第3話 黒魔術


 ――とある屋敷の地下室。


「ルドリス!おまえの力は私のものだ!来い!!」


 部屋いっぱいに円形の魔法陣が描かれ、中心に青年が横たわっていた。


 魔法陣を囲むように台が七つ置かれ、その上に設置された七色の宝玉がそれぞれ光り輝く。


「来い!来い!おまえの新しい体だ!」


 そばには興奮気味で叫ぶ中年の貴族がいた。


 中心で横たわっている体が光に包まれほのかに光を放つ。


 それと引き換えに宝玉と魔法陣の光が徐々におさまる。魔力の負荷に耐えきれず限界を迎え魔法陣の紋様から焦げ臭い白煙が上がる。



 一度、横たわっていた体が大きく痙攣するとせき込み始めた。


「ゲホッ!ゲホ!」


「やった!成功だ!!」


 中年の貴族は大きくガッツポーズをして青年の体を観察する。




(なんだ……どういう状況だ?確か私は……)


 何が起こったのか把握したかったが、意識が次第に鮮明になると今まで忘れていたことを思いだしたかのように全身に激痛が走り、全ての思考が吹き飛んでしまった。


 何も考えることができずただ痛みに耐えることしかできなかった。


「アアアアアアアアア!!」


(痛覚の遮断!ダメだ魔法が使えない!)


 体中の筋肉が痙攣する、痛みに耐えながら時間をかけて体内の魔力を制御する。


「アアアアアアアアア!!」


 痛みから逃げられない!雄たけびを上げ、歯を食いしばり呼吸を整えるを繰り返し、ただただ耐え続け次第に少しずつ思考する余裕がでてきた。



(私は王宮で死んで、死んで……私は処刑されて水晶玉に封印された?)



「おお!息を吹き返した!ルドラウ?ルドラウか?」


(さっきから私の名前を呼ぶこいつは誰だ?それにここは王宮……か?)


 なんとか痛む体を起こしボンヤリと視界で周囲を確認する。


 基本自分の研究室に籠っていたから王宮内部は知らない部屋ばかりなんだけど、ここはなんかやけに狭い。どこかの屋敷の地下っぽいな。


 酷い頭痛と吐き気、内外の全身の痛みを耐えながら生を感じ、わかったことは「これは私の体じゃない」


 他人の体に私の魂が入った?のか――なんということをしてくれたんだ。


 この苦しみは体と魂のズレからくる拒絶反応だ。


 生体に別の魂を入れるなんて、全身の血を抜き、他人の血を流し込むようなものだ!むちゃくちゃなことをする!


 目の前で私をジロジロと観察しているこの男がおこなったのか――ホントなんということをしてくれたんだ。


 そんなことよりもまずは、この体に魂を定着させるために体内の魔力を完全に制御する必要がある。


 早くしないと魂が馴染めず死んでしまう。



 ――どれくらい時間が過ぎただろうか?この世のものと思えない逃げ場のない激痛に耐えきり、ある程度呼吸が整ってきた。


 私が藻掻き苦しんでいる間、目の前の男が何度もうるさく問いかけてきていたがこいつはもう本当にどうにかしてやりたい。


 こいつの話していた内容でわかったのは「この体はこいつの息子であること」と「私の魂を入れるために息子を殺したこと」だ。


 死後まもなくの体でなければ、肉体はただの肉塊となり魂は入らないはず。こいつは極彩の大魔法使いルドラウを自分の息子にして利用でもしたいのか?


(バカだバカだバカだバカだ本当にバカだ)


 自分の子供に手を掛けるなんて。異なる体に異なる魂を入れようとするなんて!


 こいつは黒魔術の成功を自分の実力だと思っているのだろうな。そんなことできるわけないだろ!(私じゃなければ絶対無理だからな!)


 拒絶される肉に無理やり魔力回路を通して魂を縫いつけるような力技でなんとかしただけだ。



「ルドラウ落ち着いたか?驚いただろう、おまえが白魂玉に封じられるのは知っていた。私も王宮で儀式の下準備をしたひとりである。


 同じモノを我が屋敷の地下に揃えて一か八か魂の横取りをしてみたのだよ!賭けは成功したな!」


 そんなことを……では今頃、王宮では大騒ぎになっているだろうな。


「間違えて関係のない魂を引っ張って来ないよう座標の計算は苦労したぞ。やはり私は天才だ!」


 王宮の魔法陣の魔術式になにか仕込んでいたのか、だいぶ自分に酔いしれているな……。


「おまえの持つ数多あまたの魔法、魔術、魔術式を全て寄こすのだ。それさえあればこの私は王宮魔術師長どころか歴史に名を残す偉人になるのも夢ではない!」



 この男の興奮ぶりからわかってはいたが私を助けたのではなく私の知識が欲しかっただけか。



「ゴホッ!ゴホッ!ハーハァー、……ここはどこですか?」


「おお、ルドラウ!わかるか?どうだ新しい体は」


「……あなたは誰ですか?」


「私はターヴナスだ。ターヴナス・ネイック。おまえの体の父親だ」


「……私は誰ですか?」


 キョトンとした振りをして自分の体と周囲を見渡す。


「ルドリス?わかるか?……とりあえず自分が何を知っているか言ってみるんだ」


「?」


「どうした?」

 

「ココハドコ、ワタシハダァレ?」


 記憶喪失という設定でいくことにした。



「どういうことだ?魂の定着がうまくいっていないのか?それだったら少し時間をおけば記憶が戻るか?それとも引っ張ってくる座標が違ったのか……まさか違う魂が紛れ込んだとか?」


 ブツブツと思考しているようだが自分の子に手をかけるような人間に協力なんてするものか。




 ――ネイック男爵家にきてから四日がたった。


 二人兄弟の次男ロトス・ネイック(今の私)は階段から転げ落ちて頭を打って記憶がなくなった。という設定で家の者に説明したらしく、父が作った設定の通り何も知らないていで過ごすことにした。


 父ターヴナス・ネイック男爵は魔術師ギルドで不老の研究を専攻している。祖父の代から黒魔術で国の裏方として務めてきた一族らしい。


 17才の長男ケイテス・ネイックが高い魔力量をもっていると将来を期待されていて、15才の次男ロトス・ネイック(私)は逆に魔力量が少なく扱いも下手でアズーリシル魔法学園では騎士科に進んでいるらしい。


 他には使用人たちとの関係は良好みたい、母は風の魔法使いとして戦場に出て帰らぬ人となった。


 代々魔法、魔術関係の家系で次男の私は落ちこぼれというわけか。家督を継ぐ長男が優秀ならば家としてはそれでいいのだろう。


 だからといって次男が殺していい理由にはならないけどね。



 肝心の元・次男ロトス・ネイックの評価を使用人たちから聞いた感じは「まじめ、やさしい、おとなしい」だった。情報少ない!



 新し体はまだまだ違和感しかない、日常生活を送るのに支障がないようにリハビリしないとな。


 骨格の違いにも慣れないし、ずっと続く全身筋肉痛みたいな状態が辛くて痛覚遮断の魔法を使いながらリハビリのために外で運動をしている。早くこの血肉と魂を馴染ませないといつ拒絶反応がでるかわからない。


 幸い、アズーリシル魔法学園は現在半年間の休校中だ、半年たち戦争が終わってもまだ再開していないのは終戦記念の影響らしい。今は国を挙げてお祭り騒ぎみたいだ。

そうか……戦争は終わったんだな。



(城はどうなったかな?私の魂を封じられなかったから研究室に入ることはできないだろう。)


(――それも時間の問題か。私がもう帰らぬ人となったんだ、誰に遠慮する事もなく研究室の防壁を破壊して中の物を全て奪うだろう)


 他人に悪用されれば非常に危険なモノもいくつか研究し生み出していたから心配だ。


 うまく使えばこの国の繁栄の一部にもなるだろうがあいつらがそんな使い方をするかな?


 ……防犯用にいろいろと手を加えてあるからほとんど利用できないだろうけど……できれば取り返したい。いや、――生存がバレる方がはるかに危険か。諦めよう。



 私は死んだ。極彩の魔法使いルドラウ・ロフセリーは「魂に封印されるの」に失敗しこの世にはいない。ということにしよう。それでいい。



「おい、ロトス。手紙が着ていたぞ。20日後に学園が再開される」


 廊下でバッタリ会った兄はそれだけ言うと去っていった。もともと仲が良くなかったみたいだが記憶を失ったという設定のせいでめんどくさいものを見るような眼差しをする。



(20日か、時間がないな)


 この体は若くて体格もいい。愚直に剣を習っていたようで体力もある。


 しかし、前世の引きこもって研究ばかりしていた自分よりも肉体がやわい。


 剣を振っていた程度の子供の体じゃ弱肉強食のこの世界を生き抜くのに不安でしょうがない。明日から「肉体改造」を実行する。

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