それなのにフォレストトロルが顔を押さえて闇雲に棍棒を振り回している。目と耳まで魔法抵抗力の高い膜で守られてるな……。


 次。


 少し大きめの水球を発現させフォレストトロルの頭部を包む。窒息ならどうだ。


 魔法に抵抗力があったとしても閃光と爆音で視力と聴力はまだ回復していない、さらに呼吸もできなくなりフォレストトロルの混乱が増した。


 棍棒を投げ捨て両手で顔にまとわりつく水を取り除こうとあがく。いまの僕は水の制御に集中できている状況だ、その水はどこまでも付き纏うぞ。


 ……そのはずだったがフォレストトロルの指が水を掴み引きちぎる。水を、というよりも魔法の制御自体を崩されてしまった。


(そんな!魔法まで力づくなのか!?)


「グオオオオオオオオオ!!」


 さらにフォレストトロルが大きな咆哮をあげると、乱れた水球は霧散してしまった。


(あいつの体はナニで守られているんだ!?存在としてはドラゴンや妖精の中間みたいな?そんな感じみたいで全然違うような何か……やっぱ、わかんない)


 視力が少し回復したのか棍棒を探している巨体の上に僕は飛び乗っていた。


 次。


 ナルテュが背中に残した細身の剣を掴むと四基の魔力炉をフル稼働させる。真っ向から殴り合うのに魔力を使い過ぎてしまって魔力の底が見えてきた、遊びすぎだな。


(全力は何度も使えない、次の試行テストで終わらせる!)


 イメージ。魔力を電気へ、全力の電撃をナルテュの剣を伝いフォレストトロルの体内に流し込む。


(いい剣だ、魔力がスムーズに流れる)


 名匠な鍛冶師に造られたのかダンジョン産なのかは知らないがシンプルで素直ないい子だ、ナルテュの愛剣だろう。


 体内まで高い魔法抵抗の力は及んでいないと読んでの策だが、手ごたえはある。


(しかしこちらももう限界だ)


 いままでの人生、無防備を晒したくないから魔力を使い切るなんて経験はほとんどなかったが今回、四基の魔力炉だけではこいつを倒しきれるかはちょっと怪しい。


 ……しかたがない絞り出すか!


 筋肉が痙攣し身動きがとれなくなっている敵にダメ押しの電撃を流し込む。



 ――生臭さと焦げ臭さの混じった匂いが立ち込める中、フォレストトロルはうずくまったまま動かなくなった。


 目の前がチカチカする。これは魔力欠乏症だ、動けない。


「ちょっと!ルノ大丈夫ー?」


 二人が駆け寄ってきた。フォレストトロルが動き出さないかおそるおそる近づいている。


「あんた触ってもシビレたりしないわよね?」


 ナルテュは店での電撃がトラウマになっているのか、かなり警戒している。


「ナルテュ、こいつの存在自体かなりヤバイ事件の匂いがするから早くここから離れよう。肩を貸してくれ」



 そもそもおかしいのだ。ここはまだ王都から半日も進んでいないところだし商人や旅人の往来する街道の近くでこんな魔獣がいたらもっと早く大騒ぎになっているはずだ。どこからこの国に入り込んだ?どうやって騒ぎにもならずに王都の近くの林まで来た?疑問の塊のような存在だ。



 僕はフォレストトロルの背中から滑り落ちた。へたに英雄になろうと欲をかくとどんな目に合うかわからない。そもそも逃亡中の身だ、逃げよう。


「そうね、シャミアはエギュートを馬車に連れてって」


「はい!」


「ルノ待ってて魔核だけでも取り出していくわ」


 そういうと剣に風の魔法を乗せた一撃でフォレストトロルの胸をえぐり取るように貫通させた。魔法抵抗力はどこへやら、どうやらただの筋肉の塊になってしまったようだ。


 ナルテュは血まみれの魔核をマジックバッグに入れ、僕を担ぎ、馬車へ戻ると足早に死闘の現場から離れていった。

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