第6話 悪魔と妖精 後編
【アズーリシル王宮】
――コルトランは医療室で目を覚ました。治療を終え、対策会議に呼び出されると気を失っている間にいろいろと情報がそろっていた。
コルトランが眠っている間、国王の命令で王宮騎士や魔法使いが何度か研究室へ向かい交戦し返り討ちにされたが正体はわかった。
その人形と戦いながら入り口から遠ざけ別部隊が研究室に侵入しようとしたところ、もう一体女性型のフォルムをした人形が入室を
好戦的な人形の方は中に人が入っているのかと思わせるくらい軽やかに動き回り、風魔法を乱発して手に負えず。もう一体の性能は未知数。
「以上になります」
大人しく聴いていた国王の拳が小刻みに震えていた。
「ええい!次から次へといくつ問題が出てくるのだ!それにルドラウのやつめ無断で
「ほんとうの?」
国王の言葉に騎士が首をかしげる。ルドラウの処刑の真実は一部の者しか知らない。
「!……そんなことはいい!早く
***
ベアネルソル峡谷の
それを大人サイズの人形二体分も掘り出していたとは……。それだけの量があれば我が国は大国と肩を並べられる地位にまで登り詰めることが可能だ。
この国の一大事業である
大戦がはじまるよりも昔から採掘権を巡り、奪い奪われ争い続けていたベアネルソル砦は占拠したとしてもクリチリラ王国の侵略に備えて常時、砦兼採掘所の防衛も必要なため攻めても守っても湯水のごとく費用がトブ、この事業がどれほど大変か。
他国の下心丸出しの支援に対する見返りもやっとできるというもの!極彩の魔法使いルドラウ・ロフセリーの研究室は宝の山だったか。
はじめは、長年ルドラウに劣等感を抱いていたコルトラン伯爵がその地位と財を求めて、「ルドラウが不老の薬を隠し持っている」などと我をそそのかしてきたのだと思っていたが、
***
――は、はやく王宮魔術師長として案を出さねばならない。報告通りであれば生半可に数で押し切ろうとしても負傷者を増やしてしまうだけだ。
だったら……。
「ヘズラウル王、新たな剣聖に聖剣をお与えください。これを彼の初任務としましょう」
「おお、策があるのだな?」
「はい、必ずや成功させてみせます」
――さらに二日後、準備は整った。待っていろ、すぐに人形を金属の塊に戻してやる!
「これが秘策ですか?」
形式を全てすっ飛ばし聖剣を渡され剣聖となったイヴェレット公爵家三男のリュート・イヴェレットがタリスマンを受け取る。
「ああそうだ。これは極彩の魔法使いルドラウが持っていた、あらゆる攻撃を反射する秘蔵の魔道具だ」
「この匂いは……こちらは血袋ですか?」
「この魔道具はルドラウにしか作動しない。だからこのルドラウの血袋とセットで身に付けておくのだ」
ルドラウの死後もう十日がたっている。早くしないとこの血も効果がなくなってしまうだろう。ガンバレ!繰り上がりの剣聖よ、お前の命は無駄にはしない。
(タリスマンにはデメリットがある。報告の通りならばおそらく、反射ではなく受けたダメージを増幅して相手に還す呪いだ)
「――なんだ今回は一人か?」
「我は剣聖リュート・イヴェレット!参る」
剣聖リュートは魔力を膨らませ、身体強化と聖剣に魔力を注ぎ人形に斬りかかる。
「おまえ面白いな!」
しかしこの男と討ち合った感じ、覚醒した魔力炉は三つといったところか。ルドラウに聞いた話だと剣聖を名乗るには四つは覚醒しないとダメじゃなかったか?
どちらにしてもその程度の魔力ではこいつはこれが限界か。
こいつが一人で来たというのもひっかかる。さっさと終わらせるか。
聖剣を弾き大きく仰け反らせ、風の魔力も上乗せした渾身の手刀で剣聖リュートの胴を斜めに斬り裂いた。
遅すぎる。スピードの次元が違うわ。
その瞬間、オリハルコンの体に異変が起きた。剣聖の胴体を斬り裂いたオリハルコンの腕に亀裂が入ってしまったのだ。
「なんだ!」
慌てて距離をとったがオリハルコンの左腕は、指先から肩近くまで亀裂が入り動かなくなってしまった。
「コルトラン、さま、話が……違う」
剣聖リュートはその場に倒れ伏してしまった。
「ちっ、何でこっちがダメージ受けるんだ?返り血か?いや、血にそんな魔力は感じないぞ」
研究室に戻り扉を閉めると返り血を洗い落としながら悪態をついた。
「うわ、あんたその腕じゃもう暴れまわれないでしょ。もう潮時じゃない?」
「ちっ!こんなに魔力が使いやすい体なのに破損は治らないのか!」
「この体はただのオリハルコンの塊、治すのは形状記憶合金?だっけ、よくわかんないけどいろんな素材が足んないから未完成品だってルドラウがボヤいていたでしょ」
「……しょうがない、ちょっとこの体を試すつもりだっただけなのにな。もう研究室の
「出ていく前にこの中を粉々に切り裂くとするか。オレもお前も研究を手伝ってきたんだ、奪おうとするあいつらにルドラウのモンを好き勝手使われるなんて面白くないだろ?」
「私まで巻き込まないでよ」
「その体に傷が入るほどの魔法は使わないよ」
無事な右腕を振り上げると研究室の中に暴風が巻き起こる。中のあらゆるものがバラバラに……なる前に魔法が掻き消えた。
「は!?なんだ」
「この圧迫感は……これは魔法無効空間よ!」
「そんなまさか……オレたちに気付かれないように遠くから広範囲に魔術陣を組んだのか!
急いで研究室……いや、この敷地内から出るぞ!魔法が放出できなくなったら拳で戦うしかなくなる、数で取り押さえられちまう」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「早くしろ、オリハルコンの塊にされてあいつらの
慌てて研究室を飛び出したがすでに大量の騎士に囲まれていた。
「目標が出て来たぞ!
「一点突破だ!」
魔法が放てないからと甘く見ているな。パワー(身体強化の魔法)だけでもお前達より遥かに強いってことを思い知らせてやる。
大盾を構え道を塞ぐ騎士たちを蹴散らし、剣を潜り抜け、槍を蹴り上げ、鎧を殴り王宮の敷地内から脱出することに成功した。
「このまま外壁まで走るぞ!」
二体の鮮やかな
「そんでどうするのよ!」
「わかってるだろ!この王都を包み込んでいる魔術防壁も研究室と同じルドラウの設計したものが張られているんだ。オレの全力でもどうにもならん!」
「だったら門まで走って……」
「辿り着く前に閉められる!」
「じゃあ!一度どこか隠れてやり過ごす?」
「ルドラウが言ってただろ!むき出しのオリハルコンは探知しやすいって!」
「そんなことできるのルドラウくらいでしょ!じゃあどうす……」
「お前の魔法があるだろ」
「え!あんた私の魔法知ってるの!?なんで」
「お前がどんな魔法使えるか知らんが雰囲気でわかる。お前の得意魔法、闇、なんだろ?」
走り続けていた足が止まった。
「おい止まんな!足は動かし続けろ」
二体の人形は再び走り出す。
「私が魔法嫌いなの知ってるでしょ」
「妖精、闇魔法とくれば……だったらあるんだろ?抜け道」
「でも……」
「意識があるまま叩き潰されるよりマシだろ!こんなとこ抜け出そうぜ!な?」
揉めながらも外壁に辿り着いてしまった。
私はどこで最後を迎えてもどうでもいいと思っている。しかしコイツはまだいろいろやりたいことがあるみたいだ……。
「はぁー、……魔法を使うのも十年振りかしら。こんなヤツがはじめての招待者になるとはね、【
女性の体格をした
影絵のような木々と花園が現れ、二体の人形は影の庭園に包み込まれ、消えた。
「コルトラン様、どこにも見当たりません」
「貴重な
「は、はい」
あんな全身ピカピカした人形が王都を走り回られたら隠しきれなくなる!他国の耳に入ると非常にまずい。
長年、支援してきた他国への見返りは
砦と採掘所の再建で早くともあと十年は支援継続してもらいながら待ってもらうつもりだったのに!早くなんとかせねば。
――日が完全に落ちてしまった……。捜索は困難を極めた。まだ近くにいるはずだ。
王都を完全に閉め切ったから必ずどこかに潜んでいるはず。早く見つけなくては……。
さすがに王都を何日も閉め切ることなど出来んぞ……。い、胃が!
今回の事件は想定外のことだらけだ、まさか王宮内でこれ程の死者を出してしまうとは……だが!気を取り直そう!必要な犠牲だ。
そんなことよりも今度こそ研究室は私の物だ。今の内だ
いざ扉の前にくると緊張するな。また不測の事態に遭わないように自身に魔法防壁を張り、研究室内に足を踏み入れる。
「……あの
研究室の中はグチャグチャに荒れていた。しかし荒れ方がハンパだな形を止めている物が多い、致命的な状態ではなかったのが救いだ。
あるぞあるぞ、たくさんの書物だ。全てアイツの書き残したものか。自然と口角が上がって笑みがこぼれてしまう。魔術式や魔道具もあるがどうせ奴の血でないと動作しないように組まれているのだろう、今は後回しだ。――どれだ究極の魔法はどこだ!
アイツが独占し隠し持っていた数多の魔法はどれだ、……あ、ついでに国王にも何か献上品を見つけねば、いやいや後回しだ。まずは私がこの国の柱となる大魔法使いにならねば。
「ん?」
ごく自然に書物と一緒に棚に置かれている、黒くて中心に青く淡い光を放つ水晶魔石。この水晶は?……白魂玉じゃなくて霊刻玉……だよな?
白魂玉が魂を封じるものだとすると霊刻玉は魂を留める魔石だ。不老不死を研究するうえで「魂の器」としてもっとも注目されているアイテムで、あらゆる研究機関や王族貴族が欲しがっているモノだ。
ダンジョン産のアイテムの中でも世界十指に入るレアものがこんなところにある……はずが……。想像以上の事態に自分の体温が上がるのを感じる。
これ一つで小国を買えるどころかおつりがくるくらいの価値だ。汗が止まらない、自然と呼吸が荒くなる。
報告にはなかったが昔、ルドラウが休暇で「単独ダンジョンチャレンジ」などと言い、何度か行ったらしいからその時に手に入れたのだろう。アイツはひとりで何層まで潜ったんだ?
……あの喋る
だがさすがに自分のモノにするのは無理だろう。これを王への献上品として……完璧だ!これまでのことがすべてチャラだ!
想像以上の収穫に取り乱してしまったが本命は「極彩の魔法使いの攻撃魔法」だ。
「ん?んん?」
先ほどから拾い上げた紙や書物をめくっているがどれもこれも全て『知らない言語』で書き綴られていて読めるものが一つもない。
「……これも!こっちも!なんだこれは!!」
そう王宮魔術師長コルトランには読めなかった。――日本語を。
転生者、極彩の魔法使いルドラウ・ロフセリーは昔から防犯のために人目につくもの以外は書き物を全て日本語で記し残していたのだった。
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