06

「私はしっかり者です、決してほわほわなどしてません!」

 私がプリプリと怒って見せていると、嬉しそうに微笑んでいたアカードが名残惜しそうに立ち上がる。

「そろそろ俺は戻ります、被害者から話を聞けるように手配しなくては、二人は駐屯所にのんびり戻ってきてください」

「あっ、ありがとうございます……でもそんなに早く話が聞けるんですか?」

 被害者の予定とかもあるだろう。騎士団の権限で強引にするのは可哀相だから、やめておいてほしい。そんな私の疑問にエネルラが答えてくれる。

「まだ騎士団で保護してますから」

「昨日起こった事故ですし、さすがに被害者たちも何か予定があるという事はないでしょう」

 私の心を読んだかのように、アカードがそう付け加えた。私はとりあえず安心して、アカードに対して少し頭を下げつつ口を開く。

「そういう事ですか、ではお願いします」

「いいんですよ、まぁこちらとしても、手を貸していただけるのは助かりますので」

 少し困ったようなアカードの声が聞こえて、頭を上げる。案の定、苦笑を浮かべていた。私から首を突っ込んでいるのに、手を貸していると言ってくれてるし。アカードはなかなかの苦労人でお人好しである。

「では代金は払っておくので」

 それだけ言ったアカードは、席を離れて行った。私はその背中を見送った後、体を机の方に向けた。図々しくも、食後のデザートを頼んでいたのだ。



 私とエネルラは、のんびりと駐屯所への道を歩いていた。エネルラは私と並んで歩こうとせず、一歩引いて後ろからついてきている。私をしっかり視界に納めて、怪しい行動が無いか監視しているらしかった。

 これでは楽しくおしゃべりというのは、望めなさそうだ。私は苦笑しつつ、被害者に話を上手く聞くために、現場で見聞きしたことを整理してみる事にした。

 火事は昨日の昼間に起こった。魔法の痕跡は無し。家人は外出中で家には誰もいない状態。出火したのは家の中。窓から比較的近い所で、洋服ダンスが燃えた。外から魔法で火をつける事は出来なくはないけど、窓には魔法防護があって、それを破るだけの高出力の魔法を、白昼堂々使うのはかなり目立つ。実際、不審者はいなかったから可能性は低いだろう。

 部屋の中には気になる物はなかった。ただ洋服ダンスが、無残に燃え残っていただけ。強いてあげるなら、魔水石が腰高の窓の窓枠に置いてあったことだけど、水は火と関係ないだろう。自然と火が付くという要素と、結びつかない。

 そこまで考えてから、私は思考の方向性を変えてみる事にした。不審者は無し。アカード達の調べを信じるのなら、被害者たちは恨まれるような人ではないという事だから、外部犯も考えづらい。だとしたら残るは内部の人間の犯行である。

 会った事もない人たちだから人となりが分からないけど、夫婦間のトラブルという線もありえる。何かがあってどちらかが怒り、脅しか、亡き者にする為にそういう事をした。もしくはミルコの思わぬイタズラという線。子供は大人の想像を軽く超えてくる。どっちにしても、魔力の痕跡が残らない犯行方法を考え出さないといけない。

「うーん」

 私は両腕を空に向かって伸ばして、伸びをする。なかなかの難題だけど、これは面白いし楽しい。

「……楽しそうにしてますね」

「ギクッ……そそそそんな事は無いですよ」

 私がエネルラの方に顔を向けると、不審感たっぷりの表情を返してくれる。抑えていたつもりだったけど、そんなに楽しそうにしてしまっていただろうか。

「だんだん、あなたは印象的に違うのではないか、と思い始めてきました……なんというか人が良さそうというか、そんな理由のない根拠ですが」

 やっと、わかってくれてきたらしい。私はそんな、アクドイ事をする様な人間ではない。ただ不明な事を追及する、純粋な研究者である。私が嬉しくなって笑顔を浮かべると、それを咎める様にエネルラが首を横に振った。

「でも可能性はあるし、印象で決めてはいけない」

 私は半笑いの状態で固まってしまう。疑いは消えていない。

「……私はバカですか? 融通が利かないバカですか?」

 突然、エネルラは少し苦しそうにしながら、そんな事を問いかけてきた。私は面食らいながら、とりあえず表情を神妙な物に変える。そういえばさっきも似たような表情で、俯いていた気がする。アカードに雑談は別の場所で、と咎められた時だ。

 少し想像してみる。騎士団でこういう性格をしているのは、いろいろと弊害がありそうだ。騎士団は何も、正義の組織という訳ではない。あくまで要人護衛部隊。街の治安維持なんてその付帯業務だ。つまり偉い人の、正義ではない意向に沿わなければいけない場面も出てくるだろう。その場面においてエネルラという融通の効かない正義感の塊は、邪魔者だろう。

「良いと思いますよ……自分の信じる物をつき通すために、そういった偏見なんかに負けてられません、ってね」

 私がウィンクをしながらそう言うと、エネルラが一瞬だけ目を見開いて、それから少しだけ悲しそうに微笑む。

「……強いですね」

「か弱い乙女を捕まえて強いなんて、エネルラさんも見る眼がないですね!」

 私がプリプリ怒っていると、それを見てエネルラが少しだけ笑った。私は安心しながら、目の前に見えた駐屯所に視線を移す。

「おしゃべりしてるうちに到着しましたね」

「そうですね」

 そう答えたエネルラの表情が、少しだけ柔らかい物に変わっていた気がした。

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