第5話 悪魔と妖精 前編


【アズーリシル王宮】


 胃が痛い。


「まだか!なぜルドラウの研究室が開かない!」


「白魂玉に封じた魂なのですが、一緒に死んだ剣聖の弟子カルヴィットの魂である可能性が……あの場に二つの魂が放出される予定ではなかったので完全に想定外でした」


 ここ数日、国王に呼び出され何度も怒鳴られている。こんなはずではなかった……。


「言い訳はいい!今この国の状況がわかっておるのか!やっと王金属オリハルコンの採掘権を手に入れた状態で戦争を終結させたのだぞ!


一刻も早く、吹き飛ばした砦と採掘所の再建をせねばならぬというのに!


極彩の大魔法使いという外交抑止力を失ったのはおまえが!その力を引き継ぐというから!頑固者のルドラウを処刑したのだぞ!」


 剣聖を二人と弟子一人を失ったのもデカい。残りの四人の弟子の中から二人を剣聖に昇格させて宝剣を与えるのも同時に進めなくては……。国民の前で盛大に任命式を行わねばな。


「王宮魔術師長コルトラン!早く研究室の全てを手に入れろ!」


「もちろんでございます。すでに外側から魔術防壁の解体を行っております。総出で作業に当たっております!あと二日もあれば丸裸に出来るでしょう」


「なぜそんなにもかかるのだ!もうルドラウはいないのだ、一気にこじ開けてしまえばいいだろう!」


「ルドラウの魔術防壁は王国の上空を覆っている魔術と同じでとても複雑かつ反射する力があり、無理に突破しようとすれば王宮ごと吹き飛ぶ危険もございます」


「む……そうか、二日だな。こんなことに時間を使っている場合ではないのだ」


 砦と採掘所の再建以外にも、今は戦後であらゆる場所で人材が不足している。それなのに王宮魔術師を筆頭に国内の優秀な魔法使いを集めて投入しルドラウの研究室の魔術防壁突破作業に当たらせている。


 そのせいもあり国王だけではない、王宮魔術師長に就任してからというもの復興に関して連日、貴族や大商人からさまざまな要望、要請、陳情、苦情がきている。


 すでに疑惑、疑念の声もあがっており一刻も早くルドラウの遺産を手に入れて威厳を示さねば……胃に穴が開いてしまうぞ。




【ルドラウの研究室内】


「なんだか外が騒がしいわね」


「ここの障壁が攻撃を受けているな」


「そんなことを堂々とするってことはやっぱ、ルドラウが死んだってことかしら?」


「だろうな。アイツは国王にすら恐れぬという風だったからな。留守の間に研究室に手を出すやつは……いないな」


「じゃあどうすんのよ」


「契約の通りにするだけだろ。『1つ、アイツの留守のときはこの研究所を守ること』、『2つ、ルドラウの死後は好きに生きろ』これだけだ」



***

 男性の体格をした王金属オリハルコン人形ゴーレム、核となる魔石には元・上級悪魔が宿っている。


 十年前、ルドラウの故郷の村は傭兵崩れの盗賊団に襲撃され滅びた。遅すぎる知らせを受けたときにはもう滅びて数カ月たっていたが復讐のために単身、盗賊団を壊滅させた。


 その後、アジトの宝物庫を物色していると一本の古びたロングソードから声が聴こえた。自分を悪魔だと名乗る剣。


「じゃあおまえは魔剣ということか?」


「こんな鈍らじゃ何も斬れやしない」


「じゃあなんでその剣に宿っているんだ?」


「選択権なんてなかったのさ」


「凄く弱弱しい魔力だもんな。なのに魔力を振るわせて喋るなんて器用なことが出来るのか。面白いヤツだな」



 魔界では暴食ベルゼブブとつるんで恐れられていたなんてコイツは知らないだろうな。


 ――権能「斬」を持つ「上級悪魔マリヨリ」がなぜこんな末路を辿ったのか。


 そう、魔界に邪神が侵入してきたのだ。奴は周りの悪魔を捕食し自分の力へと変えていた。


 オレらの根城と奴の侵入位置は近かった。


 捕食する姿を見た暴食ベルゼブブは激怒した「我の目の前で喰うのか」と。だがわかっていた、邪神には勝てないことに。アレは格が違う。


「ここまでだ、今まで楽しかったぞ。マリヨリ、レオーネ、どこか遠く離れろ」


 邪神は上級悪魔を喰うつもりだ、逃す気はない。ベルゼブブは一人時間を稼ぐつもりだった。


 城から出たもののレオーネに呼び止められた。


「このままだとベルゼブブが時間稼ぎしても追いつかれてしまう。マリヨリよ!地上への空間を切り裂いて繋いでくれ!私はまだ消滅したくない」


 ……こいつはいつもそうだ。自分のことしか考えていない。空間を切り裂く力を使えば、オレは力をほとんど使い果たしてしまう。


「空間を切り裂いたところで上級悪魔であるオレたちは狭すぎて潜り抜けることはできない、空間の圧力に擦りつぶされて消滅してしまうぞ」


「そこを頼む!一か八かだ!」


 ……まぁいいだろう。なんだかんだこいつとも長い付き合いだ。最後の願いくらい聞いてやるか。


 どうせあの邪神からは逃れられないだろう。


「離れていろ」


 渾身の魔力を乗せて空間を切り裂いた。それでも裂け目を維持できるのはわずかな時間だ。


「ほら行ってこい」


「ああ、さよならだ」


 オレは空間のはざまに突き飛ばされた。レオーネは微かに笑っていた。


 力を使い切ったオレは空間に揉まれ、飲み込まれ、力をすり減らしながら奇跡的に地上に辿り着いていた。


 どのくらい年月がたったのか、意識を取り戻したときにはもう剣の中。一生埃をかぶっていたくなかったからルドラウとかいう声が届いた魔法使いに拾われてやった。

***



 薄明りの中、ルドラウの研究室内では二つの人影が動いていた。


「そりゃ、いつかこういう日がくるとは思っていたけど好きに生きろって言ったって……」


「なんだ?妖精族は自由気ままに生きていそうなイメージだが?」


「あんたに言われたくないわよ。そういう自称大悪魔さんはどうするの?」


「そうだな……もういつ出ていってもいいんだろ?だったら一度も機会がなかった研究室を守るってやつでもやってみるか」


「えー……それもちょっと……」


「なにいってる。この体を試してみたいと思わないのか?オレは地上のことはあまり知らないがこの体は特級品だろ?魔法も問題なく使える」


 この体に移されて、研究室から一度も出たことがなかった。日常生活という名のルドラウの助手のようなことをさせられていて思い切り戦ったことがなかった。


「私は魔法が嫌いだって言ってるでしょ」


「ふん、じゃあ観ていればいい。オレはこの体を試すぜ」



***

 女性の体格をした王金属オリハルコン人形ゴーレム、核となる魔石には元・妖精が宿っている。


 以前、妖精アイシャはひとり放浪していた。


 妖精の国では過去に、女王になれなかったひとりの妖精が闇の大魔法で罪を犯し、国が大混乱に陥った事件があった。


 それ以来、闇魔法の適性が高い妖精は厳しく監視され罪人かのように肩身の狭い生活を送るはめになった。


 アイシャもそのひとりだ。たくさんの妖精がいるのに闇魔法というだけで、いつも孤立していたアイシャは「どうせひとりならば」と国を出た。


 外の世界、はじめのうちは何もかもが新鮮で心がおどった。しかし妖精は高い魔力をもつが環境適用能力が低く、しばらくの放浪の旅の末、荒れ地の片隅に咲く花のそばでとうとう動けなくなってしまった。


(闇魔法に適性があるというだけで孤独に死んでいくのか)と魔法を恨みながらつぼみの中でアイシャは眠りについた。



 ――その花は、とある獣人に摘み取られた。


 そして獣人はたまたま客として来た魔法使いに相談した。


「ルドラウさんこれを見てください。つぼみの中に妖精がいるなんて知らなくて摘んできてしまいました」


 薬剤店に訪れたルドラウは専門家ではなかったが独特な眼をもっていたため妖精の容体を診た。


「これは……あなたのせいではありません。もともとこの妖精は弱りきっていて、このような状態なのです。花を摘んだのが直接の原因ではありません」


「しかし、この妖精は長くありません。私が花を摘まなければ……回復していた可能性があったのではないですか?」


 呼吸が浅く、体も冷たくなっていて治療しようにも手を出しにくい状態まできてしまっている。


 大精霊の力を借りるか、適切な強壮薬が手元にない今、回復させることは難しいだろう。


「あなたも知っているでしょう?この花は薬草ですがそんな力はありませんよ。……だったら私が預かりましょうか?風前の灯のような魂ですが別の体ならば持ち直すかもしれません」


「私は聖女なのに……ここまで弱ってしまったらどうしようもありません。……よろしくお願いします。そしてこの子の意思を尊重してあげてください」

***




 研究室の外から強い光が差し込んだ。また一枚、魔術防壁が剝がされたようだ。この調子だと夕方には最後の一枚が破られるだろう。


 

 ――この扉が開いたときが侵入者迎撃の合図だ。外から声がきこえる。



「コルトラン様、もう魔力の反応はありません。入室が可能なはずです」


「おお、よくやった。お前たちは下がっていなさい。この私、王宮魔術師長コルトランが直々に罪人ルドラウの研究室を調査する」


 ヘタにこいつらに触られると厄介だ。極彩の魔法使いルドラウが残したものはすべて私の物だ!


 特にルドラウの極大魔法を早く習得せねば!これで私を小馬鹿にするヤツはいなくなるぞ!


 期待に胸を膨らませ研究室の扉を開いた。それと同時に中から何かが飛び出してきた。


 突風と拳、突然の不意打ちに吹き飛ばされ私は意識を手放してしまった。


「シンニュウシャハッケン、ハイジョスル。なんてなっ」


 研究室から飛び出してきた人影は鎧甲冑の男?全身「鮮やかな黄橙色おうとうしょく」をしたそれは近くの者を攻撃しはじめた。


「コルトラン様!大丈夫ですか」「なんだあれは」「なぜ騎士が研究室の中に!?」


 突然の戦闘のはじまりに研究室の前は大混乱になった。武器を持たない鎧甲冑がそこにいた、腕を振ると突風が巻き起こり休憩していた魔法使い達を手当たり次第に切り刻み、なぎ倒してゆく。


 ここは王宮の敷地内、まさか扉を開いて戦いが始まるとはだれが予想しただろうか。現場にいるのも魔術防壁を破るための専門家、戦闘経験の少ない魔法使い達だけなので対応能力をもたずパニック状態に陥った。


 蜘蛛の子を散らしたように皆逃げ出し、鎧甲冑の男に怯えたが研究室から離れるとそれ以上追いかけてはこなかった。

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