第11話 悪人ルドラウ


 ――説明しつつ、目に触れようとしたところでシャミアの様子の変化に気づいた。


「熱がある。まだ体がビックリしてるんだね。今日は休もう、しっかり食事して一晩寝れば熱は引くはずだ」


 おでこに手を当てて芯熱をはかるともう休むようすすめた。


「魔眼の話は本当なの?視力もそうだけどそんなことできちゃうの?」


「過去に二人治したことがあるから絶対とは言わないけどできると思うよ」


「過去ってあなた何歳で治療してるのよ」


「あー、そういえば僕今お金も身分証もなんにも無くてこの服が全財産なんです。もしよかったらナルテュネーラさんに宿をとるの手伝ってほしいんだ」


 素早く話をすり替えた。


「ここの人じゃないの?んー別に二部屋とるくらいなら構わないわよ。でも事情次第ね」


「ありがとう」


 素直にいこう。


「えっと、僕は……模擬戦でお偉い貴族の子を怪我させてしまったから全てを投げだして逃げ出そうとしているとこ――そう、逃亡中の身なんだ」


「……家族は大丈夫なの?」


「元凶の僕がいなくなれば家は大丈夫なはずさ」

 

 素直、素直にウソをついた。悪魔憑きについては誤解がとけるだろうけどルドラウの魂を横取りしたことがバレれば父にどんな地獄が待っているか。


「ふーんそうなの。いいわ、宿に行きましょう」


(この子をどうやって手に入れるか考える手間が省けたわ。身寄りがないならどうとでもなるわね)



 え?そんなあっさりなんだ。やけに素直な気がする。


「今日二回目の『自分で言うのもあれだけど』全部ウソかもしれませんよ?」


「私は感激したのシャミアの目を治してあげようとしてるあなたが悪い人に見えないわ。彼女と仲いいの?」


(本当はあなたが目当てだけど)



「いえ?初対面です」


 薬剤店へは過去何度か行っているがシャミアが店番をしていたことはなかった。


「へ、そうなの?なんで治療の話になったのよ」


「えっと、ちょっと泣かせてしまいそうになってたのと単純になんかレアな魔眼が眠ってるっぽくて興味がわいたから……かな」


「レア?」


「そうなんですよ。先に魔力炉を一段階だけでも開かないとあの魔眼を起こすのが難しそうだったんです。そういう魔眼はけっこう特殊なもののパターンが多いと思って」


「へぇー」


(この子は本当に何者なの?そんな前準備みたいなノリで他人の魔力炉を覚醒させちゃったわけ目の治療も確認したいわ!)


「じゃあ明日、目を治してあげましょう。きっとシャミア喜ぶわ」


「そうですね」


(そんな気軽に返事をする話じゃないのよね。明日も楽しみだわ)



 ――宿へ向かう前にフード付きのマントを買ってもらった。悪魔付きの捜索かもしバレていたらルドラウの魂の僕を探してる奴らが街を巡回してるかもしれない。


「他に欲しいものはない?」


 ナルテュネーラがなんだろう……やさしい。そんなに信頼関係を築いていないはずなんだけどな。夕食はお腹いっぱい食べられそうだ。


「……なんか街中に兵士や騎士が多いですね」


「ああ、聞いた話だと殺人容疑で二人組の黄色い鎧騎士を探しているそうよ」


「人相書きや名前で、じゃなくて鎧騎士を探しているんですか?もうとっくに脱いで隠れていると思うんですけど」


「さあ、聞いただけだからね。おかげで王都の出入り口の封鎖は解除されたけど物凄く検査が厳重で朝から暮れまで行列をつくってるわ」


 国を出るときに顔を見られるのは危険だな、今夜にでも新しい魔法を考えよう。



 ――翌日、再び薬剤店「清風の星」をルノセルト(僕)とエルフのナルテュネーラで訪れた。


 扉のベルに反応して奥から目つきの悪いシャミアが走ってきた。


「あ、いらっしゃい」


「やぁ、体の調子はどうだい?」


「はい!いっぱい寝たので元気です。魔力酔いと似たような症状かなと思って薬も飲みました」


 そうか聖女エイルの子なら薬草の知識を教わっていてもおかしくないだろう。


 店の看板を「準備中」にして治療を開始する。椅子に座ったシャミアに向かい合わせになり両側のこめかみを指で触れる。


「私は何をしたらいいですか?」


「今回は僕の流す魔力に従ってほしい。目というすごく小さい範囲だけど魔力の川を作り変えるんだ」


 昨日の魔力炉の案内に使った魔力よりもさらに極小に絞った魔力をこめかみから眼球に流し込む。シャミアは目をつむったままだが眉間にしわが寄る。痛くはないだろうけどむず痒いのだろう。


「異物感が気になるだろうけど力いれないでね。痛かったら手をあげてね」


 ……それにしてもエルフのナルテュネーラが近い。シャミアの隣にいて目をガン見している。彼女が心配なのだろうか。


(なんなの!このちょこちょこした治療は!?あまりにも細すぎて魔力を流し込んでいると知ってて見てないとわからないわ!普通は祈って、光って、パァーってなるんじゃないの?)



 ここらが正念場だ。目ほんらいの機能と魔眼としての能力を区分けする。診てわかったがこの魔眼はこの子にはまだ早い、見ようとするだけで魔力を吸いあげられて体のバランスを崩してしまう。


(魔眼よ、おまえはもう少し閉じていろ。心配するな僕もどんな魔眼か興味があるから彼女が慣れてきたら開眼させてやるさ)



 ――シャミア、もう目を開けてもいいよ。


「は、はい」


 シャミアの目が開く、とても目つきが悪い。


「そんなに力を入れなくていい。自然にまぶたを上げるだけでいいんだ」


 シャミアの目が和らいだ。まだピントが合わないのか眉間にしわが寄りがちだ。


 僕や店の周りを見渡す。


「見えます。目に力を入れなくても開いただけで見えます!」


 せっかく見えるようになったのに彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ、また視界がかすんでしまった。


「ああ、ダメだよ。目を擦っちゃ落ち着くまでそこで横になろう?」


 奥のソファーに寝かせる。泣き止めばもう大丈夫だろう。


 それはそうとガン見エルフがまだ硬直している。こちらはまだしばらく起動しなさそうだ。



(――やはりホンモノを見つけたわ!この子が国を出たいというのであれば喜んで手助けしましょう)


「ルノセルトはこの国を出たいのよね?シャミアが獣王国ヌンノスクに行きたいっていうのであれば一緒にいかない?」



「ルノ――ああ僕か。そうですね、出ていきたいし魔眼にも興味ありますね。僕にとってメリットしかありません一緒に行きましょう」



 その後、泣き止んだシャミアと旅の計画を立てた。この店の家賃だが商業ギルドに聞いたところあと一年分前払いされてるそうなのでこのままにすることにした。


 ただし防犯魔道具は留守中に何かあるとマズいので撤去することになりそれを僕が引き受けた。なぜか深くはツッコまれなかったがなんでもできると思われているのだろうか?


 顔にはださないが電撃が軽くトラウマになったのかナルテュネーラは近づこうともしなかった。僕はテキパキと魔道具を取り外してゆく。


「あんたそんな乱暴に取り外して大丈夫なの?」


「これは外そうとすると自壊するように作られているからチマチマやらずに大胆にはずしたほうが早いんだよ」


「まるで設置した本人みたいな言い方ね」


「ほー本で読んだんだ」


 八本の雷撃針は手作りだから値が付くかわからないけど感情を感知する魔道具は修理すれば物凄く高値で売れる、貴族が王に献上すれば職位が上がるくらいに良いものだ。


「ふーん、それいいモノなんだ。全部私のカバンに入れておきましょう」


「マジックバッグなんだね。どのくらい入るの?」


「一番小さな馬車の荷台くらいかしら」



***

 収納のカバンや指輪はダンジョン産のアイテムの中で最も需要の高いアイテムだ。


 容量が最も少ないものは電子レンジくらい、最も大きいとされてるものは港の大型倉庫ほどもあるという。


 ルドラウが過去に収納魔道具つまり亜空間魔法の研究に手を出したがとうとう成功しなかった。


 失敗作として亜空間の魔術式を仕込んで作った「絶界のネックレス」はその場から動けなくなるが生き物であろうと一時的に亜空間に入ることができる。


 いつか成功させたいがすごく難しいから挑戦するのはずっと先の未来になりそうだ。

***



 ――シャミアが商業ギルドの職員を店に呼んだ、残っている商品をすべて買い取ってもらうためだ。


「すっごく安かったです……」


 高値がつく商品は残ってなかったし金額としては妥当なところだろう。そもそも店主のディーンが強気の値段設定しているのが悪いのだ。よく今までやっていけたものだ。


「それにしてもよく娘一人店に残せていけたわね」


 それほど急を要する手紙だったかもしれない。防犯用の魔道具が店に設置されているからといって外に買い物に出たときに襲われたらどうするつもりだったのだ。


「一応、外に出るときはこれをつけてました」


 そういうと店の奥からいろいろと持ちだしてきた。ネックレスにブレスレット、指輪と……見ただけでわかる。どれもスゴイ魔道具だ。


「……これいくつか知ってるわ。ディーンが身に付けていた物よ。確かにこれだけ持たせておけば無事でしょうね」


 それでも高価な魔道具を持たせたとしても一人、他種族の国に残すのは精神的な心配は消えないだろう。


「あと、お父さんと仲の良かった商人のフランシスおじさんと家族が私の面倒をみてくれていたんだけど……お仕事で王都を出たときに盗賊団に襲われて……」


 それで頼る人が居なくなってしまったのか。


「フランシスおじさんは酷い怪我をしたけどなんとか冒険者に助けられて、治療にすごくお金が必要って聞いて私もお店にあるお金かなり渡したんだけど……おじさん助からなくて……」


 シャミアは泣きだしてしまった。やっと泣き止んだのに悪いことをしてしまった。


 戦時中で慢性的に医療法士の人数が足りず、教会に高いお布施を払ったとしても金額相当の治療は受けられなかっただろう。


「それでそのおじさんの家族の方は?」


 ナルテュネーラも気を使っている。


「運んでいた商品全部なくなったからもう商売続けられなくて故郷に帰りました」


「それでこんなにも店に商品がないんだね」


「それは違います!」


 泣いていたと思ったら今度は泣きながら怒りだした。


「一年前にルドラウ様が店の高い商品たくさん持っていったんです!支払いは王宮へって言ったのに戦時中だからってずっと支払ってくれなくて!」


 えー。


「お父さんが出ていく前にそのうち支払いが入るだろうからって私、帳簿のみかたとかも全部勉強して、もし役人が来たらちゃんと対応できるね?って言ってて。まさかお父さん帰って来ないとは思わなくて」


 またシャミアは泣きだしてしまった。


 支払いをしてないだって!私は自分が使える年間予算をちゃんと把握していた。この店の強気な価格設定のせいで物が全然売れてないし私も欲しい商品がたくさんあったから店を助ける意味でも高い商品をたくさん買ったんだ。


 私に報告もなしで不払いだったとは……、この店に悪いことをしてしまった。


 これは自分が国外へ逃げるためだけではなくてシャミア達の力にならないと道理が通らないな。


 とはいえ今は文無しだ。金策はこの先いくらでもするから今は前借するしかない。



「ルドラウって極彩の魔法使いルドラウ・ロフセリーのこと?」


「そうです」


「彼は英雄じゃなかったの?この国の守護者として有名よ。裏じゃ好き勝手してたのね、でも彼はもうこの世にはいないわ」


「え?戦勝パレードで一度も顔を見ませんでしたが、まさか」


「まだ正式発表されてないけどね。この国にきた理由の一つに彼に会う目的もあったから情報屋から買った情報なんだけどなんか反逆罪で処刑されたらしいわ」


「そうだったのですか……」

 

 なんか悪人が死んでめでたしめでたしにならない?大丈夫?支払いの踏み倒しもルドラウのせいになる流れだな。


 もしかしたら他にも知らないところでルドラウの名前で悪さされてるかもしれない。


 もう……なんかルドラウの名前を名乗れない空気になってしまったな。

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