05

「えぇっ?! 興味ないんですか……すばらしいとはどういう」

 興味がない、という言葉を直接言われるとさすがにへこむ。というか、すばらしいの言葉の意味とはいったい。

 私の問いかけに、エネルラは少し俯き気味になる。なんだろう。不思議に思って声をかけようとしたところで、アカードが口を開いた。

「寄り道が過ぎましたな、ここは火災現場ですので、雑談なら別の場所で」

「そうでした! 不可思議の探求をしなければ!」

 アカードの言葉で本来の目的を思い出す。私は火事現場を詳しく観察するために、視線をキョロキョロと動かした。どこかに手がかりになる物は無いだろうか。とは言っても、正直どんな物が手がかりになるか見当がつかない。

 とりあえず燃えてしまって残骸となった、洋服ダンスに目を向ける。燃えているから絶対にそうだと言い切れないけど、焼け残ったローブが残骸の中に見えた。

 焼けてしまった洋服ダンスの場所は、窓に近い壁際に置かれている。窓がある壁と垂直になっている壁だ。私は洋服ダンスの残骸を背にして、窓の方に体を向ける。窓の外には通りが見えた。

「比較的窓が近いため、外から魔法を打ち込む事も出来なくはない位置です」

 私が窓の外を見ていたからだろう。アカードが補足するように考えを口にした。確かに魔力の痕跡が残っていれば、その可能性もあっただろう。でも窓の魔法防護の件があるし、何より魔力の痕跡がない。たまたま燃えた場所が、ここだったというだけだろう。

「やってみた事がないので分からないんだすが、窓の魔法防護はどれくらいで突破できるんですか?」

 エネルラが首を傾げつつ、問いかけてくる。

「かなり強力な魔法でないと突破は難しいですね……白昼堂々そんな事をしていたら、確実に人の目に止まっています」

 魔法防護はもちろん残っているし、窓に異変はない。魔法で強引にどうにかしたというのは、まずあり得ない。魔力の痕跡が残らない様に、魔法を使うにしてもやっぱり魔法防護に阻まれる。外から何かをしたというのは、可能性がだいぶ低いだろうか。

 私は他の場所にも目を向ける。部屋の中にはテーブルや椅子、その他、生活に必要な物が揃っている。通りに面していない方の壁には、大きな窓があった。

「何かわかりましたか?」

「……なんにも」

 笑ってごまかす気はないけど、私は笑顔でアカードの問いかけに答える。不可思議はそう簡単に解明できないのだ。人の手によるものじゃないと余計に。今回のこの火事はどっちだろう。自然に起こった事か、人の手によるものか。

「早く白状してください」

 私を疑っているエネルラが、呆れたようにそう口にする。疑いは晴れていない様だ。特に新事実は、なにも出て来ていないから当然ではある。

「……ははは、私じゃないですよ」

 私が笑って流すと、アカードは一度ため息をついて「もう何も言わん」と諦めたように呟く。この子の上司は、大変そうだ。とても頭が固いというか。正義感は強そうだけど。

「現場はこれくらいでいいでしょう」

 とりあえず、この光景はしっかり記憶した。いろいろ情報が集まってきた時に、この光景の中に隠れているかもしれない手がかりに、気付く事もあるかもしれない。

「……出来れば、被害者の方に話を聞きたいんですが」

 そう言い終わった直後に、私のお腹が情けなく鳴ってしまう。そういえば研究の事を考えていて、朝は何も食べていない。

「俺もまだ昼がまだなので、何か食いに行きましょうか」

「……はい」

 私は恥ずかしくなって、俯きながら答えた。没頭している時は空腹を忘れてしまうのに、お腹の虫は普通になってしまう。それも忘れてくれればいいのに。理不尽な恨み言を私は心の中で呟いた。



「美味しかったです!」

 私は空になった皿を前にして、そう声をあげた。大衆食堂は安くておいしくて、庶民の味方である。加えてアカードがご馳走してくれるという事で、さらにおいしく感じた。人のお金で食べるご飯は美味しい。

「それはよかった」

 嬉しそうに微笑んだアカード。それに対してエネルラが、申し訳なさそうに口を開く。

「私まで、すみません」

「いいさ、教授の分まで払って、お前の分だけ払わないなんて、みっともないだろう、そこはカッコつけさせてくれ」

 何でもないようにアカードが笑う。エネルラは小さめに頷くだけだった。それをしり目に私は、テーブルの真ん中に置いてある魔水石に手をかざす。そのつるつるした楕円形の透明な物体の中には、水が圧縮されて大量に入っている。店内の明かりに照らされて、テーブルにその透明な姿が映し出されている。私はそこから魔法で水を取り出して、空になったコップに移す。

「そういえば、あの家、窓枠の所に魔水石が置いてありましたね」

 エネルラは思い出したように言った。あの家とは現場の事だろう。確かに窓枠の所に置いてあった。

「そうだったか?」

 アカードは首を傾げながら呟く。ちゃんと見ていないなかったのか。私は少し呆れ気味に言葉を返す。

「はい、窓枠に置いてありましたね……そんな所に置く物ではないですよね」

 飲み水や洗ったりするのに使う物だから、水を使う場所に置くのが普通である。

「だとしても、そんな重い物ではない、移動させてる途中に一旦置いて忘れてしまったという所でしょう」

 アカードが少し笑いながら、私を見つめて口を開く。

「被害者の方は、教授のようにほわほわとした、抜けている感じの印象でしたから」

 私の様なクールビューティーを捕まえて、なんて事を言うのだ。

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