第8話 アズーリシル魔法学園 後編


 セロイの取り巻き達の暴走を止めなかった教師の方を見てみるがどうも様子がおかしい。


 ――あれ?なんで教師が木剣を構えているの?


 何も言わず、そのまま真っすぐ突進してきた。えっ、えっ、なんで?


 こちらも慌てて木剣を構え直すが先手を取られたことがなかったからちょっと押されてしまった。体勢を崩しかけたが打ち返す。あれ、案外いけるな?このパワーは二基くらいの強さかな?


 追撃の木剣が空を斬りよろけてしまったが体勢を立て直し距離をつめて剣戟に入る。しかし連撃をかけるも簡単にいなされてしまう。


 剣技だ!


 こちらの打ち返す強さに教師がかなり驚いているが慣れてくると的確に対処されてしまうようになってしまった。


 だったら!


 僕は落ちていた取り巻きの木剣を拾い上げ二刀流にした。


 こちらの手数が増えても対応できる自信があるのか教師の動きに焦りはなかった。こちらの剣は流されてしまうが無理な姿勢から力任せに振りぬく。


 スピードとパワーとスタミナならこちらが上のはず!自分なりの二刀流で教師の護りを崩しにかかる。


 片手なのに一撃が重くて受けきれないと悟った教師は受け流しながら斬り込む隙を探っているようだ。だが更に加速し左右の剣で相手を追い詰める。


(ジワジワじゃ駄目だ。これも相手が慣れてしまう。ここは一気に畳みかける)



 二刀の振りを大きくし力で押し切ろうとするがここでキレイにカウンターを決められ強烈な叩き込みを受け、右腕が反対方向に曲がってしまった。



 鎖骨あたりまで痛みが響く。だけどココだ!僕は止まらない。右腕を犠牲にしつつ残った左の木剣を振り下ろし教師の肩を砕いた。


「ぐっ!」


 互いに痛みに顔を歪まさせ距離をとる。


 どうだ?なんで襲いかかられたかわからないけど教師の動きが止まった、これで終いかな?


 なにも返事がない。しばし睨み合う時間が流れたが訓練所に白衣を着た医療法士が駆けつけ終わりを迎えた。



「あとで呼び出すから教室で待つように」


 やっと喋ってくれたかと思ったらそれだけだった。


 担架で運ばれるセロイと取り巻き四人と付き添うように教師は訓練所を後にした。


 ……教師の対応の意味がわからなかった。いじめの現場に劇的な下克上が起きたんだよ?やはり身分か?イヴェレット公爵家の方が大事なんだろうな。



 ――言われた通り教室に戻ったが今、僕の腕がプランプランしてるんだけど?魔法で「感覚遮断」してるから痛みはないんだけど、ふつう一緒に医療室行じゃないの?酷くない?


 しかたない自分で治すか。右腕に治癒魔法をかけながら他の個所も診察する。


 自己治療するときは感覚遮断したままにできないのがツライ。治せるからって痛いのが平気なわけじゃないんだよね。


 さすがに目覚めたばかりの魔力炉四基のフル稼働に体がついてこられなかったか、他にも無理な動きによる内出血や靭帯の損傷が多かった。


 隅の席で淡く光りながら全身治療をしている僕を遠目にクラスメイト達が凝視していた。


 ひとりくらい「治療室付き添ってあげようか?」なんて声をかけてくれてもいいのにな。


 この空気は……勝ってクラス内の地位を高める作戦は失敗だったのかな?


 四十年前に平民としてこの学園に通っていた頃は、妬み、僻み、イジメ、嫌がらせすべて魔法で見返して黙らせていたから今回もそれでいけると思ったけれど、平民クラスとは違い貴族のクラスは成績よりも身分重視なんだろうな子供の頃からこれじゃあ将来が心配だよ。それか騎士科は体育会系なのかもしれないな。


 そうすると……これからどうしたものか、あいつらは剣で勝てないことがわかって次に何かしてきたりするのかな、困ったな。


 治療も終え、次の授業の確認をしていると医療法士が教室にきた。


「えーロトス君だったかな、前の治療が終わったから医療室に来なさい」


 あれ?治療を受けられるんだ。あ、ああ。戦後で慢性的に医療法士の数が足りないんだ。


「あの、僕はケガしなかったので大丈夫です」


「クラブルの話では右腕を負傷しているから……と」


 言い終わる前に僕は両肩をグルグル回して元気アピールをした。


「……確かに怪我しているようには見えないな、しかし念のためだ来なさい」


 そう言われては仕方がない。しぶしぶ医療法士の後についていく。



 ――飛び火を恐れて静寂に包まれていたクラスに声が戻った。


「な……なぁ。今アイツ治癒魔法使っていたよな?」


「ああ……。腕折れていたよな」


「騎士見習いにそんなことが可能か?武闘聖者、不死身のカイゼスの唄(うた)でしか聞いたことがないぞ」


「体が光っていたよな?」


 取り残されたクラスメイト達の声は止まなかった。




 ――医療室でケガがないことを確認してもらい、もう教室に戻されるんだろうなと思っていた。――しかし僕は帰宅している。


 医務室の外に偉そうな教師が訪れていて「今日は帰りなさい」と言い渡されてしまった。


 クラス内の地位向上を考えていただけなのに……貴族舐めていたな。治療後、顔を会わせるのは危険だと判断したんだろう。


 早い帰宅に家の使用人は多少驚いていたがまだ家には今日の出来事は伝わっていない、ここから大変なことになりそうだ。


 カラダ作りと剣術を学ぶためにしばらく学園に通うつもりだったけど、こうなると人間関係を持ち直すのはめんどくさそうだ。


 これは親が出てくるパターンか?男爵家ごときどうなってしまうかわからない、だいぶ早いが混乱に乗じて家を出よう。




【クラブル・ハルスネン】


「はい、ほぼ間違いなく悪魔憑きかと」


「それが本当ならば大教会に報告もしなければ」


 私の名前はクラブル・ハルスネン。アズーリシル魔法学園騎士科の教師の一人として勤めている。


 長き戦争が終わり、学園が半年振りに再開した初日。訓練場で驚くべき光景をみた。この国の剣である武の公爵家、八男セロイ・イヴェレットを一瞬で叩きのめした生徒が現れた。


 去年、一段階目の覚醒を果たしたセロイ・イヴェレットは同年代の騎士科の中で頭一つ抜けた存在となった。


 ……それ以降、彼は学園内で天狗になっていた。家で厳しく躾けられていて鬱憤が溜まっているのもあるだろうが「同級生に敵なし」とかなり高圧的な態度が問題視されるようになったのだ。



 一方、ロトス・ネイックという生徒は筋はまぁまぁいいがパッとしない青年だ。


 基本、魔力炉の覚醒が一段階違うだけで強さに大きな差が開く。それなのにロトスは初撃から圧倒していた。


 きっと彼も覚醒したのだ。しかもあの勢いは初心者にありがちな「爆発的に身体強化をして体を壊し燃え尽きる」という自爆技だ。まさか一年生で二人も覚醒した者がいるとは面白い。


 ロトスは初撃で木剣を叩き落とし、そのまま追撃で蹴りを放ち決着をつけてしまった。



 ――それで終わらなかった。逆上したセロイの学友がロトスに襲いかかった。


 全くこいつらは……、15にもなってこんなに見苦しいとはな。家でどれだけ甘やかされていたのか。


 止めに入ろうとした。この距離だ、満身創痍で動けなくなったロトスに駆けつけるのは容易い。


 しかし、間に入る前にロトスの方から四人に斬りかかり返り討ちにしてしまった。


 まさかあんな無茶な強化が持続するはずがない!魔力を振り絞りあんな馬鹿力で動いたんだ……どうなっているんだあの生徒。まだ息も切らせていない。


 ロトス・ネイックが剣術とも呼べない力任せのケンカ技で武家の覚醒者セロイを圧倒した理由……。


 剣術の成績は悪くなかったはずの彼が別人のような戦い方をした理由……。

 

「悪魔憑き」


 低級の悪魔を呼び出し、使い捨ての狂戦士へと変貌させ戦場に送る、外法の魔術。


 確かめる必要がある――。




「それで君はその悪魔憑きに敗れたと……」


「……いえ、引き分けです」


「しかし、悪魔憑きをなぜ帰した?子供に憑りついたのに第二段階の覚醒をした君と引き分けるほどの強さなのだろう?危険極まりない行為だ」


「それが、彼はまだ理性が残っているようで痛み分けになって剣をおさめました。悪魔付きならば一度、破壊衝動が目覚めてしまえば自分がどんなに傷を負っても止まらぬはずです」


「……それは高い知性があるということか?もしかしてもっと上位の悪魔付きの可能性はないか」


「その可能性も考え、一旦刺激しないよう家に帰しました。急ぎ対悪魔討伐部隊を組みネイック男爵家を調査するべきです!」


「ネイックの当主は魔術師ギルド所属だったな……。不老の研究を名目にギルドの研究費は王家からも出ている……。もし悪魔付き研究の元を辿り王家に繋がっていたら国が分断する大事件になってしまうぞ」


 学園長代理ベスマン・ルニュナは頭を抱え考え込んでしまった。


「この件は慎重に進める」


 そこへドアをノックし医療法士が入室してきた。


「どうしたんだランジョ氏、セロイお坊ちゃんが目覚めたか?」


「いえ、それはまだなのですが、本日の治療がひととおり終わりましたのでご報告に伺いました。頼まれていたロトス・ネイックの治療についてですが……」


「治療が後回しにされたのを抗議していたか?」


「いえ、そもそも怪我、傷はどこにも見当たりませんでした」


「そんな馬鹿な!確かに右腕が折れ曲がっていたし、無理やりな身体強化で動き回っていたから身動きがとれないほど全身にダメージがいっていたはずだ!」


「そう言われましても……」


「ベスマン様、これは想像以上に危険な相手かもしれません」


「ああ……せめて学園長が帰国するまで……」


「ベスマン学園長代理!」


「わかった、わかった!やっと戦争が終わったというのに」


 最悪の場合、内戦が……それだけは阻止せねば。

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