第4話 肉体改造


 翌日、朝食を済ませるとすぐに外出準備する。持ち物は木剣とお金だけだ。


「剣の稽古してくる。昼はいらない」


 それだけ使用人に告げ街へ向かう。


 まずは雑貨屋で一番大きなリュックを買う。そこから市場を巡り、「肉、魚、果物、薬草」を買えるだけ買いこんだ。


 買った端からリュックに詰め込む、さまざまな食材が混じった匂いが少々臭いが仕方ない。仕上げに調味料専門店で塩を買って終いだ。


 ロトス君が長年コツコツ貯めたであろう小遣いをほとんど使い切ってしまった。



 よし、こんなものか。さて「肉体改造」をする場所だけど、……自分には研究室も工房もないとなると集中できる場所がないんだよな。


 うーん、記憶喪失の設定でこんな大荷物で屋敷に帰るわけにもいかないしなぁ。


 どうしたものか、考えても答えはでない。しかたないからどこか森の中に行くことを決意し王都から出ることにした。



「あーしまった」


 外へ出るために門で並ぶ列を見て思い出した。身分証を持ってなかった。貴族はみな親が管理している。


 うーん、大荷物で屋敷に帰る奇行をするわけにもいかないし、どこか人目のつかないところがないものか。


 食材の鮮度が気になるので自然と速足になりだんだんと人目の少ない寂れた通りに入っていく。


 長かった戦争の影響だろう。王都にもそういった箇所が増えている。大きなリュックが人目を引くようで結構視線を感じるな。



 そしてさっきから後ろからついて来る子供がひとりいる……。


 物乞いか物取りか、多少シェアしてもいいが……。


「なぁ少年。この辺りに人が来ない隠れ家みたいな場所はないかな?知っていたら案内してくれないかな」


 振り向きざまに話しかけられてびっくりしたみたいだが私の体を値踏みするようにみてからしばらく悩み。


「……こっち」


 どうやら教えてくれるみたいだ。


 裏路地を進みさらに人気がなくなっていく、見えてきたのは小屋?つぎはぎだらけでこの辺りでもより寂れた建物だ。


「ここかい?」


 寂れた区画でもかなり端の方で墓地が近い、建物も小屋みたいなものが少しあるくらいで盗賊や犯罪組織のアジトにもならないだろう。


「うん。この辺に来るような奴なんていないよ」


 と、ドアを開けた。(開けたというよりも入り口の大きな板を持ち上げ横にずらした)


「そうなのか。もしよかったら裏手の庭を少し使わせてもらえないかな?報酬は……お金はないけど多少肉を分けることができるよ」


「……中に入りなよ」


「いや遠慮しておくよ。それで入り口の横に隠れているのは君のお父さんかい?」


 少年が緊張するのがわかった。そして一人の男が顔をだした。



 お父さん……じゃないか、背は高く少年の父親というにはまだ若い風貌をしている。がたいがよく冒険者?傭兵崩れだろうか。


「持ち物を全て置いて引き返せ」


 その手にはロングソードが握られていた。


「見ての通り僕は木剣を所持している。僕が勝ったら裏庭を使わせてくれ。そちらが勝ったら服以外の持ち物をすべて渡そう。……これでどうだ?」


「いいだろう」


 リュックを降ろし、片手で木剣を構える。


 こちらの物怖じしない態度に相手は周囲を警戒している。まあ僕の存在、行動が謎だらけに映るのだろう。


 常識的に考えて、あんなのと討ち合えば木剣ごとこちらの体は真っ二つになる。相手も肝が据わっている、こちらを生かして帰す気はないみたいだ。


 全身に魔力をみなぎらせ身体強化し木剣にも魔力を流し強度を高める。まさに付け焼き刃。


 相手は高身長に両手持ちされたロングソードが様になっていて、一撃が重いだろうと安易に想像できる。僕を叩き斬ることなんかゴブリンを相手にするより楽だと考えているかもしれない。



***

 ――うちのカルシュが変な青年をここに案内して来た、と思ったらこちらの要求を跳ね除け、木剣で勝負に挑んできた……。


 このロングソードを見て危険だと思わないのだろうか?甘やかされて育った貴族の子供か?


 15才の青年が片手木剣で突撃してくる。誰もが軽い一撃だと思うだろう。オレだってそうだ、警戒すべきは素早い連撃か奇抜な立ち回りくらいのものだ。


 だが青年は愚直に正面からきた、やさしく手心を加えてくれると思っているのか?鋼の刃を振りぬけばそのひと振りで終わりだ。


 闘気で強化したオレにどう勝とうというのか、存在自体よくわからないこの青年の行動理由……何が狙いだ……仲間、奇襲、罠。思考を更新し周囲を警戒しつつ一撃で戦いを終わらせる。



 そう、ただの縦振りの木剣を横薙ぎで受けてそのまま体ごと叩き斬ろうとしたはずだった。


 しかし結果は鋼のロングソードが押し負け、そのまま叩き落されてしまった。


 は?――なにとぶつかったんだ?あれは木剣じゃないのか?たった一撃、あまりの衝撃に両手の感覚がない、折れてしまったかもしれない。


 目の前に立っている勝者は変わらず片手で木剣を持つ青年だ。あの威力はなんだ?しかし外見と中身が釣り合わない。


 出会う前から幻覚の魔法を受けていた……これ以外に説明がつくだろうか?



「私の勝ちですよね?」


 リュックを担いで青年が尋ねてきた。

***



「……目的はなんだ」


「最初に言いましたが家の裏を少し使わせてください。それだけです」



 なんとか勝てた。今自分にある最大の武器は「相手の油断」だ。片手木剣に打ち負けるなんて思わないよね。


 剣術としては何の技術もない「ただの振り下ろし」だが魔法としてはちょっとしたテクニック「瞬間身体強化」だ。


 今、体内にある魔力循環をフル稼働させて相手の油断を誘いながらの渾身の一撃。手持ちにある二枚のカードを同時使用しただけだ。


 私の右手が淡く光っている。流石に肉体改造前の体で鋼の剣と打ち合うのは無理があった。砕けてしまった右手を治療しながら平静を装っているが痛くて泣きそうなのを我慢している。


 感覚遮断とすると治療ができなくなるのが悩みであり前世からの課題だ。



 向こうさんは両手が砕けたのだろうロングソードを拾い上げようともせず立ち尽くしている。



「こっちだ」


 まだかなり警戒されているが、手入れのされていない裏庭に案内された。命がけの勝負で勝ち取った王都内の人気のない場所だ。存分に使わせてもらおう。


 リュックを降ろすとさっそく土魔法を使う。石の脚に石のプレート、自分を中心に左右に三台ずつ、計六台の「石焼き台」を造り出す。


 つぎに石のプレートの下に火球を発生させる。小さく揺らぐ球が設置された。


 集中してこれを維持して……と、六つの火球を安定させ準備完了だ。


 さー食べるぞ!リュックから次々と肉をとりだすとプレートに置いていく。高温になった石プレートの上でジュウジュウと肉の焼ける音が演奏をはじめた。


 焼けた肉に塩をかけ、そのまま手掴みで肉に食らいつく。


 すごい勢いで肉を平らげると同じように次々とおかわりの肉を焼く。たまに味変で魚を焼いて食べる、果物をかじる。


 焼いた肉や魚に薬草を巻いてかぶりついたりもした。


 この薬草もキーになる食材だがとても苦いもので焼き肉の力を借りてもちょっと苦い。贅沢は言ってられない、肉や魚も満腹で飽きないように勢いで食べ続ける。



 同時作業でせわしないのだが、胃袋に詰め込まれたモノを意識しながら体内の魔力を循環させる。


 頭のてっぺんからつま先まで魔力と血肉を織り交ぜ、さらに奥底に眠る魔力の源の覚醒に手を出す。肉体の急速な成長を刺激し促す。


(今はまだ二つだけだが今日の内にいくつ覚醒させられるか……)



***

 生き物には魔力炉と呼ばれるいわば生命の泉があるのだがほとんどの生物はそれに気がつかず、そこから漏れだす微かな魔力(生命力)で生きている。


 まず一基、魔力炉の存在に気づき、その魔力を制御出来ればやっと一人前。その魔力を使い魔法を放ったり、身体強化をして戦ったりと一端の戦士となる。


 ちなみに国の代表的な地位の「剣聖」と呼ばれる戦士は四基の魔力炉を覚醒させその魔力を身体強化に使っている。


 第四覚醒などと言われており、他にもこの境地に達した者は大魔法使い、大魔術師、大魔導士など「大」が付くような名称がついたりもする。

***



 この体に定着するためにがむしゃらに第二覚醒までもっていったが、必死過ぎてほとんど記憶がなかった。


(さて、前世の経験でコツを掴んでいるから四つ目の魔力炉の稼働まではいけそうだな)


***

 前世の「極彩の魔法使いルドラウ」は四十五歳で第八覚醒の域に到達した。知りうる限りの文献や伝承を探してもその境地に達した者はおとぎ話の人物くらいだった。

***


(いくら苦労したとはいえ、そこまで到達者がいないとは思えない。きっと本の情報以上に世界は広いはずだ)



 そんなことを思い出しつつも石プレートの下の火球を六つ維持しながら黙々と食材に食らいつき、血肉へと変換させている。傍から見ればその姿はとても世話しなく見える。実際、本人はその見た目よりも遥かに忙しい。


 深い集中、一種のトランス状態に陥っており、その光景を見たものは恐ろしかったのだろう。この場を案内した者がドン引きしていた。


 肉の焼ける匂いにつられて家の中から四人出て来たのだがあまりにもの光景に誰も声を発せずにいた。


 

「ぐぅ~」


 おなかの鳴る音が微かに聞こえ現実に引き戻された。


 気がつけば先程の勝負した男と案内した少年、さらに子供が四人ギャラリーに加わっていた。



(勝負には勝ったがさすがに何もなしはないか)


 少し食べる手を止め自分の正面にもう一台の「石焼き台」を作り出す。


 追加で石プレートの下に火球も出し、計七つの火球を維持する。


「この目前の石焼き台のだけ食べてもいいよ」


 七つの石プレートに肉を並べ、焼き、塩をふりかけ六つの肉にかぶりつく。


「い……いただく」


 あの男、両手が砕けていたのにもう治っている。ちらっと見ていたが、少年が男に渡していた物はかなり良いポーションだったのだろう。


 長い戦争の後なのにそんな上物を持っているなんて、良いことをして手に入れたとはちょっと思えないが、まぁ関係のない話か。



 男は焼けた肉を「あつっ!」と取り上げ皿にナイフで切り分け子供たちに分けていた。指先をしっかり強化しないと火傷するよ。


 七枚の肉を焼き、うち一枚を目の前の六人で切り分けて食べる。こんな光景がリュックが空になるまで続いた。


 食べるものが無くなった。最後に苦いからと、つい敬遠して残してしまった薬草の残りを口に押し込むようにそのままかぶりついて食べ尽くす。


 これが苦いのを知っているのだろう、見学者たちは言葉を失っていた。



 肉体改造の仕上げだ。目標は四基の魔力炉の覚醒!体がビックリしてるのがわかる、焦って負荷をかけ過ぎたかもしれない筋肉の痙攣が止まらない。


 体を壊さないように魔力の循環に全神経を集中させる。食べたものをモドサナイようにしないと。


 本当はこれを一晩続けなければいけないが何時までもここにいるわけにはいかない家に帰らないとあの父に怪しまれるから体への負担は応急処置で済ませた。続きは今夜しよう。


 やっと呼吸も落ち着いてきた、しかし体が重い。ちょっと横になりたいから帰ろう。



「庭を貸してくれてありがとう。帰るよ」


「えっ、あっ……ああ、そうか」


 リュックは持って帰れないからプレゼントした。


「おまえはトロルかオークか何かが人に化けているのか?」


「ただお腹が空いていただけだよ」


 そう適当に言い残して木剣を担いでその場を後にした。

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