04
「教授……あまりそのような振る舞いは、被害者が見ていたら神経を逆なでしかねません」
さすがに無視できなかったのか、アカードが苦言を呈する。前に協力した時も、同じような事を言われた。そう言っても興奮する物は仕方がないのだけど。
「……すみません」
現場を追い出されても困るので、私はアカードに反省した姿を見せておいた。一応私だって、被害者の前では自重する。それぐらいの気は使えるのだ。
「……それで情報はそれぐらいですか?」
「一応、ドリスとマリアが、人から恨まれてなかったか確認はしました」
アカードの口ぶりから、なんとなく結果は予想できた。私は先んじてその予想を口にしてみる。
「特に恨まれるような人物ではなかった、ですか?」
「はい、おっしゃる通りです」
ますます、誰かの手による火事の線が薄くなった。いたとしても通り魔的な犯人。でも不審者の情報はない。それに加えて魔法を使った痕跡もない。
「不可思議ですぅ」
私は興奮が抑えきれず、結局両手を小さく上下に振ってしまう。
「……教授」
アカードの呆れた声が聞こえてきた。怒っている様子はない。もう諦めたのか、続く小言は特になかった。代わりにエネルラから、不信感が一杯に込められた声が発せられる。
「やっぱり、犯罪を犯して興奮する変質者ですよ、この人」
「変質者の部分は同意するよ」
アカードは、まさかの同意の言葉を口にした。なんという事だ。変質者はひどいだろう。変人くらいなら言われ慣れてるし、自覚もしているからいいけど。
「お二人ともヒドイですね!」
私は少し頬を膨らませた後、二人に説明するために言葉を続ける。
「先ほども言いましたが、魔力の痕跡がないという事は人の手による可能性は低く、自然にいきなり火が付いた可能性が高いという事です、それこそ魔法のように、少なくとも私は火をつける方法を魔法以外に知りません」
「まぁ、俺も魔法使う以外に、火をつける方法を知りませんが」
アカードがそう言って、エネルラに視線を向ける。エネルラは「私も同様です」と答えた。
「逆に人の手による火事であるなら、その人物は魔法を使わずに火をつけた事になります、そんな方法、もしくは手段を持っている、もしくは何らかの方法で痕跡を残さずに、魔法で火をつけたという事です、痕跡を残さず魔法を使った可能性だった場合はがっかりですが、その他の可能性は不可思議学の範疇です、これで興奮しない訳がないでしょう」
私はたまらなくなって、また両手を小さく上下に振った。
「不可思議学? 聞いた事がありませんが」
私の興奮をよそに、エネルラが疑問の声をあげる。
「教授が勝手にそう呼んでる学問らしい」
アカードの言葉に私は頷いて、補足の為に口を開く。
「そう呼ぶしかありませんからね、なんて言ったって現在の魔法技術の外側の話ですから」
エネルラは、分からないという表情を浮かべる。私は得意になると、人差し指を立ててくるくると回しながら続けた。
「不可思議とは、魔法が使われてないのに、魔法の様な現象を起こす物全てをそう呼んでいます、不可思議学とはそれを研究する学問です……まだ定義がいろいろ曖昧なのはご勘弁ください」
「……魔法が使われていない」
呟きながらエネルラが、焼け焦げた場所に視線を彷徨わせる。まさに今回の火事が、そういう物だ。魔法の痕跡を残さない方法で火をつけていなければ、だけど。
「そもそも不可思議学は、私が人類魔法史を研究する中で見えてきた物です」
私達の文明は別の文明が滅んだあとにできた、いわば二つ目の文明ではないか、というのが私の持説である。そしていろいろな文献や遺跡を研究するうちに、一つ目の文明には魔法が一切存在していなかったのでは、と考えるようになった。でも魔法のような事ができる技術があったのではないかと。
「……という感じで、不可思議学という新しい分野として、研究すべきだと考えた次第です」
講義を一つ終えた様な満足感が、私の中に広がる。知らない事を知った時の、人の表情や反応もなかなか嬉しい物だ。その後興味を持ってくれれば、その話で盛り上がれる同志になってくれる。それはより嬉しい事だ。
「……そういう異端な事をしているから、学校では変人扱いでしょう」
心配そうな表情を浮かべたアカードが、そう口にする。前に私の所に訪ねてきた時に、いろいろ目にしたのだろう。私はその心配に対して、微笑んで見せた。
「自分の信じる物をつき通すために、そういった偏見なんかに負けてられませんよ」
「……強いですね」
アカードが呟く様に言った。私はその言葉に対して「ありがとうございます」と少し頭を下げて見せた。強いという自覚はない。ただ好きだから、興味が止まらないから、それに対して猛進しているだけだ。
「……すばらしい」
エネルラがポツリと呟いた。私はそれを聞き逃さないで、すぐさまエネルラの両手を握る。同志になれるかもしれない、という期待。
「興味を持ってくれましたか! 不可思議学について!」
エネルラはあまり学問に興味を持つタイプには見えなかったけど、見かけによらないな。偏見なんてせずに、話してみるものだ。そうして私が嬉しさでいっぱいになっていると、エネルラが顔を横に振って見せた。
「いえ、それは全く興味がありません」
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