悪党たちに捧げる挽歌(3)

 黒服たちがメインデッキに木箱を持ち出す。木箱を開け、中のスチール製の箱を恭しく取り出す。箱の中身は自動小銃だ。赤いドレスの美女三人が取り上げて観客に示す。

「これは新製品の自動小銃です。今やソ連製のAKは過去の遺物、粗悪なコピー品も多く出回り、信頼性に欠けます」

 小見山自らプレゼンを始める。よほど売り込みたい商品なのだろう。


「これは当社が独自で開発した品で、軽量でコンパクト、しかも頑丈。もちろん機能性も追求したまさに芸術品です。その名もシリウス五.五六」

 小見山は誇らしげに声高らかに叫ぶ。美女が銃を両手で持ち上げると、観客は盛大な拍手を送る。このパーティは新製品のお披露目会が目的だったのだ。


 二人のいかつい黒服が頭に黒い布を被せたスーツ姿の男を引っ張り出してきた。黒服は男を柱に縛り付けて布を剥ぎ取る。

「な、鳴瀬さん」

 手塚は思わず叫び声を上げる。小見山は鳴瀬を引き渡すと言った。こんな見せしめの場を用意しているとは。手塚は怒りに奥歯をギリと噛みしめる。


「それではシリウス五.五六の性能を見ていただきましょう」

 小見山の言葉を合図に、美女が黒服にシリウス五.五六を手渡す。観衆から拍手が巻き起こる。生身の人間を使った射撃デモンストレーションを行おうというのだ。

 手塚は必死で展望デッキから階段を駆け下りる。このままでは鳴瀬は5.56 mm弾の餌食になる。


「小見山さん、あんたは嘘つきだ」

 手塚はメインデッキに走り込み、小見山に突っかかろうとする。しかし、瞬時に黒服二人がかりで制止される。

「馬鹿を言うな、約束通り鳴瀬は君にくれてやる。彼は元特級の暗殺者だ。手負いにしておかないと君の手には終えないだろう」

 小見山は口角を吊り上げて笑う。手塚は取り押さえられ、身動きができない。


「やめろ」

 手塚は悲痛な叫び声を上げる。鳴瀬は手塚が暴れる姿を苦々しい表情で見つめている。

「もう一つ演出を用意している」

 小見山がデッキの端を指差す。そこには黒服に捕えられた京平がいた。黒服はナイフを弄び、舌なめずりをしてみせる。

「お父さん」

 京平は目に涙を溜め鳴瀬に向かって小さな手を伸ばそうとする。


「貴様、外道が」

 鳴瀬は頬を紅潮させ、怒りを露わにする。

「的は動かないものだよ、鳴瀬くん。君が大人しくしていたら、子供に危害は加えない」

 鳴瀬は悔しさに血が滲むほど唇を噛む。

「彼には立派な暗殺者になってもらう。天狼を裏切ればどんな目に遭うか、父親役の君が身をもって教えるべきだ」

 小見山は愕然とする鳴瀬の姿に満足した様子で目を細める。


 鳴瀬は京平を見やる。京平は泣き出したいのを我慢して、父の目をまっすぐに見つめている。

―これがお前に見せられる最後の姿だ。誇りだけは忘れるな。

 鳴瀬は穏やかな笑みを浮かべる。そして小見山を鋭い視線で射貫く。小見山は鳴瀬の覚悟の視線から堪らず目を逸らした。

「やれ、殺してもいい」

 シリウスを手にした黒服に囁く。


 黒服はシリウスを構え、鳴瀬に狙いをつける。デッキは観衆の緊張が漲っている。手塚は黒服に羽交い締めにされて口元を塞がれ、叫びにならない声を上げる。

 黒服が引き金に手をかける。鳴瀬の額から脂汗が流れ落ち、デッキにぽつりと染みを作った。


 パン、と乾いた音が響く。目を逸らすもの、鳴瀬に注目するもの、観衆は息を呑む。すぐに二発目の銃声が轟いた。

「ぎゃっ」

 叫び声を上げたのは黒服だった。シリウスを取り落とし、片膝を突く。両肩口に銃弾が貫通していた。スーツに黒い染みが広がっていく。手にべったりついた血を見て黒服は震えている。


 鳴瀬は弾道を読み、左斜め上の展望デッキを見上げた。黒服は何者かに狙い撃ちされたのだ。鳴瀬は驚きに目を見開く。

 そこにはステアーSSG69を手にした九番街マスター、吾妻の姿があった。あのスナイパーライフルは早川暗殺のために吾妻に注文した品だ。まさか、あのまま持っていたとは。

「昔取った杵柄でね」

 吾妻は鳴瀬に手を振る。小見山の側近の黒服たちが吾妻を狙い、銃を発射する。吾妻は慌てて身を隠した。

 

 メインデッキは逃げ惑う観客で大混乱に陥った。

 鳴瀬は腕時計の針を抜き取り、手錠を解錠する。痣が出来た手首をさすり、舌打ちをする。襲いかかってきた巨漢の黒服の腹に、鳴瀬は開いた手錠を突き刺した。

「ひぃいいいっ」

 黒服は腹を押さえてデッキに倒れ、身悶える。

 

 混乱に乗じて手塚はポケットに潜ませておいたボールペン型の鉄針を取り出し、黒服の太腿に突き立てる。

「ぎゃっ」

 男は叫んで手塚を解放する。手塚はもう一人の黒服の頬を真横から鉄針で突き刺す。黒服は血塗れの頬を押さえて泣きわめく。


「皆さん、落ち着いて。客室に避難してください」

 黒服に守られながら小見山は叫ぶ。社運をかけた新製品のお披露目パーティを潰され、臓腑が煮えくりかえる思いに呼吸を荒げている。

 観客たちは散り散りに逃げて行く。鳴瀬は混乱の中、京平を探す。京平を連れた男は姿を隠したようだ。


 混乱が収まり、メインデッキには手塚と鳴瀬、小見山と五人の黒服だけが残っている。小見山は怒りにこめかみを震わせている。上品な紳士然とした佇まいはすでに無い。黒服たちは手にした銃で鳴瀬と手塚に狙いをつけている。

「貴様、よくも大事なデモンストレーションを潰してくれたな」

 小見山は鳴瀬と手塚を交互に睨み付け、乱れた前髪をかき上げる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る