03

「わかりました……エネルラ、自分の仕事に戻れ、教授には俺が付き添う」

 アカードの言葉を聞いて、私は小さくガッツポーズを決める。これで不可思議な火災について調べられる。私が「ではさっそく」と言いかけた所で、エネルラが顔を横に振った。

「お断りします」

「は? 断るって……」

 呆気にとられたアカードの声が、情けなく聞こえてくる。物怖じも上司に盾突いているという意識も無さそうに、エネルラは変わらずキレイな姿勢を保ったまま口を開く。ただ、アカードをバカにしていたり、下に見ていたりする態度ではない。信念を感じさせる目をしていた。

「こんな怪しい人物を庇い付き添うという事は、アカード隊長も共犯の可能性があります、二人だけにすると証拠隠滅等々の行いをするかもしれませんので、私がお二人を監視します」

 もう驚きすぎて、ピタリと時間が止まったように固まってしまうアカード。ややあって、やっとの思いで声をあげた。

「いや! いろいろ飛躍しすぎだろう! 俺が犯人って」

「あはは……まぁ確かに可能性は無いとは言い切れませんね」

 偏りを無くして平等に考えれば、その可能性は無いとは言い切れない。ただ、その考え方では一切の絞り込みが出来ずに破綻してしまう。まぁそれは脇に置いとくとして、エネルラは頑として譲る気のない態度で立っている。私に負けず劣らず、変人である。自分で言うのもなんだけど。

 エネルラの性格をよくわかっているらしいアカードは、一度ため息をついて口を開く。

「しょうがない、気が済むまで監視すればいい……可笑しな命令だ、自分の監視を許可するって」

「あはは……」

 アカードが折れる形で、エネルラの同行は許可された。行くなと言われるよりはマシだ。同行者が一人から二人になるくらいなら、問題ない。私はとにかく不可思議を調べたいだけなのだ。待ちきれない気持ちで、少し体がウキウキ動いてしまう。私は弾んだ口調で二人に声をかけた。

「ではさっそく、現場を見せてください、そして詳細を聞かせてください」



 現場はありふれた一般家庭だった。黒焦げになってはいるけど、洋服ダンスらしき収納家具の残骸がある。不幸中の幸いで、部屋の一部のみが焼けただけだったようだ。腰高の窓の方に目を向けると、窓枠に置かれた魔水石がキラキラと日の光に照らされていた。窓辺の景色だけを切り取ると、背後が丸焦げになった残骸があるという想像ができない。

「火事が起こったのは、昨日の昼間です」

 アカードの言葉に、私は疑問を投げかける。

「昼間? 夜ではなく?」

 勝手なイメージではあるけど、火事は夜に起こるイメージだった。それは誰かが放火するのであれば、夜の闇に潜んでいるから。放火した者がいるのであれば……。

「昼間です……もし放火した者がいるのであれば、白昼堂々犯行に及んだ事になります」

 アカードが私の想像の続きを口した。もちろんそういう事になる。こうなると大胆な犯人という可能性はあるけど、人の手によるものではないという可能性の方が、俄然高いのではないだろうか。不可思議な事象が関わっている。やっぱり私はウキウキと体が動いてしまう。

「やはり怪しいです、この方」

 私が、ウキウキしているのを見たのだろう。エネルラの不機嫌な声が聞こえてきた。アカードはもう何も考えない様にしているのか、私の事も、エネルラの事も咎める事をせずに話を続ける。

「偶然、家には誰もいませんでした、ドリス・ノミラート、この家の主は仕事で不在、その妻マリアと息子ミルコは出かけていたそうです」

 完全に無人の状態だったらしい。誰かが燃え出す瞬間を見ていれば話は簡単だった。それに加えて家の中が発火元のおかげで、近所の方や通行人に話を聞いても、目撃者は得られないだろう。

「おそらく不審者の目撃情報はなかったんですよね」

「はい、おっしゃる通りです」

「あなたという不審者はいましたが」

 アカードを否定するように言葉を重ねるエネルラ。アカードは無視を決め込んでいるらしく、反応はしない。私はそのかわりという訳ではないけど、苦笑を浮かべておく。

「魔力の痕跡もないという話ですよね」

 もちろん、生活するうえで必要な魔法を使った時の魔力の痕跡は除外しての話だ。とはいっても、ありとあらゆる場所に残っている物ではない。残っている場所は限定的だし、発火元に関していえば、魔法を使う場所ではない。つまり誤認もないはずだ。

「はい、かなり入念に調べましたが魔法を使用した魔力の痕跡はありませんでした……何もない魔力的にまっさらな状態です」

 やっぱり魔法が関わらない状態で、火が付いたという事だ。少なくとも私は、火を起こす方法を魔法以外に知らない。にもかかわらず魔力の痕跡はなく、しかし現実には家の中の洋服ダンスが丸焦げになった。

「ふふふ、いいですねぇ、犯人がいたとしても魔法以外の方法で放火している、犯人がいないとしたら自然に火がついている……どっちにしても不可思議! 興味深いです!」

 今まで押さえていたからだろうか、興奮してしまって私はそう口にしながら、両手を小さく上下に振ってしまう。

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