第7話 アズーリシル魔法学園 前編


 なんとか学園が再開する前に四基の魔力炉を覚醒させることに成功した。この体にもなじんできて魔力の制御も問題ない。


 これで魔力運用量だけなら剣聖と肩を並べられる……が、剣術……わからない。


 学園で習おう、周りの子と差がついちゃっているのはどうしようかなぁ。悩みです。


 こんな風に息子が悩んでいるというのに父ときたら毎日毎日、やれ「記憶は戻ったか?」とか「これを見て何か思い出さないか?」と魔術の本を持ってきてとてもウザい。


 記憶が戻っていない振りをして追い返すのも面倒臭いうえに体を調べるから来なさいと地下に連れて行こうとするから「コワイ!」と逃げてみせたりした。


 飲み物に睡眠薬か何か仕込んで夜中に部屋に忍び込んできた父を殴り倒し「なんだ誰かと思いました。ビックリして……」と言い訳もした。


 この家に居るとずっと付きまとわられるから早く家を出たいのに学園は家からの通いだと知り落胆した。



 父は個人の欲で、魂を横取りして王の計画を潰したんだ。「何かあっても」他の誰にも相談できないだろう。僕の正体を他にバラされる心配はないはずだ。


 しかし、いつまでも記憶喪失のままだとしびれを切らして人体実験の道具にするはずだ。……家を捨て、国を捨て、名を捨てて旅に出よう。




 ――戦争が終わり、終戦の祭も終わり、学園が再開した。


 半年ぶりらしいのだが僕は当然通っていないので何も知らない、わからない事だらけだから嫌がる兄にあれやこれや聞き準備を済ませた。


 懐かしいな。実に四十年ぶりのアズーリシル魔法学園だ。


 前世は平民の出で主席卒業という経歴だったから、妬み僻みを一身に浴びていたなぁ。


 今回は男爵家だから貴族クラスか、それも騎士科。そうか貴族の子供達か……やる気がない奴らばかりなんだろうな。


 まさか人生で二回目の学園生活を迎えることになるなんてね。建物は四十年も経てば新しくされており(それでももう築二十年らしい)知っている学園なのに知らない建物だという、なにやら奇妙な気持ちで教室に入った。


 教師のあいさつも終わり教室の雰囲気も段々わかってきたが、やけによそよそしくない?


「おい!ロトス。記憶がないと聞いたが本当なのか?」


 キツイ目をしたクラスメイトが話しかけてきた。もう話が広がってるのか、説明の手間が省けて助かるが貴族は暇なのか噂の伝達が早い。


「ああ、そうなんだ。君は誰だい?」


「はっ、本当なのかよ。お気楽な頭しているな!何も知らないんだな。お前はこのクラスの下僕だ!これだけ覚えておけばいい!」


 教室の窓側でクスクスと笑っている男子生徒グループがいる。おおっと、僕は貴族クラスで一番の嫌われ者なのかな?家では「大人しくて優しい」って評価だったのになんでだろう?


 他の者も面倒ごとを避けるように僕に近づいてこない。記憶喪失でどうやってクラスに馴染もうかいろいろ考えていたのにハードモードなスタートだな。


 戦後の学園再開ということもありクラスメイトが若干減っているらしいが「前のように勉学に励むよう」にと担任の教師の言葉とともに授業が始まった。


 はじめは、魔法測定の時間だ。


 半年でどれほど実力に差が開いているか、その確認だ。この結果で生徒ごとに時間割が替わるらしい。


 今の時間はうちのクラス、騎士科が広場に集まっている。遠くに魔法抵抗値の高い金属でできた的が並んでおり、そこへ各々が得意な魔法をぶつける。教師が観て成績をつける。それだけだ。


 騎士科が魔法の測定?と思うかもしれないが、ここはアズーリシル魔法学園であり、その騎士科だ。



***

 魔法と一般的に呼ばれるのは体内の魔力を操作制御し、出す魔法をイメージし、具現化する。


 イメージは『火、水、風、土、光、闇、白、黒』などとそれに見合った魔力が合わさり、初めて成功する。


 体内から体外に魔力を出すものを『魔法、外魔法、発現魔法』などと呼ぶ。


 体外に出さずに体内で効力を発揮するものを『闘気オーラ、内魔法、身体強化魔法』などと呼ぶ。

***



 発現魔法は騎士科であろうと魔法の基礎として習う。


 ただ将来的に使わなくなるのは騎士や戦士の役割りとして「後方で魔法使いが発現魔法を使うためのイメージ、集中の盾(時間稼ぎ)となるために前衛となる」のが主だからだ。


 使わないからといって使えないわけではない。


 ただ生涯修練のほとんどを身体強化の魔法に費やすから未熟なだけだ。



「無限の業火に焼かれろ!」


 前の番の生徒が大きな炎を投げ、放物線を描きながら的に当たり周囲を燃やす。


 魔法を使うのに呪文というのは要らないのだが自身のイメージの補助となるので無意味ではない。戦場で少しでもミスを減らすために呪文を推奨している国もある。


 ……派手に的が燃えていて生徒がとても自慢げにしているが、騎士科とは言え……あんな低温な火では脅しにすらならない。ただのデカいたき火だ。


 しかし火が大きかったからなのか今日一番の歓声が上がっている。あの生徒が騎士科で一番発現魔法が得意らしい、……アレでか。


 得意な魔法によっては将来「炎の騎士」などと二つ名がついたりもするから彼も将来そんな名前が付くのかな。



 さて名前を呼ばれた。僕の番だ、本物の炎をみせてやろう。


 教師の評価も合わせてクラスの地位も上がるに違いない。



 集中。ゆっくり息を吸い、水をすくうように手を前に出す。


 手のひらの上に目玉サイズの白く輝く球が発現される。


(どうだ!この揺らぎのない綺麗な球体の炎は)


 教師の反応はどうかな?……手元のボードに何か書き込んでるな。


 この超温度でオリハルコンの精錬もしたんだ、見ただけでわかる完璧な魔力制御と凝縮された魔力量も視みれば凄さがわかるはずだ。


(オリハルコンといえば助手をさせていた私の数少ない話相手だったあいつら……あの悪魔と妖精はもう研究室には居ないだろうな。別れのあいさつもできなかったのは寂しいが今頃どこかで好き勝手やってるかなぁ)


 そんなこともちょっと思い出しつつ、クラスメイト達によく魅せるために白火球を歩速ほどのゆっくりとした進みで的に一直線に飛ばす。


 広場は静寂に包まれていた。


 ゆっくりと的に到達すると白火球は爆ぜずにジワリと穿つように溶かしながら穴をあける。


 貫いた後、的の裏側で役目を終えた白火球を音もなく消した。


(後処理まで完璧!第四覚醒の今できる最高パフォーマンスが発揮できた!)



「はい、次!」


 沈黙を破ったのは教師の声だったが、なんかアッサリしてない?一言感想あってもいいと思うんだけどな。


 周りからは小さく笑い声が聞こえた。


「おい、ロトス。いくら騎士が得意としなくてもいいっつってもいくらなんでも酷すぎるだろ」


 その一言で小さな笑い声が大きくなり連鎖した。


「見たか!的に当たったら音もたてずに火が消えたぞ」「あんな弱い火を的まで届かせるのは逆に才能だな!」「やめてくれ!腹が痛くて呼吸ができん」


(くっ……失敗か。派手な魔法披露が正解だったか。……きみたちもっと魔力視を鍛えた方がいいよ)


 ハッタリの方が大事か……僕の番は終わってしまった。いいんだ、教師の高評価だけは得たはずだ、得たよね?まだ初日だ今回はそれでいいだろう。



 ――次は剣術の授業だ。訓練場に移動中に一人のクラスメイトが話しかけてくれた。


「ね、ねぇ。気をつけなよ」


「ん?ああ、うん。剣術の記憶も無くしちゃったからね。ちゃんと授業を聞くよ」


「そうじゃなくて!ああ……ホントに知らないのか。以前、練習試合中に君がセロイ様に怪我させたから恨まれているんだよ!」


 セロイとはこの国の三大公爵家の一つ、代々剣聖を輩出している武の家系であるイヴェレット家の八男セロイ・イヴェレット。


 僕は彼との練習試合で負けはしたが腕を怪我させたらしい。


(剣聖の子に一矢報いるなんてロトス君やるじゃないか)


 それで?と思ったが、その剣聖の子セロイのプライドが傷つけられたらしく、それ以降ずっとイジメの標的にされてしまったらしい。


 彼は強さも地位もトップでクラスのボス的ポジションらしく、取り巻きに侯爵家の三男、伯爵家の四男など身分の高い子供たちもついていて誰も逆らえないみたいだ。


 そしてこれから行う剣術指南の教師もイヴェレット家の元門下生らしい……。これはイジメが起きても教師は見て見ぬ振りパターンか?



 助言してくれたクラスメイトはそそくさと距離をとって行ってしまった。再び一人となった僕は訓練所に向かいながら暫く考え込んだ。


(だったら、ここは一回ガツンと勝てばみんなの見る目が変わるかな?)



「おい!記憶喪失のロトス。稽古をつけてやる!前に出ろ」


 いきなり指名されてしまった。クラスメイトの視線が集まる中、セロイと対峙した。


 相手は剣聖を輩出している一族の八男。きっと同年代の生徒たちよりかかなり強いだろう。……ん?と思ったけど目測だがまだ魔力炉の覚醒は一基だけみたいだ。


 この年齢ですでに一基覚醒しているだけでも凄いが、これは勝てるな。剣術は全くだがパワーでいける!


 僕の武器は相手の油断。こうみえて僕のパワー(魔力による身体強化)だけは剣聖クラス。


 片手で木剣を構え、大きく息を吐くと一気に四基の魔力炉をフル稼働させて魔力で体を強化する。


「はじめ!」


 教師も止めることもせず普通に立ち合い人になるのね。合図とともに地を蹴り、一瞬で剣の間合いに入った。


 相手の思考が追い付かない速度で木剣を叩き落とし、二振り目の追撃でトドメ!と思ったが思いとどまった。


 このまま叩き込めば相手の体がヤバイ。身体強化が脆弱すぎる!


 とっさに体を回転させ「回転剣舞脚!」つまり回し蹴りを顔に叩き込んだ。


 セロイが頭から地面に叩きつけられ軽くバウンドし動かなくなった。


 あっ、これもマズかったか?!と思ったがもう遅い。振りぬいた足に飛ばされセロイは地面に叩きつけられた。


 ――しばし訪れる静寂。


 最初に起動したのは誰だったか「セロイ様!」と大きな悲鳴があがる。


「ロトスてめぇ!」


「おまえ何をやったか分かっているのか!」


 木剣を携えた四人の取り巻きが襲いかかったきた。


 ボス猿がこの程度ならば!ここはこちらの力を見せつけるチャンス!僕の剣技は滅茶苦茶だがそんなの関係ない。


 同じように素早く相手との距離をつめ、ひとりひとりの腕や足を木剣で打ち据えて無力化させる。胴体は万が一があるからね。



 これもいい経験だ、一対多数でもこのくらいの相手なら「パワーと動体視力と反射速度」で解決できることがわかった。


 四人はうずくまったまま立てないでいた。ボス猿と取り巻きの討伐完了。


 これで文句なく僕の勝ちだろう。今日を境にクラス内の地位が上がるといいのだけれど……どうかな?

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