8話「祓い屋と霊能者」

 その夜、二人はまどかが入院する病院に赴いた。


「こんな時間にきてどうするんだ。面会時間はとっくに終わってるだろ」

「霊は夜に活発になるんです。だから早く対処しないと間に合わなくなる!」


 一目を忍んでこそこそ動く美夜に対し、神流水は堂々としたものだ。


「なんでそんなに堂々としてるんですか!」

「コソコソしてたほうが逆に怪しいだろうよ」


 この男は美夜の前で演技をすることを辞めたようだ。

 呆れながら病院の入り口に向かっていると、扉の前で花束を持っている男性が目に入った。


「あ……」


 彼は美夜に気付くとぱっと顔を明るくした。


「朝霧さんのお友達、ですよね。名前はたしか望月美夜さん」

「ええ。その……貴方は」

「俺は、東堂です! まどかちゃんと同じ大学で、同じクラスの」

「そうなんですか」


 彼はにこにこと笑っている。

 笑顔が優しいとても穏やかそうな人に見えた。


「いつも、まどかさんあなたの話をしているんですよ。美夜、美夜って楽しそうに」

「……まどかったら」


 一体友達にどんな話をしているんだと、照れくさくなってしまう。


「この間も、一緒に喫茶店にいましたよね。まどかちゃんはカフェラテが好きなんですね。砂糖はいつも多めにいれて甘くしてる……」

「え……」


 なにかがおかしい。

 目の前の男が途端に不気味に見えてきた。

 だって、あの喫茶店にはまどかと自分の二人だけだった。それなのに何故彼がまどかが注文したモノをしっている。


「あなた……」

「おい、美夜」


 背後から神流水の声が聞こえた。


「お前、誰と話してる」

「――え?」


 神流水は怪訝そうにポケットに手を突っ込んで立っている。

 冷や汗が流れた。


「誰って……今、目の前に」


 静かに指をさす。

 東堂は不気味な笑顔を浮かべたまま、花束を抱えて立っていた。

 目を細め、神流水は呆れたように首を振る。


「残念だが、俺にはなにも見えないよ。ただ、悪そうなモンがそこに漂ってる感じがするだけだ」


 お前はなにを見ているんだ?

 その瞬間、背筋がぞっと凍り付いた。


「え……じゃあ、この人は……」

「生き霊だな。そこまでまどかが好きなのか」

「僕は、まどかちゃんを愛しているんですよ」


 にこりと微笑んだまま彼は機械のように呟いた。


「愛してる。愛してる。僕だけの物。まどかちゃん、愛してる」

「――っ!」


 すると影に呑まれるように男が突然姿を消した。


「消えた! 神流水さん、男が消えました!」

「……生き霊なら、本人のところに向かったんじゃないか?」


 ばっ、と美夜は顔をあげる。


「まどかの病室! 五階の一番奥です!」

「走れってか?」

「当たり前です! もし間に合わなかったら、警察に突き出しますよ!」

「おお、怖い怖い」


 脅すようにボイスレコーダーを押しつければ、仕方なしに神流水が走り出す。

 もう忍んでいる場合ではなかった。

 看護師の制止を振り切り、五階のまどかの病室まで一気に駆け抜ける。


(まどか、まどかまどか――!)


 絶対に助ける。

 こんな自分にできたたった一人の大切な友人なんだ。自分のせいで悪霊に取り憑かれて死ぬなんてそんなの絶対に嫌だ!


「まどか!」


 病室に入った途端、信じられない寒気がした。


「――っ!」

「まどか。まどかまどかまどかまどかまどかまどか」


 まどかの枕元に東堂が立っていた。

 花束を抱いて。真っ黒な恐ろしい顔で、まどかにキスでもしそうなくらい顔を近づけて、その顔をじっと見ている。


「まど……か!」


 そのあまりの禍々しい冷気に圧倒され、美夜は金縛りにあったように動けなかった。


(ちくしょう……まどか!)


 やっぱり自分はなにもできないのか。

 このまま友人が呪われて朽ちていく様を、指をくわえて見ていることしかできないのか。なんて無力。

 その時、美夜の横を黒い男が通り過ぎた。


「な――」

「呪うほど人を好きになるなんて、凄まじいパワーだな。俺は信じられねえよ」


 平然と神流水は動いていた。


「なんで動けるんですか」

「逆になんでお前は固まってんだよ。遊んでんのか?」


 なんてバカにされた。


「動け、ないんですよ。なんでなんにも感じないんですか。あなたが馬鹿ですか?」

「はっ、口だけは達者なこって」


 美夜を鼻で笑いながら、神流水はまどかの元に歩み寄るとその腕にブレスレトをはめた。


「とりあえず、今だけ貸しておいてやるよ」


 するとスーツの内ポケットから数珠を取り出し、手を合わせる。


「おい、兄ちゃん。離れろよ。そんなにシツコイと女の子にもてねえぜ?」


 そしてまどかの額に人差し指と中指を二本、当てた。

 なにやら念仏のようなものを唱え、とん、と軽く額を小突く。


「――でていけ。お前の居場所はここじゃない」

「ぐぅ――うぐあああああああああああああ!」


 その瞬間、ぱん! とブレスレットがはじけ飛んだ。

 東堂が苦しみ消えていく。

 まどかを覆っていた黒い靄が凄まじい勢いで離れていく。

 それはまるで本物の祓い屋のようだった。


「お、顔色がよくなったな。どうだ? 出て行ったか?」

「――ええ。出て行きました。もう、なにもついてない」


 金縛りが解けた美夜はその場にぺたんと腰を落とした。

 本当に一瞬だった。この自称祓い屋詐欺師は本当に霊を払ったのだ。本人はなにも気付いていないようだけれど。


「そうかいそうかい、それはよかった」


 満足げに笑って、神流水は床に飛び散ったターコイズを一粒拾う。


「これで一件落着、だな」


 ころん、と美夜の掌にターコイズを転がす。


「そのターコイズだけどね。魔除けの他にも意味はあるんだよ。良い友人を連れてきてくれる」


 よかったな、と美夜の肩に手を乗せると神流水はその場を立ち去った。

 それから間もなく、看護師や医師が慌てて駆けつけ、おまけに病院の前で倒れている東堂も発見され――美夜は警察やら病院やらで事情聴取を受け、それはもう面倒事に巻き込まれたのであった。

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