えっ? 公爵令嬢って騎士の妻になるには、足りないところだらけなんですか?

uribou

第1話

 公爵令嬢。

 それはこの世で最も我が儘が許される立場ですわ。

 何故なら貴族の中で公爵は一番高位だし、お父様みたいにお仕事があるわけじゃないし、王族のように公務があるわけでもありませんもの。


 わたくしはローラ。

 スタンフォード公爵家の長女にございます。

 欲しいものもほぼ手に入るのですわ。

 そして先日ついに是が非でも手に入れたいものを……きゃっ!


「でもローラとエイブラム伯爵令息との婚約なんて、以前から決まっていたようなものではないですか」

「以前から……運命だったのですね」


 わたくしとお茶会しておりますのは、親友で同い年の第二王女ジャスミンですわ。

 何故でしょう?

 呆れたような顔をしてますけれども。


「ローラは昔からエイブラム様エイブラム様って言っていましたよね。いつからでしたっけ?」

「初めてお会いした三千六百七十七日前からですわ」

「あなたの記憶力は別のことに生かした方がいいのではなくて?」

「でもエイブラム様は格好いいのですもの」

「どうして逆接なの?」


 エイブラム様はわたくしよりも二つ年上の一八歳。

 とにかくイケメンなのです。

 フェントン伯爵家の三男で、今春王立学院を卒業して王国軍の騎士となりました。

 とにかく優しくてハンサムなのです。

 誇張なしで、初めてお会いした時にもうわたくしの夫はこの人しかいないと思ったものです。

 とにかく見目麗しくて、わたくしを大事にしてくださるのです。

 

「実際に婚約者になると感慨ひとしおですから。わたくしのことを『ローラ』と呼んでくださるようになったのですよ」

「恋愛脳ねえ」


 ジャスミンが冷めているだけなのですわ。


「まあエイブラム伯爵令息がスマートでできた男性であることは認めますけれども」

「でしょう?」

「ローラが幸せならばいいわ。でも砂糖漬けのあまーい話はほどほどにしてね。聞いているだけで太ってしまいそう」

「ところが思ったよりエイブラム様が喜んでいるような気がしないのです」

「あら、いつもの惚気とテイストが違うわね」

「どうしたのかしら? 少々心配なのです」

「私にはわかる気がするわ」

「えっ?」


 わたくし以上にエイブラム様のことがわかる?

 いやいや、そんなことは……。


「理由聞きたい? ローラは天才だけれどもバカだから気付かないのではなくて?」

「気付かない? 何にでしょう。それにしてもバカって……」

「ローラは天才だけれどもおバカさんだから気付かないのではなくて?」


 丁寧語にしろという意味ではなかったのですけれども。

 わたくしは学院での成績はいいです。

 天才と言われることも多く、特に魔法学経営学は得意中の得意です。

 ですがどうも他人の心情に疎いところがあるのは自覚しています。

 ジャスミンの意見を伺いましょう。


「理由を聞きたいです」

「エイブラム伯爵令息はストイックで甘えたところのない方でしょう?」

「はい」


 エイブラム様は性格もおよろしいですから。


「そしてあなた達の婚約に反対する人は誰もいなかったわね?」

「もちろんですよ」

「フェントン伯爵家の方々はスタンフォード公爵家と関係ができて嬉しい。あなたの御両親は娘の願いをかなえてやれてよかった。そしてクリストファー様は妹であるあなたが公爵家に居座ることがないから万々歳、そういうことよ?」


 クリストファーはわたくしの兄で、スタンフォード公爵家の嫡男です。

 近々ジャスミンと婚約が成立しそう。

 つまりジャスミンはいずれわたくしの義姉になるのですね。


「悪いことじゃないでしょう?」

「ええ。でもエイブラム伯爵令息にとってはどうかしら?」

「……わたくしのような顔も頭も性格もいい娘が婚約者で嬉しいと思うのですけれど」


 わたくしだって格好のよろしいエイブラム様の横に立って、そうそう見劣りしないくらいの自信はあるのですけれども。

 ふう、とジャスミンがため息を吐きます。


「わかってないわね」

「何がですの?」

「エイブラム伯爵令息は騎士でしょう?」

「とても凛々しいですのよ」


 エイブラム様は王国騎士の制服がとてもお似合いになります。

 学院時代も剣術や槍術はお得意でしたから、騎士はピッタリのお仕事だと思います。


「騎士のお給料って、どれだけだか知ってる?」

「えっ?」


 お給料?

 考えたことがなかったですね。


「騎士は結構な高給よ。でもそれはお金がかかるからなの」

「そうですの?」

「ええ。装備品消耗品だけでも大変だって聞いたわ。公爵令嬢であるローラがやりくりできるかというとどうかしら?」

「で、でもわたくし……」

「もちろんローラに物欲があまりないのは知ってるわ。でもあなた、家庭のことなど何もできないでしょう? 使用人を雇うのにもお金がかかるのよ?」


 さあっと血の気が引きます。

 わたくしがエイブラム様のお荷物になってしまう?


「ローラは公爵様にねだって使用人を派遣してもらう気かもしれないけれど、それは夫の収入で家庭を維持できないという評価になってしまうのよ」

「ひょうか?」

「あなたは天才で、かつ欲しいと思えば何でも手に入る身分だったから、今まで評価を気にして生きてきたことなどないでしょう。結婚すると違うわ。評価を落とすと最愛の夫がバカにされてしまうのよ」

「わ、わたくしが婚約者だとエイブラム様がバカにされてしまう?」


 一大事ではないですか!


「今のところエイブラム伯爵令息が悪く言われる理由はないわ。何故なら可愛らしい公爵令嬢を落としたという評価のはずだから」

「なるほど、これからが大事ということですね」

「私の見るところ、騎士という道を選んだエイブラム伯爵令息は自立心が高く、結構な自尊心もある人だわ。それはいい男の条件ではあるけれども、嫁の一人も養えないと言われることは本意ではないと思う」


 ジャスミンの言う通りです。

 どうしてわたくしはその程度のことに気が付かなかったのでしょう?


「だからローラは努力する必要があるの。あなたはやればできるのだから、騎士の妻として必要な技量、例えば料理や……」

「わかりました。わたくしが稼ぎます!」

「思考方向がそっち行ったかー」


 あれ? ジャスミンが遠い目をしていますよ。


「まあいいでしょう。ローラが家事なんてムリですものね」

「ムリですね」

「お金儲けというのは今までローラの考えていなかったことかもしれませんが、あなたなら何とかなるのでしょう」

「応援してくれます?」

「もちろんよ」


 ジャスミンが真剣な顔をしています。


「いいこと? エイブラム伯爵令息があなたとの婚約が正式に決まったのに、喜んでいるような気がしないというのは正解でしょう。おそらくローラに、模範的な騎士の妻たることを望んでいるからだと思います。それを身分が上のあなたに伝えなければいけないので、気を引き締めているのでしょう」

「ジャスミンは何でもわかってしまうのですね。すごいです」

「本当にすごいのはローラですけれどもね。ともかくエイブラム伯爵令息があなたに望んでいる騎士の妻としての振る舞いと、ローラが考えている騎士の妻との間には相当な乖離があると思われます。この差をどうにか埋めなければなりません」

「どうにかなりますの?」

「なります。先制攻撃です」


 ふむふむ、ジャスミンの考えをありがたく拝聴いたしましょう。


          ◇


 今日は我が家でエイブラム様とお茶会です。

 準備を万端に整えて相対します。

 はあ、エイブラム様美形。


「エイブラム様。少々お話よろしいでしょうか?」

「何だい? ローラの言うことは聞いておかないとね」

「わたくし、このままエイブラム様の妻となってはいけないような気がするのです」


 あっ、エイブラム様ったら、期待と不安が半々の顔ですわ。

 わたくしが騎士の妻として至らぬことを自覚したのか、あるいはくだらぬ要求でも言い出すのかどっちだというお考えに違いありません。

 わたくしの女の上げどころです。


「わたくし、残念ながら家事の心得はありませんので、その面ではエイブラム様のお力になれないと思うのです」

「そんなことはないよ。ローラが努力家だということはよく知っている。今からでも全然……」

「ですので、わたくしの得意分野で必ずやエイブラム様に貢献してみせます!」

「えっ、得意分野?」


 エイブラム様が首をかしげています。

 計算通りです。

 ジャスミンと立てた作戦を思い出します。


『いいこと、ローラ。あなたが得意分野で貢献すると宣言したら、エイブラム伯爵令息は必ず興味を持ちます。あなたに向かって騎士の妻たる精進をせいと言いだす前に先制攻撃しなさい』

『わかりましたわ。具体的に何をすればいいですの?』

『そこはあなたの考えどころだわ。一般に騎士の妻は夫の無事を祈って刺繍のハンカチなどを贈ったりするでしょう?』

『聞いたことがありますね。でもわたくし、刺繍はへっぽこですので……』

『あなたの頭脳の出番よ。刺繍なんかより確実に騎士たる夫の助けになる秘密兵器か何か、ありませんの?』

『ええと……あっ! 魔法剣のアイデアがあります!』

『イケるわ! さすがローラ!』


 魔法剣魔法剣と。

 よし、作戦通りに。


「エイブラム様がお使いの剣を見せてくださいませ」

「いいけど……」

「コピーを取らせていただきますね」

「コピー?」


 何を始めるのかって顔も素敵です。

 コピーの魔道具を使って、剣の写しを取ります。

 エイブラム様が感心しています。


「へえ。形はそっくりだね」

「ありがとうございました。剣はお返しいたします。このコピーから、さらに材質変換した剣を作り出します」

「ああ、なるほど。随分簡単に新しい剣ができてしまうんだね」

「はい。試作品ですが完成です。何でも斬れる剣です」

「は?」


 あっ、これではわかりませんね。

 説明が必要です。


「配合比率は内緒ですけれども、特殊な魔法金属を数種使用しております。効果としては、気合を入れるほど切れ味が増すというものです」

「す、すごいね」

「エイブラム様ほどの腕でしたら、実体を持たないゴーストだろうが硬い岩壁だろうが問題なく斬れると思います」

「ちょっと試していいかな?」

「もちろん。これはただの試作品ですので、御不満があれば聞かせていただきたいです。庭に試し斬り用の大石を用意させてあります。そちらをお使いください」


 ああ、エイブラム様が剣を振るう勇姿を見ることができるわ!

 眼福だわ!


「やあっ!」


 素敵!

 一振りで大石が真っ二つですわ!


「エイブラム様、素晴らしいです! お見事でございました!」

「えっ? いや、あの、ほとんど抵抗なく斬れるんだけど」

「エイブラム様の裂帛の気合の賜物ですわ!」


 はあ、さすがはエイブラム様。

 何度でも惚れ直してしまいますわ。


 そうだ、油断してはいけません。

 ジャスミンのアドバイスがあるのでした。

 ここでわたくしが普通の騎士の嫁のようにはなれないことをすまながるのでしたね。


「申し訳ありません。騎士の妻は夫の武運を祈って刺繍を贈るものなのだそうですが、わたくしは不器用なのです。刺繍の代わりにこんなものしか作れませんが、どうぞお使いになってください」

「何を言っているんだ! ローラはこんなに素晴らしい剣を作ることができるじゃないか。ああ、私はローラのような婚約者を得られて幸せだ!」


 これほどエイブラム様に喜んでいただけて嬉しいです!

 いけないいけない。

 まだ第一段階でしたね。

 ジャスミンの言葉を思い出します。


『ローラは天才ですから、エイブラム伯爵令息に認めさせることは簡単だと思いますわ。でも我慢させることはあってはならないでしょう?』

『もちろんですわね』

『あなたに家事ができるとは思えません。いや、それは私も同じですけれども、ムダだと思うからです。使用人の仕事は使用人にやらせるべきです』

『ですから私が稼いで使用人を雇えばいいのでは?』

『わかります。しかし一工夫必要だと言っているのです』

『一工夫?』

『いいこと? ローラがただガムシャラに働いて稼ごうとすると、エイブラム伯爵令息はこう言われてしまうの。公爵家からもらった妻に働かせて自分はのうのうとしている。甲斐性なしだと』

『ええっ? 実によろしくないですわ。どうしたらいいのかしら?』

『そこをあなた御自慢の頭脳で考えるのです。稼ぐ手段が商人っぽいのでは、何だかんだと後ろ指を指されますわ。騎士の妻らしい、もしくは社会貢献に関わるものがいいですわ』

『む、難しいですわね』


 社会貢献社会貢献と。

 エイブラム様に言います。


「孤児を独り立ちさせる事業を起こしたく思うのです。エイブラム様はどう思われるでしょうか?」


 これぞ第二弾の提案。

 単に孤児院を慰問するとかではなく、孤児に積極的に教育を授けてスタンフォード公爵家とフェントン伯爵家が後ろ盾になることにより、身元を保証するのですわ。

 こうすれば人材派遣業として成り立ちます。

 でも……。


「素晴らしいことじゃないか」

「事業が回り始めると追加投資が必要なくなるどころか、儲けも出る計算です。しかしどうしても初期投資は大きくなってしまうのです」

「そうだったか……」

「エイブラム様には御迷惑をおかけいたしません。わたくしが他の事業を起こして金銭を稼ぐことをお許し願えませんでしょうか?」


 孤児から育成しようと思うと、実際に働ける人員が出始めるまでは持ち出しになります。

 この策唯一のウィークポイントです。

 お父様からお金を借りることも考えましたが、エイブラム様が甲斐性なしと言われる原因になってしまうでしょう。

 ならばなるべくわたくしが目立たぬようにお金を稼いで、人材派遣業が成り立つまで支えることができれば……。


「つまり、ローラの魔法剣を騎士全員に売ってもらえるということか?」

「えっ?」


 そういう事業は考えていませんでしたけれども。

 というか売れるものなのでしょうか?

 剣は槍と違って補助武器なのですよね?

 魔法剣は結構な価格になってしまいますので、負担が大きい気がしますが。


 しかしエイブラム様は自信ありげに言います。


「騎士ならば誰でも欲しがると思う。隊列で用いる槍は揃っていないと話にならぬが、剣は自由が許されるんだ。あれほどの切れ味なら垂涎の的だ」

「そうなのですね?」

「まず私が試用してみて、様子を見ながらになるが」

「わかりました」


 エイブラム様の仰る通り、魔法剣を作る工房を拵えましょう。

 様々な魔道具を作って売ればいいですね。

 問題が一つ解決しました。


「ローラ、君は素晴らしい」

「いえ、素敵なのはエイブラム様です」


 わたくしはエイブラム様の婚約者で本当に幸せなのです。


          ◇


 魔法剣は騎士の正式装備として採用されました。

 騎士団が地方へ派遣された際、盗賊退治魔物退治にエイブラム様が大活躍されたからです。

 槍よりも剣が役に立つ場面というのは結構あるものなのですね。

 わたくしの工房は魔法剣の製造とメンテナンスで潤うことになりました。


 考えてもいなかったことではありますが、何とわたくしが騎士を支える婚約者として理想的であるとして表彰されました。

 そんなことありませんのに。

 苦し紛れのアイデアなのに恥ずかしいです。


 また試しに売り出してみた、お年寄りをケガからを守る魔道具『転ばぬ先の杖』がまさかの大ヒット。

 高齢者福祉について考えているということで、工房の評判も上がりました。

 今後もリーズナブルで役に立つ一般向け魔道具を開発していこうかと思っています。


 工房の収入だけで十分に生活は成り立つのですが、口に出してしまった手前、孤児を独り立ちさせる事業も始めております。

 事業としてはまだまだですけれども、スタンフォード公爵家とフェントン伯爵家の社会貢献をアピールすることにも役立っています。

 これはこれで将来が楽しみです。


「ローラ」

「はい、何でしょうエイブラム様」


 わたくしの学院卒業を待って結婚いたしました。

 新婚ほやほやです。

 ああ、今日もエイブラム様は麗しいわ。

 休暇の日くらいゆっくり寝ていらっしゃればよろしいのに。


「芝居の券を二人分もらったんだ。見に行かないか?」

「まあ、いいですね。よろしいんですの?」

「もちろんだよ。愛する妻のためだからね」


 ああ、幸せです!

 これもジャスミンのおかげですね。


 ジャスミンは私の兄クリストファーと結婚いたしました。

 時々愚痴を聞かされますが、まあまあ満足できる結婚生活のようですよ?


「行こうか」

「はい」


 エイブラム様にエスコートされて外へ。

 公爵の娘としては気安い暮らしだと思います。

 でも私はこういうのがいいんです。


 ニコと笑いかけてくれるエイブラム様。

 幼かった頃に一目で恋に落ちたその顔、大好きです。

 そして現在に至るまでずっとお優しい。

 差し出してくださる腕をぎゅっとします。

 エイブラム様、これからもずっとお慕い申しております。

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えっ? 公爵令嬢って騎士の妻になるには、足りないところだらけなんですか? uribou @asobigokoro

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