7話「金の価値」

 その夜、美夜は近所の公園にいた。

 ベンチに座りあの男の到着をじっと待っている。


「――やぁ、お待たせしてごめんね」


 闇に紛れるようにスーツ姿の神流水が現れた。

 待ち合わせ時間からとうに三十分が経とうとしているが、本人に悪びれた素振りはない。


「それで、頼みたいことってなにかな」

「……貴方は本当に霊が祓えるんですか」

「さぁ、どうだろうね。詐欺師の戯事かもしれないよ」


 しらばっくれる神流水を美夜は真剣に見つめる。


「私は、この世の者じゃない変なモノが見えてしまう。だけど、見えるだけでどうすることもできないの」

「……だから?」

「まどかについているのは、とても悪いモノ。早くどうにかしないと、彼女の命が危ないの」

「君が僕が折角売ったブレスレットを手放させたからだろう?」


 その言葉に美夜は悔しそうに拳を握りしめた。

 彼のいうとおりだ。自分が招いた事態だ。だが、もう自分ではどうすることもできない。だけど、たった一人の友人を失うわけにはいかない。美夜はなんとしてもまどかを救いたかった。


「あのブレスレットに本当に力があるのなら、法外な値段で売りつける必要なかったでしょう」

「ねぇ、美夜ちゃん。お寺の卒塔婆の原価って幾らだと思う?」


 突然の言葉に美夜は首を傾げた。


「ただの木の板一枚だ。それに坊さんが字を書く。場所によっては卒塔婆に文字を印刷をする寺もあるそうだ。あれを、檀家は一本数千円から数万円で買う。なんのためか。先祖を供養するための、安心を買うんだ」

「それは……」

「そう。それは詐欺じゃない。効果があるのかないのかも分からないけれど、皆ありがたいと思って支払っている。お布施はお気持ちの金額だ、とはよくいうだろう?」


 神流水はくすくすと笑いながら煙草を吹かす。


「僕を詐欺師だという君も間違いではない。事実、僕は虚偽を言っているからね。ああ、そうだよ。実のところ僕は詐欺師だよ。人にあってもないことを言い、不安にさせて、商品を売りつける。それが商売だ。だが、店の仕組みも同じだろう。同じ商品でも一般の居酒屋と高級料亭じゃ、値段が違う。金の価値は人それぞれさ」

「詐欺だと認めるの?」

「さぁ、僕を恨んでいる奴は少なからずいるかもしれないからねぇ」


 なんで彼が美夜にこんな話をしたかはわからない。


「なんでそんな話を」

「いや、君だって自分のことを話しただろう。僕だけ黙っているのはフェアじゃないからね。君は嘘をつけない。だが、他人の嘘を見破る力はある。だから話した」


 この男がなにを考えているのか分からない。

 だが、美夜はこの男に賭けてみるしかなかった。彼女はポケットからスマホを取り出し、画面をタップすると神水流に見せつけるように再生ボタンを押した。


『ああ、そうだよ。実のところ僕は詐欺師だよ。人にあってもないことを言い、不安にさせて、商品を売りつける。それが商売だ――』


 それは今の会話を録音したものだった。


「驚いたぁ、いつの間に録音なんてしてたの」


 神水流は目を丸くしている。そして美夜はそのスマホを彼に突きつけた。


「警察に売られたくなかったら、協力して!」

「はっ、詐欺師を脅すなんてとんだ度胸だ」


 美夜の行動に神水流は腹を抱えて笑った。焦ることも、動揺することもなく。


「協力って……俺は詐欺師だぞ? 祓えるってことも嘘かも知れない。こんな馬鹿みたいな話、信じるのかい?」

「貴方には、何も見えない。良いものも、みえないけれど。悪いものも、見えない。貴方の言葉が本当かどうかはわからない。でも、今は貴方を頼るしかないの。だからもし、これでまどかを助けられなかったら……私は貴方を警察に売り飛ばす!」


 くつくつと意地悪そうに笑った。

 男は眼鏡を外し、胸ポケットにしまうと意地悪く笑った。

 タバコの火をつけ、紫煙を漂わせる。


「いいぜ。助けてやるよ」


 悪魔のような笑みを浮かべる、これがこの男の正体だった。

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