悪党たちに捧げる挽歌(4)
黒服が引き金に手をかける。手塚は小見山の前に歩み出た。
「待ってくれ、小見山さん。あんたは俺をスカウトしたいと言っていたよね」
手塚は銃を向けられているというのに怯える様子もなく、飄々としている。
「ああ、それも今は考え直しているがね」
手塚は扱いにくい。小見山は冷めた目で手塚を見やる。
「この人と本気で殺り合う。それで判断してくれたら良いだろ」
手塚は鳴瀬を指差す。あからさまに失礼な動作に鳴瀬はムッとした表情を浮かべる。
「あんたは約束を守る男だよね」
手塚はポケットから黒い鋼のナイフ、オンタリオキメラを取り出して見せつける。
「ふん、やってみろ」
小見山は興味を惹かれたようだ。これまで目をかけてきた暗殺者の鳴瀬と殺人鬼の手塚、どちらが強いのか。
手塚は鳴瀬に向き合う。鳴瀬は背中からケーバー社のファイティングナイフを取り出す。
「お前の執念には感服する」
鳴瀬はネクタイを緩める。
「俺はあんたなしでは駄目なんだ」
手塚は待ち侘びた対峙に恍惚として目を細める。
睨み合い、ジリジリと間合いを測る。鳴瀬がナイフを持ち出すのは初めて見た。この男は殺しのプロだ。あらゆる武器に精通しているはずだ。手塚は興奮に息を呑む。
手塚は牽制でキメラを小刻みに突き出す。鳴瀬はそれを軽く弾き返す。
鳴瀬が口角を上げて笑っている。この戦いを心底楽しんでいるのだ。
手塚は大きく踏み込んだ。鳴瀬の腹を狙い、キメラを薙ぐ。鳴瀬は一歩後退し、ギリギリの距離で回避する。
鳴瀬が手首をしならせ、ファイティングナイフを振る。手塚はキメラでそれを防ぐ。
鳴瀬はさらに間合いに入り、攻撃スピードを上げる。手塚は鳴瀬の猛攻をかろうじて防ぐ。
甲高い金属音がデッキに響き渡る。息もつかせぬナイフの攻防に、小見山は手に汗を握っていることに気がつく。
「鳴瀬の動きは無駄がない。確実に急所を狙っている。それだけに手塚はストレスが蓄積しているはずだ」
長身の黒服が二人の動きを追う。
「手塚の恐れを知らぬ一撃に鳴瀬は警戒している。あの男、命が惜しくないのか」
短髪も二人の戦いに集中している。
鳴瀬の刃が手塚の頬を切り裂いた。手塚は頬に感じる熱にニヤリと唇を歪める。流れる血を指で掬い取り、舌でペロリと舐めとった。
血の味に興奮したのか、手塚は鳴瀬に飛び掛かる。鳴瀬の腕をキメラが切り裂く。鳴瀬も手塚の脇腹を斬りつけた。
二人の流す血でデッキに赤い華が描かれる。
「手塚が押されているな」
黒服が顎髭を撫でる。
「しかし、素人が鳴瀬とここまで渡り合えるとはな」
長身の黒服は感心している。
鳴瀬のナイフが手塚の肩口を貫いた。
「うぐっ」
迸る血を押さえ、手塚は後ずさる。出血に意識が飛び、血溜まりに足を滑らせバランスを崩した。鳴瀬は容赦なく手塚の頬を殴りつける。
手塚は吹っ飛び、デッキに転がる。起きあがろうとしたとき、鳴瀬のナイフが首筋に突きつけられていた。
「楽しかったよ、あんた俺と本気でぶつかってくれた」
手塚は肩で息をしながら青ざめた顔で穏やかな笑みを浮かべる。鳴瀬は小さく唇を噛む。
「殺れよ、終わらせてくれ」
手塚は夜空を見上げ、目を閉じる。鳴瀬は汗ばむ手にファイティングナイフを握り直す。
「きつねさんを殺さないで」
京平の声に鳴瀬は動きを止めた。同時に銃声がして、肩と腹に熱を感じて鳴瀬はよろめく。
「お父さんっ」
京平が叫ぶ。鳴瀬のシャツにじっとりと染みが広がっていく。血圧が下がり、呼吸が乱れていく。鳴瀬はナイフを手放し、デッキに転がった。
「不甲斐ない、君はやはり素人に過ぎない」
鳴瀬に銃弾を撃ち込んだのは小見山だった。止めを刺そうと鳴瀬の頭を狙う。
「やめろ、俺がやる」
手塚は痛みに顔を歪めながら膝立ちになる。ふらつく身体を支えながら、ボールペン型の鉄針を取り出した。
デッキに仰向けに倒れた鳴瀬の顔を覗き込む。唇が青ざめている。このまま放置すれば死ぬだろう。
「あんたに出会えて良かった」
「俺はお前に出会って最悪だった」
鳴瀬は弱々しい笑みを浮かべる。手塚も肩を揺らして笑う。そして目を見開いた。
「さよなら、鳴瀬さん」
手塚は鉄針を振り上げ、鳴瀬の心臓目掛けて渾身の力を込めて振り下ろす。鳴瀬の身体がビクンと跳ね、そして動かなくなった。
手塚は大きく肩で息をする。まだ温かい鳴瀬の頬を血に塗れた手で触れる。
「お父さん」
京平が黒服を振り切って走ってくる。鳴瀬の身体にしがみ付き、泣きじゃくる。手塚は呆然とその姿を見つめる。
「とんだ茶番だった」
小見山が京平の頭に銃口を向ける。手塚は咄嗟に京平を庇い、頭を掻き抱く。無慈悲な銃弾が手塚の肩を抉る。
「何故だ、この子は関係ないだろう」
手塚は痛みに顔を歪めながら小見山を睨みつける。
「この子は私に恨みを抱くだろう。どんな小さな厄災も退けておく。これが人生を安寧に生きる秘訣だ。そこを退け」
小見山は京平を生かしておく気はないようだ。今度は手塚のこめかみに狙いをつける。
「きつねさんとおおかみさんが、わるいあくまをやっつけるんだ」
京平は涙を拭いながら呟く。手塚は京平を抱きしめる。耳元で激鉄が下される冷たい音が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます