マリー・マリエル教授の不可思議講義

高岩唯丑

01

「はぁ、今日は暖かいですねぇ」

 カタエラ魔法学校の中庭。芝生の上に腰を下ろして、私はそんな事を呟きながら、空を見上げていた。これから暑くなってくる。どうしてこんなに暑さが変わるんだろうか。夏は暑くて、冬は寒い。どこかに魔法的な装置があって、暖かくしたり、寒くしたりしているのだろうか。私達が知らないくらい遥か太古の人が、作物やその他の物を上手く廻すために、そういう物を作ったのだろうか。いつかその不可思議も解明できたらいいな。

「さて、休憩は終わりにしますか」

 休憩をしていたのに、結局研究の事を考えていた。私は自分に呆れて少し笑うと、立ち上がってお尻の辺りを手で払う。

「教授、マリー教授」

 人懐っこい笑顔を浮かべた女の子が、手を振りながら近づいてくる。

「はい、なんでしょう、サーニャさん」

 私の前で立ち止まったサーニャは、含みを持たせた笑顔に変わって口を開いた。

「いい情報を仕入れましたよ」

「あら、なんでしょうか」

 サーニャは学内でも有名な情報通だ。噂好きという方が正しいのか。いつも私の好きそうな話題を見つけると、教えに来てくれる。私の不可思議学の研究のためには、欠かせない情報源になりつつあった。

「なんかですね、ある場所で火事があったらしいんですが、その火事がとてもおかしいらしいんですよ」

「おかしい?」

 私はサーニャの話に引き込まれる。

「魔力の痕跡がない火事だったらしいんですよ」

「それは……不可思議ですねぇ」

 本来火を使う際には魔火石を使う。その火にはもちろん魔力が伴っているから、痕跡が残る。魔法で火を扱う場合も同じだ。もちろん魔力の痕跡が残る。だから事故にしても事件にしても火事があった場合、魔力の痕跡が残るはずなのだ。つまりこれは不可思議学の研究事例になり得る。

「うふふふ、いい情報を頂きました」

「そうでしょう、マリー教授が好きかと思って」

 サーニャは爽やかに笑ったかと思うと、すぐに含みを持たせた笑みに切り替わる。

「それじゃあ、例の件お願いしますよ」

 サーニャは騎士団の調査隊に入隊希望なのだ。それで私が一度騎士団の調査隊に調査依頼をされたのを聞きつけて、こういう話をしに来るようになった。不可思議な話を持ってくる代わりに、調査団に自分の事を話してほしいと毎度頼まれる。私の肝いりなら、後々有利になると考えているらしかった。

「えぇ、わかってますよ……場所はどこですか?」

 私が頷いて見せると、満足したのかサーニャは火事の場所を教えてくれた。そしてそのまま手を振りながら、その場を去っていく。

「では見に行きますか」

 私はウキウキとしながら、教えてもらった場所へと向かう。どんな不可思議が待っているのか。楽しみでしょうがない。



 住宅が並んでいる通り。火事があった家の前に私は立っていた。一階建ての小さめのお家。家全体が燃えてしまうのは避けられたのか、外見には焼け跡はない。私は中が見えないかと思い、敷地内の隣の家との間に入り込んで窓を覗いてみる。もちろん目隠しの魔法がかかっていて、中がどうなっているのか理解できない。

「まぁ当たり前ですよねぇ」

 一般的な家なら窓には、魔法防護に加えて目隠しの魔法があって当たり前なんだけど、もしかしたらと思ったのだ。

「どうしましょうかぁ、調査隊に聞きに行きたいですが、依頼された訳じゃないですし、教えてくれなさそうですしねぇ」

 サーニャには悪いけど、実際私が調査依頼されたのは一度だけだ。親しいと言えるほど調査隊と深い関係ではない。もう依頼をしてくる気はないのではないかと思うほど、音沙汰がないし。

「そこのあなた、何をしているんです」

 どうしようかと悩んでいると、突然厳しい印象の声が降りかかってくる。驚いて声の方に顔を向けると、そこには騎士団調査隊の制服に身を包んだ女性が訝しむ視線を向けて立っていた。

 これはマズイ。原因不明の火事があった現場をうろついている人間なんて、怪しいと思われるに決まっている。

「あっ、これは、いや、なんでもなくてですね」

 なんとか取り繕おうとするけど、それが逆に怪しい態度になってしまった。逆効果。女性の表情がみるみる険しくなり、私の方へ近づいてきた。

「ちちちがうんです、決して怪しい者ではなく」

「詳しい話は駐屯所で聞かせてもらいます」

 完全に疑っている表情を浮かべて、女性は私の腕を掴む。

「い、痛い」

 痛いくらいにかなりしっかり掴まれていて、ビクともしない。犯人に対してやるヤツだ、コレ。ヤバイ、犯人だと思われている。

「信じてください! 違うんです! 私はやっていません!」

「……詳しい話は駐屯所で聞きます」

 こちらを振り返る事もせず、女性は私を通りの方に向って引っ張っていく。全く聞く耳も持ってもらえない。私は最後の抵抗というばかりに、足を踏ん張ってその場に留まろうと試みてみる。でも力を入れた姿勢のまま、ずるずると進んでいくだけだった。

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