第10話 リスとエルフ


***

 魔力を他人に流し込むのは危険な行為である。


 攻撃目的ならまだしも良かれと治療目的で魔力を流したとしても相手の魂が異物だと判断して拒絶反応を起こし傷つけることになる。


 そのため治癒魔法を使うにも「素早く、手短に」が大事であり、魔力操作に高い技術レベルが求められる。


 治療するにはイメージも大事だから目視できる外傷の治療は難易度が低く、目に見えない病気など未知の治療は非常に難しいのである。


 だから医療法士や聖女やそういった治癒の専門家は魔力だけで治療するのではなく、薬なども併用した治療を基本としていて、職に就く条件として薬学は必須だ。

***



 この店、獣人の聖女エイルも薬学のスキルを生かし商売にしているのだろう。


 今回は魔力炉の覚醒のサポートだけだヘマはしない。しかしさっきから目の前にあるソワソワ揺れているリスのしっぽが気になる(あとで撫でてもいいかな?)集中集中。


「じゃあはじめるよ。リスさん体内の魔力を感じてみて」


「あ、私の名前はシャミアです」


 背中にあてた手のひらから極小の魔力を流し込みシャミアの魔力炉を探す。他人の魔力が入り込み体内を探られるのがくすぐったいのかそれともただ異物感があるのか、シャミアは体をもぞもぞと動かしている。


 そんなときカランカランと扉を開けるベルが鳴る。旅のマントに横長のハンティング帽子と顔以外が全て隠れた状態の女性客だ。


 集中してるときに間が悪いな店前の看板を「準備中」にしておけばよかった。


 入ってきた女性客と目が合った。


「あなた!なにしてるの!!」


 目が合って数秒の間の後、突如こちらに迫ってきた。


 服は脱がしてないのに店のカウンターでいかがわしい事してると勘違いしてる?!


「あ、店で暴れないでください!」


 声を荒げた客にシャミアが静止をかけたが止まらなかった。


「あなたそれやめ、ぎゃっ!」


 悲鳴。女性客の頭に電撃が直撃した。なかなか強烈な光景だ、意識外からの一撃ということもありかなり痛そう。


「いぐぃ!痛、なにっ、いぎゃ!」


 再び悲鳴。女性はよろけながらも狭い店内を横に飛び、ふところから短剣を抜いたところで今度は別のところから放たれた電撃が直撃した。


「ふ、……ぐっ!」


 違う方角からの攻撃を受けのけぞっても彼女は倒れなかった。身に付けてるもので防げたのか、あの人かなり良い装備をしているな。


「なぁ!に、あああ!」


 彼女から殺気が漏れた、二撃目が放たれた方向を睨むと次は背中に三撃目が命中した。三度目の悲鳴。


「あ、あのお客さん落ち着いてください!何もしなければ『店は』攻撃しません!」


 彼女は片膝をつきながらも倒れなかった、三撃目も耐えきったんだ。


「あの大丈夫ですか?」


「ふっ、はぁーあぁぅ一体……なんなのよ、これ」


 大人しくなったというよりは電撃の影響で体が麻痺して動けないようだ。


「防犯用の魔道具です。心を落ち着けてください」


 電撃の一撃目をみた瞬間思い出した。ああ、こんなのもあったな、と。



***

 十年前に、この店の店主黒豹の獣人ディーンがとても希少な素材を所持していると知り譲ってもらいたくて頼み込んだ末、譲る条件としてディーンからこの店に魔術防壁を設置してほしいと言われ条件を呑んだ。


 ダンジョン産の感情を感知するとてもレアな魔道具をセンサー代わりにして、センサーにかかった相手を撃退するための「適度な威力」の電撃を放つ魔道具を八ヵ所に設置、さらに店の外側も守れる魔術防壁もしっかりと設置して「王座よりも安全な店」に私が仕上げた。


 スペースと消費魔力の問題で私の研究室ほどではないが報酬を受け取るに値する仕事をしたと思っている。

***



 目の前で起きた攻撃で防犯機能が無事作動しているのを確認できて安心した。そして一撃で相手を鎮圧する設計の雷撃を耐えた女性客はたいしたものだ。


 この防犯があるから目の治療を持ちかけたときにこちらを疑わなかったんだな。魔道具を信じてくれるのはいいけど警戒心はちゃんと持とうね。


「ぐっ……」


 電撃を受けた女性がもう立ちあがった。しかしまだそこまでが限界なのか体がプルプル震えている。


「……それで、あんたはその子に何をしようとしてたのよ」


「シャミア、この客は知り合い?」


「いえ、初めて会う方です」


「そうなんですね。お客さんあなたには関係ないのでは?」


「あなたその子に魔力を流し込んでたでしょ。医療行為か何か知らないけど資格もないのに危険なのよ」


「んー、そこは何とも証明のしようがないですが、まぁ見ててください」


「さっきのやり直しですね」


「うん、後ろ向いて」


 中断になった魔力炉の覚醒の再開だ。背中から流した魔力で「魔力炉の位置はここだよ」と誘導する。再びシャミアの体がもぞもぞと動く。


「どう?」


 声をかけた瞬間、シャミアの体内の魔力量が上がるのを感じた。体の動きが大きくなる。「魔力炉の気づき」に体がビックリしているのだ。


 今まで存在も知らなかったダムを発見してそのダムの放水で川が増水してるような状態だ。


「わ、わ、わ!」


「落ち着いて、君は自分の魔力に気づいたんだよ。今度は流れを意識するんだ。僕の魔力は「なんか異物感」でわかるよね?その誘導に従うんだ」


「は、はい」


 しばらく時間がかかったが体内の魔力の流れが落ち着いてきた。超微弱とはいえこれ以上僕の魔力を流し込むのは体に良くない。もういいだろう。


「あ、あなたなんなのその能力!なんでそんなことができるの?!」


 女性客も結構いい魔力視をもっているのだろう。僕が何をしたのかなんとなくわかったみたいだ。


「なんでといわれても、できるから?魔力操作が得意なんだ。くらいしかいえないな」


 ずっと静観していた客に問われて困惑するがそれしか言いようがない。


(なんなのこの青年!『他人の魔力炉を覚醒させた』なんてそんなばかな……そりゃどこかの種族にそんな秘術があるかもしれないだろうけど何の儀式の準備もなしにできるものなの?)


 この青年の能力は……十分に可能性はある。これだ。



みつけた・・・・



 この国にきた理由の一つが叶わなかったけどその代わり、いや大本命を見つけてしまった。



「シャミアもう大丈夫かな。落ち着いた?」


「は、はい。なんか体がカァーって熱くなったんですけど、それでそれでなんかまだ変な感じなんですけど、大丈夫です」


 ちょっと興奮気味だが大丈夫なようだ。


「そのまま目を、と言いたいけどいったん間を開けて今日はここまでにしよう」


「え、あ、わたしなら……はい……」


 早く目を治したい気持ちはわかるが無理は禁物だ。



「――それでお客さんは買い物ですか?」


 女性客が横長のハンティング帽子をとると束ねられていた白金髪の長い髪がこぼれ長く尖った耳が現われた。あの人、エルフっぽくない感じの魔力だったのにエルフだったのか。


「私は、……あなたがシャミアよね。私はナルテュネーラ。依頼でね、あなたの様子を見にきたの」


「私ですか?!いったい誰の依頼ですか?」


「たぶんこの店の店主ディーンよ」


「お父さん!お父さんは無事なんですか!?」


 しっかり見ようとシャミアの目つきが悪くなる、エルフを睨むように見つめている。


「残念ながら知らないわ。手紙を受け取ったのが半年前でね。戦争でエルフの国を離れることができなかったから遅くなってしまったの」


「……半年前、お父さんとお母さんが居なくなった頃ですか」


「お母さんは知らないんだけど。えっと、あなたは娘さんでいいのかしら?」


「あ、その……はい、お父さん……です」


 そう、自分も抱いた疑問。薬剤店「清風の星」の店主はいかついガタイの黒豹の獣人ディーンで妻が黒豹の獣人聖女エイルだ。


 娘がリスの獣人ということは養女だろうか?


「そう、わかったわ。手紙を受け取ってね私はディーンにあなたが困っていたら力になってほしいと書かれていたわ」


「お父さんが……私あまりお金がなくて」


「そんなのいらないわ」


「あの、お父さんとはどんな関係ですか?」


 たしかに、戦争中にエルフ国に依頼をだすなんて回りくどいことをしたんだろう。


「ディーンとは元同じ冒険者パーティーを組んでいたのよ。大陸の世界大戦が激化していく中、それぞれ故郷が心配だと五年前に解散したの」


「五年前……それ、お父さんと初めて会った頃ですそれまでずっとお母さんと暮らしてました」


「そうなの……、『それぞれ』と言ったけど言いだしたのはディーンでね。もしかしたら娘のあなたに会いたかったのかもね」


「パーティーってそんな感じで解散したりするんですか?」


 冒険者パーティーっていうとなんか引退するときまで共にするようなイメージがあるんだけどな。


「そんなの人それぞれよ戦争も終わったしね。縁があればまたみんなと会えるかもしれないわ。


 それにうちのパーティー『五番テーブルの集い』は黒豹族の戦士ディーンがリーダーだったの。だから彼の意思を尊重したの、他のみんなも自分の故郷が心配なのもウソじゃないしね」


 ……五番テーブルの集いって明らかにその時に特に名前思いつかなかったパターンだな。


「私は結成時のメンバーではなく後から加入したんだけど、ディーンに命を救われたっていう出会いがあってね。その後、誘われて入って解散のときまでロクに恩返しができてなかったの、だからディーンに一緒に付いていこうとしたのよ。


 だけどエルフ国も大変なのを知っていたから帰った方がいいと言われて……。そして半年前に手紙が届いて『今が恩返しのとき』と思ったんだけど、とても国を離れられる状態じゃなかったの。それでかなり遅れて今日ここに来たというわけ」


「その!お、お父さんが行方不明なんです!半年帰ってなくて……」


「うーん、あなたをお願いしたってことは帰れないことがわかっていたんでしょうね。そしてあなたに行先を伝えていないってことは……何か厄介ごとじゃないかしら」


「シャミア、お父さんとお母さんが出かける前に何かなかった?知らない客がきたとか」


 僕も気になる。半年帰らない、連絡もないとなると危険な状態の可能が高い。


「お父さんとお母さんの帰りが心配になった頃に店の中をいろいろ探しましたが、見つかったのはこのキレイな封筒が捨てられてたくらいで……中身はありませんでした」


「……この封筒にある模様は獣王国王家の印だ」


 昔、ルドラウ宛の依頼で何度か手紙をやり取りしたことがある。鑑定士じゃないから偽装の可能性はあるけど確かに厄介ごとの匂いがする。


「獣王国……」


 シャミアが考え込んでしまった。戦争が終わったとはいえ気軽に行ける距離じゃなないからな。


「それで獣王家の印を知っているっていうあなたはこの店の人なの?」


 ぼくは、僕はなんというか。


「僕の名前は――」


 名前を変えた方がいいかな。



***

 ふと、ルノーセルシュという名前が浮かんだ。時空の神の名前。


 理由はわからないが信仰をしているわけでもないのにこの神様の名前だけはよく頭に浮かぶ。とくに新たに魔力炉を覚醒させた後とかだと夢にまで見たこともあった。

***



「僕の名前はルノセルトです」


 ちょっともじって名乗った。ルドラウの名前に戻すわけにもいかないからね。


「あの!ナルテュネーラさん!私獣王国ヌンノスクへ行きたいです!」


「ちょっと、そんな睨まなくても!落ち着いて」


「すみません、私目が悪くて」


「うーん、戦争が終わってるとはいえあなたを旅に連れて行くのは難しいんじゃないかしら?」


「あ、あのそのことでしたら」


「ああ、視力の方はたぶん大丈夫だと思うよ。今日は体を休ませようかと思ったけどどうする?治しちゃう?」


「は、はい!お願いします!」


「あなた医療法士なの?!」


「いえ、シャミアの視力は魔眼の開花の失敗によるものなので魔力の流れをうまい具合にちょいちょいっとすれば見えるようになるはずです。


 魔眼の開花の方はすぐには無理ですね。補助はしますがシャミア自身の魔力操作の練度が上がらないと……僕の補助だけでは難しいです」


「魔眼開花の補助ぉ!?」


「まがんってなんの話ですか!?」


 そういえば視力の話しかしてなかったな。まだ魔眼の話は早いと思ってたから……ちゃんと説明したほうが早いか。

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