9話「金と縁」
後日、美夜は神流水を喫茶店に呼び出していた。
「ありがとうございました」
「いいや。まどかちゃんが無事でよかったよ」
にこりと笑う。人目がつくところではあの本性はひた隠しにしているようだ。
「あの後大変だったんですよ。警察は来るし、看護師さん達には怒られるし」
「まあ、そうだろうと思ってさっさと帰って良かったよ」
けらけらと笑いながら神流水はコーヒーを啜っている。
「あれは一体……東堂って人はなにも覚えてないって」
「あれは生き霊だろう。本人に取り憑いている自覚がないのが面倒なんだよな」
「……この間告白されて、断ったんです。まだ入学したばかりで、わからないから友達のままでっていわれたそうですよ」
「それを根に持ってたってことだね。いやあ、色恋沙汰はめんどうくさいねえ」
なんて他人事のように呆れて笑っている。
「神流水さん、幽霊のこと詳しいですよね」
男の眉がぴくりと上がる。
「仕事柄勉強はするからね。霊の知識と祓いの知識はあるんだよ」
さっと神流水が視線を逸らす。どうやらこれ以上詮索するな、ということらしい。
「ああ、そうだ。美夜ちゃんにこれを渡そうと思ってね」
神流水が差し出したのはターコイズのブレスレットだった。
「飛び散ったやつ。練りターコイズは壊れてしまったけれど、これは残ったから」
あのブレスレッドの中には本物のターコイズが入っていた。
その欠片と新しいモノを結び、神流水が作り上げたようだ。
「ほんのカケラで商品価値は殆どない。まぁ、多少の魔除けにはなるだろう」
「わざわざ作ったんですか?」
「アフターケアは万全だからね」
にかりと笑う。
「ターコイズは友の石。だれかから贈ることでさらに効果は増す」
「買いますよ」
「ただ。金額が問題です。実は前のブレスレット質屋で鑑定してもらってたんですよ」
「ええ?」
神流水の眉が上がる。
「査定価格は三千円。ターコイズは本物だけど、一番ランクがしたのクズ石を使っている。十万円の価値はない」
「でも、このブレスレットのお陰でまどかちゃんは救われた。友情はプライスレス。信じるものは救われるって言葉を知らないのかい?」
「その付加価値がついたとしても、相場の三十倍はぼったくりにもほどがある」
互いに一歩も譲らない、攻防が続いていく。
「せめて半額の五万円でいかがです」
美夜の口からその言葉が出た瞬間、神流水は鼻で笑った。
「俺は君に脅され、お祓いまでしてやったんだ。俺がいなければお前のお友達はどうなっていたよ」
「ぐっ……」
「お友達の命を救ってやって、三千円で済ませろなんておかしくないか? 寧ろ値上げしないだけ感謝してほしいんだけど」
ぐうの根もでない。美夜はしばらくぐぬぬと呻くと、財布から札を二枚取り出した。
「……あれ? 諭吉さんがあと八人くらい足りないんだけど?」
「すみません。今手元にあるのはこれしかありません……分割、できますか」
「あはは! いいよいいよ、無利息無金利で待ってあげる!」
満足げに神流水は笑い、毎度と美夜の肩を叩くとそれはもうご機嫌そうに去って行った。
「じゃあね、金の縁が切れるまで君とは楽しい日々が過ごせそうだ」
「っ、この詐欺師!」
ちゃっかり伝票を置いたまま姿を消した神流水に、美夜は拳を振るわせるのであった。
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