第9話 逃亡
日が暮れるまでにはまだだいぶ時間がある。家に帰されてしまったのは仕方がない、今日の教師との手合わせでまだまだ効率的な身体強化ができていないことがわかった。熟達した戦士は殺気を感じた瞬間にはベストな状態の強化が終わってるという話を聞いたことがある。
必要なときに「身体強化の魔法を使うぞ!」ではなくすでに強化が終わっていなければならない。その辺訓練していこう。
稽古用のラフな服に着替え走り込みや素振りなど体の限界を確かめるように動き回ってみた。
木剣を振り回し剣術っぽい練習もする。体を強化しているぶん迫力ある動きにはなっているが教師みたいな達人相手では慣れてしまえば簡単にさばかれてしまうだろう。
今日から学園で剣術を習うはずだったんだけどな、まったく貴族は……子供の頃からめんどくささ満点だ。
――そして日が傾きかけてきて程よい疲れに包まれたとき、かすかな違和感。気のせいかと思ったが微妙に空気というか匂いが違う。
魔法【風探知】を発動、屋敷の外まで覆うよう広範囲に展開する。不審な人物の位置の把握と話し声を拾い上げるためだ。
屋敷の外をぐるっと囲むように複数の人影を感じ取った。
(通行人じゃない……誰だ?これ以上は風の探知魔法の魔力を逆探知されてしまうかもしれないからやめておこう)
魔法を解除しようとしたところ新たな反応があった。屋敷の入り口に馬車が……父が帰ってきたところに……一緒に居るのは?
「なんですと?息子が暴れた?悪魔付き?なにを言っているのですか!」
「こうして許可もとってある。屋敷の隅々まで調べさせてもらうぞ」
「お待ちください!何の話やら……」
悪魔付き?え、息子……って僕のことか!?
――そうきたか。今日負けたやつらが悪魔付きだと親に泣きついたのか?……どうしよう、もし誤解を解いたとしても父に学園での出来事からルドラウの記憶が戻ったと思われてしまう!
早い!それはまだ早い!どうする?入り口の押し問答で今にも家宅捜索が始まってしまいそうだ。
家を探し回ったって悪魔付きに関するものは見つからないだろうけど地下でルドラウの魂を奪うときに使った道具が見つかるだろう。そうなればこの家はおしまいだ。
かなり予定が早まったが今が出ていくときか?
この屋敷はすでに包囲されているモタモタしていると後に引けなくなってしまう。悪魔付き退治だとすると今屋敷を包囲しているのは教会の聖法騎士団にイヴェレット公爵家の剣聖もいるかもしれない。
屋敷の外から死角になっている影に移動すると土と風の混合魔法【土遁・土遊泳】で地面の下へ潜っていった。
子供の頃に親の畑仕事を手伝うときに編み出した土をフカフカにする土魔法【土耕し】とその後、遊びで魔法をつかい忍術を再現しようと風をかけ合わせて創った魔法だ。
土の中を水を泳ぐように移動可能になる優れ魔法で使いどころはないがお気に入り魔法の一つだ。
石や岩が邪魔だがそこは身体強化でケガをしないように気をつけ、かき分けたり避けながら地中を進む。
ある程度の深さまで潜るとそこから斜め上へ向けて掘り進めていった。最初はこのまま王都の外へ出ようかと思ったが、よく考えてみたら今完全に手ぶらだと気づきいったん屋敷からある程度離れた場所へ上がることにした。
人気のない場所に出るのに多少手間取ったが脱出成功だ。【風探知】で警戒したいところだが魔力を逆探知されるとマズいから我慢。貴族街を抜けるまでは闇魔法の【隠密】で街へ向かう。
そのまま出て来たから稽古用のラフ着だし、お金どころか木剣すら持たず出てしまったため「とある顔なじみの店」へ行くことにした。事情を説明すれば多少の路銀は貸してくれるかもしれない。
しかしなんでこんな厳戒態勢なんだ?街で何かあったのか見回りの騎士や兵士の数が多すぎる。探索用の魔道具を所持している者もいる。
騎士達から焦りや疲労も感じるから何日も探してるっぽいな「悪魔付き疑惑の僕」を探すためにではなさそうだ何か大事件でもあったのだろうか?これだけ人が多いと【隠密】を使っていた方が逆に見つかりそうでひやひやする。
隠れる場所がないところは【隠密】だけではダメだ。火と水と風の混合魔法【濃霧】を広範囲に展開する。霧から魔力を探知されてしまうだろうから発動後は大胆に素早く移動する。
――着いたここだ、治安の良い区画だけど人通りが少なくて店を出すのに向かない立地。ここに薬剤店「清風の星」がある。
扉を開けるとカランカランとベルが鳴る。この店に来るのも……なんだかんだ一年振りかな。
「いらっしゃい――」
奥から出てきたのは獣人の少女。……あれ?
僕よりも頭一つ背が低く、とんがり耳と太いしっぽのリスの獣人だ。
「ここは清風の星で合ってるよね?」
「はい、そうです」
ぼくが(あれ?)と思った理由は三つ、一つ目は。
「ここの店主は?」
「お父さんとお母さんは今は居ません」
あれ?また疑問が増えた。まぁいい二つ目。
「なんか商品が全然ないんだけど?」
安物の品がまばらにあるだけでもう店じまいしてしまいそうな雰囲気が漂っている。
「それは……最近ちょっと仕入れができない状態でして、何かお探しでしょうか?」
……お金を借りに来ただけなんて言えないな。店主のディーンが居ないのは想定外だ。そして疑問三つ目。
「君、目が見えないの?」
「え、あ、……全く見えないとこはなくて、がんばれば見えます!」
うわ!目つきワルっ!獣人の少女はめっちゃ目に力入れて睨むようにこちらを見てきた。
(この魔力の流れと完全盲目じゃないってことは……)
僕の魔力視でわかるのはこの少女の魔力の流れがあまりよくないことそれと結び付けて知りうる盲目に関する情報だと……。
(魔眼。それも開眼できていない状態だ、そのせいで視力に悪影響が出ている)
この世界で先天的な魔眼の者はとても少なく、それに魔眼といっても種類がたくさんある。どんな魔眼なんだろう?気になる!
「目、見えるようになりたい?僕なら何とか手伝えると思うけど」
「ええ!?……はい。できるのならば、お母さんも診てくれてましたが視力は良くなりませんでした」
獣人の聖女エイルさんか。医療法士の知識では無理だろう。開眼できていない状態は病気でも怪我でもないからな。分類としては成長阻害?
「自分でいうのもあれだけど初対面の人を信用してもいいの?お母さんに知らない人について行ってはダメって教わらなかった?」
「あー……はい。悪い人とか分かるので大丈夫かな、と」
え!そんな力あるの!?
「それに……私の目が悪いからお父さんとお母さんは帰って来ないのかなと……」
「どういうこと?君のお父さんとお母さんはそんな人なの?」
店を残して親の方が出ていくなんてありえないしな、かなり弱気になっているんだろう。
「いえ、ごめんなさい。ただ、もう半年も帰って来なくて……私だけ残されたんじゃないかって心配で……」
「半年!?ずっとこの店で一人だったの?どこに行ったのかわかる?」
「薬草の採取に少し遠出するって、出かける数日前からなんか様子がおかしかったし出かける準備もいつもとなんか違って、しっかりしていました」
それだけだとなんともわからないな。
「半年のあいだ何もなかった?」
「何カ月も前にギルドに捜索の依頼をだしました。私は目をギュッとすると少し見えるのですが、とても疲れるのであまり遠出できないので待つしか……」
今にも泣きだしてしまいそうだ。何か話題をかえないと!
「そ、そうだ。さっきの目の話!ちょっと目の周りを触ってもいい?」
「え、は、はい」
少女の目の前に立つと左右のこめかみに中指をそっと触れるようにあてる。
とてもとても微弱な魔力を流し込んで体内、眼球の周りの魔力の流れを診る。
(これは難しいな)
視力回復だけではなく魔眼の開眼も不可能ではないが、それを可能にするにはある程度自身で魔力を制御できるようにならなければならない。
彼女はまだ一基の魔力炉の覚醒もしていない。魔力の流れが弱くて僕の魔力で流れを導くのが困難だ。
(しかし、これはかなりの魔力が必要な魔眼だな)
たぶん視力の回復だけなら一基の魔力炉に覚醒すれば何とかなる、と思う。しかし魔眼本来の開眼とはまた話が違う。
(こりゃかなりスゴイ魔眼かもしれないな)
文献でしか知らないが、それほど大きな魔力を消費する魔眼の情報は少なく、なんかスゴイやつはおとぎ話や伝承でしか知らない。
「まずは魔力炉を覚醒すれば目は何とかなると思うよ」
「まりょくろ?」
「そう魔力炉。自分の体内の魔力と向き合うんだ。
そのままグルっと後ろ向いて。今から背中を触って僕の魔力をちょっとだけ流して、こっちだよ。って案内するから自分の体内の魔力を体で感じてみて」
「は、はい」
「体内の魔力の流れがわかるようになってから、もう一度さっきみたいに目のそばを指で触れるからそれで目の周りの魔力の流れを良くして目が見えるようになる!」
「は、はい」
「こんな順番でいくよ」
「は、はい」
僕は彼女の背中に手を置きゆっくり呼吸をし集中力を高める。
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