09

「不可思議講義?」

「気にするな、いつもの事だ」

 アカードが諦めたように、エネルラに声をかける。そういえば前の事件でも言った気がする。学校で講義を始める時のお決まりのセリフで、ついつい出てしまうのだ。私は少し苦笑してから、口を開く。

「まずは火事の原因を話す前に、少し整理しましょうか」

 この不可思議を、きちんと理解してもらいたい。しかも、みんな認識できていない物を説明しなければいけないから、丁寧に話していかなければ。

「魔法を使用した際には、魔力の痕跡が残ります、それは皆さんご存じだと思います」

 私が見渡しながら問いかけると、全員が頷いて見せた。魔力の痕跡は、起こった事を分析するための掛かりになる。誰の魔力なのか特定するという事は出来ないけど、状況を踏まえてある程度絞る事ができる。そのため、騎士団の調査隊は魔力の痕跡を調べるのだけど。

「この火事には魔力の痕跡が見つかりませんでした、この事から二つの可能性が考えられます」

 アカードに私は視線を送る。その意味を理解したアカードが口を開いた。

「魔法を介さず自然に発火した、あるいは犯人が魔力の痕跡を残さない方法を使用した、ですか」

「そうです」

 頷いて見せた私に、エネルラは分からないという感じで唸る。

「どちらも聞いた事がありません」

 前代未聞という言葉が、ふさわしいだろうか。ただ聞いた事がないからといって、絶対に起きないというのはありえないのだ。

「窓には、魔法防護がかけられています、そうですね? ドリスさん」

 突然名指しされて驚いたのか、ドリスは少し体を強張らせながら答える。

「はい、それなりの魔法防護がかかってます」

「つまり、外から魔法を打ち込む事と、魔法で窓を開錠して入ってくることは難しい、魔法防護を打ち破れるレベルの魔法となると、白昼堂々なんて目立ってしまって不可能に近い、それに魔力の痕跡が無かったのだから、ほとんどありえない、魔力の痕跡が残らない方法を使用したとしても、不審者の目撃情報が無かった……外から何かをしたというのは可能性がない訳じゃないけど、かなり低い」

 私はそこまで言って言葉を切ると、ドリスに視線を送ってから続ける。

「実はドリスさんを一度疑いました」

 ドリスがその言葉で不快感を覗かせた。一度不快な思いをさせているから、再燃といった感じだ。私は構わず、これまでに考えた事を口に出す。

「ドリスさんが外から自分の家に対して何かをしていても、用事でそういう事をしているのでは、と近所の人は思うでしょう、だから不審者はいなかったか、という問いから除外されている可能性があると思いました」

 そこまで言うと、アカードが自分の番と言う様に声をあげる。

「教授から頼まれましたので、ドリスさんの職場での行動を確認してきましたが、火事があった当日は、何度かの少しの休憩で席を外していますが、その時も同僚の誰かと行動を共にしていたそうです、つまり一人で行動していた時間はなかったそうです」

 アカードの報告についで、エネルラが続く。

「私も頼まれていたので、先入観を無くした形の問いかけで現場周辺の聞き込みをやり直しましたが、当日を含め数日、ドリスさんが何かをしていたという事は無いようです」

 二人の言葉を聞いたドリスが、安心したように息を吐く。

「という事でこれで、かなり自然発火の可能性が高くなりました、私の考えついた説が補強されたという事です」

 嬉しくなって私は笑顔になってしまう。この火事は不可思議学の範疇である。これからの研究が楽しくてしかたがない。

「教授、そろそろ火事の原因を話してください」

 待ちきれない様に急かしてくるアカード。二人には何も話さないで頼み事だけしてしまったから、すごく気になっていたのだろう。別に焦らす意図があった訳ではないから、私は真相について語る事にする。

「では、突き止めた不可思議を説明いたしましょう」

 私の言葉を聞いた皆が、ごくりと喉を鳴らすのが聞こえた。

「まずは、皆さんは日の光に熱があるのはご存じですか?」

「熱? 日差しが暖かいという意味でしょうか?」

 私の真意を推し量る様に、エネルラが問いかけてくる。

「はい、そういう意味です」

 その場にいる全員が、分かっているという感じで頷いた。ただ何が言いたいのだろう、という表情を浮かべている。

「ズバリ言いましょう、火事の原因は日の光です」

 私が声高に告げると、キョトンと音がしそうなぐらいの表情を皆、一様に浮かべる。もちろん考えた事もない事だろうから、当然の反応だろう。やっと動き出せたという感じで、ドリスが問いかけてくる。

「え、あの、日の光で自然に燃え始めたと言うんですか? だとしたら外に出歩いただけで、みんな丸焦げだし、日差しに当たってる物も同様に丸焦げになってしまうのでは?」

 投げかけられた疑問に、アカードとエネルラは同意するように頷く。当然の疑問だろう。

「もちろん日の光だけでは、焦げたり燃えたりしませんよ、いろいろな条件が重なって、発火してしまうようなんです」

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