02

 騎士団の駐屯所。結局ここまで連れてこられてしまった。こんな事なら最初から駐屯所に聞きに行っていれば。私を捕まえた女性は私を連れて中に入ると、見覚えのある部屋の前まで来る。ここはアカードの部屋だ。

「失礼します」

 女性はノックをしてそう告げると、返事も待たずに部屋に入る。思い込むと一直線な性格なのだろうか。礼儀正しい印象を受ける子なのに、細かい礼儀が吹っ飛んでいる気がする。

「アカード隊長、例の火災現場で怪しい者を捕まえました」

 いきなり入ってきた事に面を食らっているアカード。それをを無視して女性がそう告げながら、私をアカードの前に突き出す。もう怪しいだけの人間に対しての扱いではなく、犯人を扱うような感じだった。口では怪しいと言っているだけで、この人はおそらく私を犯人と思っている様だ。

「マ、マリー教授?!」

 アカードは驚きの声をあげて、私を見つめた。

「へへへ、お久しぶりです……捕まってしまいました」

 私がそう愛想笑いをすると、アカードがすぐさまエネルラに顔を向けて命じる。

「エネルラ! 手を離せ! マリー教授は怪しい者ではない!」

 私をここまで連れてきた女性は、エネルラというらしい。エネルラはアカードの命を受けて、首を横に振って答えた。

「お知り合いでしたか、しかし、火災現場で挙動不審にウロウロしていました、怪しいです」

 挙動不審に見えてしまったらしい。そんなつもりはなかったけど、まぁ家の敷地内に関係ない人間が入り込んだり、窓の中をのぞき込んだりしていれば、そう思われても仕方がないのかもしれない。

「教授……」

 呆れた様子でアカードがこちらに視線を送る。私はとりあえず愛想笑いを浮かべるだけに留めた。アカードは一度ため息をついた後、エネルラに視線を戻して口を開く。

「その人は大丈夫だ、俺が保証する、とりあえずその手を離せ」

 エネルラが食い下がる様に「ですが」と呟いた。それから私を怪しむ目で見つめる。アカードはその様子を見て、おでこに片手を当てると呆れた様子を見せた。これはいつもの事なのかもしれない。

「お前はほんとに……いいから離せ!」

 アカードはらちが明かないと思ったのか、少し語気を強めて命じる。それを受けてエネルラは、渋々といった感じで私を開放してくれた。

「あはは……ありがとうございます、アカードさん」

 私は掴まれていた腕を軽く擦りながら、控えめに笑って見せる。

「申し訳ない……ですが、教授も悪いですからね」

 アカードは一度頭を下げた後、咎める視線を私に向けながらそう告げてきた。好奇心が止まらなかったと言えば怒らせそうだから、ここは大人しく反省を見せるべきだろう。少し打算的に考えた私は「おっしゃる通りです」と小さくなる。

「お知り合いというだけで、怪しい者を疑いから外してはいけないと思います」

 手を離してくれたものの、まだ疑っているらしいエネルラ。上司たるアカードに、全く物怖じしない物言いだった。なかなかの大物である。アカードはそういう風には捉えていないらしく、頭が痛いという様子でエネルラに返した。

「この人はカタエラ魔法学校の教授だ、過去に起こった事件の協力をしてもらった事もある、エネルラがこの隊に来る前の事だが」

「その節はどうもです……でもあれから全然協力依頼をしてくれないなんて、ヒドイじゃないですか、不可思議な事件が起こったら、すぐに知らせてくださいとお願いしたのに」

 私がプリプリと怒って見せると、アカードは少し赤くなりながら視線を外して答える。

「あぁ、そう申されましてもな……あなたを危険な目に合わせるわけにもいきませんから」

 その態度に私は首を傾げつつ、以前の事件について思い返した。あれは殺人事件で犯人に襲われてしまったのだ。私は「でも」と反論する。

「あの時は危険な目に合ってしまいましたが、アカードさんが助けてくれたじゃないですか、私はアカードさんを信じていますから、怖くないですよ」

 私はアカードに救われた。いつだって駆けつけてくれるのでは、と思わせてくれる。安心感がある。私がその気持ちを表すように微笑むと、アカードはさっきより赤くなり、しどろもどろに口を開いた。

「し、信じていただけるのは嬉しいですが」

 もごもごと口ごもるアカード。どうしたんだろう。仕事で疲れて体調が悪いのだろうか。

「ともかく!」

 突然弾ける様に声をあげたアカードが、仕事モードの表情になって続ける。

「危険があるかもしれない事には、首を突っ込まない様にお願いします」

「でも……殺人事件に比べれば、危険も無さそうですし、何よりこちらの……エネルラさんと言いましたか……私を疑っているようです」

 私が目を向けると、エネルラが明らかに疑いを持つ視線を私に向けていた。それに気づいたアカードが呆れた様子を見せる。

「その疑いを晴らさなければ」

 満面の笑みをアカードに向けて、私はそう告げた。ある意味この件に首を突っ込む口実に、エネルラがなってくれるのはありがたい。

「はぁ……ダメと言っても、教授の好奇心は止められませんよね」

「よくご存じで」

 少しの間だけアカードは頭を抱える様にしてから、決意したように声をあげる。

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