第12話 アズーリシル王国脱出


 ――その後、さらに店の物を売却し、物取りがはいっても盗るものがない状態まで売り払って旅の資金に換え、シャミア名義で小さな馬車を購入した。幌(ほろ)付きだ。


「ほとんどお金なくなってしまいました」


「まぁ三人が飲み食いするくらいは私がだせるわよ」


 宿でもう一泊し、旅立ちのときがきた。


 まずは最初の試練、王都の検問だ。


「はい、つぎ」


 シャミアの馬車が検兵の前で止まった。


 一頭の馬、馬車の御者台にはナルテュネーラ、空っぽの荷台にぽつんとシャミアが座っている。


「Aランク冒険者ナルテュネーラと商人の娘シャミアか、商品の買いつけにデーヴェの街へいくのか」


「ええそうよ」


 厳重警戒というだけあってカラの荷台の外側、底から幌(ほろ)の上まで確認している。


「二人の身分証にも問題はない。よし、いいぞ」



 ――アズーリシル王国脱出成功!!


 荷台の中で魔法を解除する。何とかなると思ったがなんとかできてしまった。


 座っているシャミアの隣、小さな荷台の奥隅で僕はしゃがみこんで魔法を使っていた。


『視覚、聴覚、嗅覚』を遮断する魔法にその魔法を覆っている『魔力感知と魔力視』を遮断する魔法を合わせた絶妙なバランスの新作複合魔法だ。


 さすがに制御が繊細過ぎて魔法使用中は自分で動くことができなかったが馬車での移動で何とかなってよかった。


 旅の荷物は全てナルテュネーラのバッグに入れて、荷台を空にすることによって兵士が中まで検査しにこないようにした。


 過去に自分がつくった検問用の魔力探知魔道具をごまかせたのは今の自分が成長している証拠だな、なんだかうれしい。


「アズーリシル王国から出られて嬉しそうですね」


 つい笑みがこぼれていたようだ。


「そうだねそれもあるね。僕を探してる連中は身分証が家にあるから『まだ中にいるはずだ』とずっと王都内を探すことになるんだろうね」


「それでどうするの?次の街で身分証をつくるとして顔を変えたりしちゃうの?」


 ナルテュネーラの質問ももっともだ。逃亡中の身だから何か考えないとダメだろう、けど。


「実はルノセルトって名前はもう変えてあるんだ。この名前で登録して……容姿はそのままでいいや、遠くの国の一人の青年なんて探しだせないでしょ?」


「まぁあなたがいいなら、大陸といっても広いようで狭いかもよ?巡り合わせっていうのはどうなるかわからないからね」


 そういうものだろうか?


「それで南東のデーヴェの街でいいのよね?」


「いえ、南西のスクイットの街に行きましょう」


「……知らないだろうけどそっちの道は大回りだし、獣王国に近くなると通れない場所があって結局引き返す羽目になるわ」


「スクイットの街に用があるのと国境付近で何があるかわからないから『通れないと思われている』場所から獣王国に入りたいのでそちらでお願いします」


「ルノセルトはいろいろ知ってるのね。知識量の疑問は増える一方だけどわかったわ」


「んー、呼びかたルノでいいですよ」


「じゃあ私はナルテュでいいわ」


「わ、わたしは……」


「シャミアはこれ以上短くできないね」


「……そうですね残念です。そしてお馬さんの名前はエギュートです」


「豊穣の神の眷属がそんな名前だったわね」


「はい!かっこいいです!」



 ――休憩、街道からそれほど離れていない見晴らしのよい草原でシャミアと馬のエギュートが走り回っている。


 なんでもシャミアは目が悪くて今まで走ったことがほぼなかったらしい。とてもそうは見えないくらい草原を元気に走り回っている。


 なんなら馬と並走するくらい早く走っている。僕もナルテュも教えてないのに身体強化の魔法をもう使っているのだ。


「なんなの~プイっとはげしく~♪」


 シャミアがご機嫌に歌いながらエギュートを追いかけている。初対面では、か弱そうなイメージの女の子だったのにたった数日で、というか視力が良くなってここまで明るくなったのは驚きだ。


「なんなの~たにをとびこえ~♪」


「あの子すごいわね。さすが獣人ってとこかしら?訓練もなしに身体強化の魔法を使えているわね」


「そうですね。あ、転んだ」


 かなり速度をだしていたから痛そうだ。


「だいじょうぶかー?」


「うぐっ、すーすーはぃ、だいじょうぶです」


 肘と膝からかなり出血している。


「はい、水で傷口洗って」


 僕は水魔法で小さな水球をだしてシャミアに傷口を洗わせる。


「よし、はい。もう治ったよ」


 傷口に手を当て素早く魔力を流して治療してしまう。


「ほんとうだ、ありがとうございます!お母さんの魔法みたい」


「あなたやっぱり医療法士じゃない!本当は教会でなにかやらかして逃げてきたんじゃないの?!」


「あれくらいの擦り傷なら冒険者だって自分で治すでしょ?」


「そりゃそれくらいならできる人も居はするけれど、それはあくまで『自分を』治すってことで他人の治療はまったくの別物でしょ!」


「そこは慣れじゃないかな」


「それ、多くの人を治療してきて経験をつんでます。『自分は医療法士です』って言ってるようなものよ」


「まぁまぁ、シャミアの傷が治ってよかったじゃないか。シャミア、あまり走り回ったらエギュートの休憩にならないよ」


 華麗な話題そらし、一度話を逸らすとナルテュは深掘りしてこない。そういうサッパリした性格なのかな?


「え、はい。エギュートあっちで水飲みましょう」


 転んだシャミアを尻目にモシャモシャと草をんでいたエギュートがマイペースに戻ってきた。なんか馬と意思疎通ができてるみたいだ、これも獣人の特徴なのだろう。


「なんなの~やまをかけぬけ~♪」


 いまさっきケガしたばかりだというのに楽しそうに歌を歌いながらシャミアたちは駆けていった。


 さて、また別の話で話題をそらし続けないと。


「そうだ、ナルテュは剣を携帯してるってことは剣士なんでしょ?もしよかったら剣術を教えてもらえないかな」


「私の剣術はエルフ族の主流といわれてるものだけどあなたに合う剣術かわからないわよ」


「教えてもらえるのならぜひお願いします。どうしても自分に合わなかったら将来我流にアレンジするかほかの師を探してみます」


「もしかして木剣を買ったのってはじめから私に稽古してもらうためだったの?」


 ナルテュはマジックバッグから木剣を二本とりだした。王都を出る前にほしいものをきかれて買ってもらった物だ。


「旅の準備で木剣を買うなんてはじめての経験だったわ。結局あなた防具もないでしょ?いいっていうから買わなかったけど装備どうするのよ」



***

 そうだな……ルドラウと悟られないために剣士として生きようかなって思っていたんだ。どうしよっかな。


 うちの親(ターヴナス・ネイック男爵)のルドラウ魂奪取の件がバレていなければ深く考えずに好き勝手生きればいいんだろうけど、もしバレてルドラウを犯罪者として指名手配されでもしたら魔法使いとして有名になるのは見つかる確率がかなり高いかもしれない。


 旅をしつつアズーリシル王国の動向を気にかけ、しばらくは青年剣士でいこう。

***



「そうですね、剣術を習いながら次の街で剣を一本買ってもらいたいです」


「わかったわ。あなたの知識は全部本なのかしら?外の世界は優しくないわよ」


 だいたい魔法でどうにかしてきたから武器や防具の心配してなかったな。

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