第9話 叔父の家

叔父は法学部の出身だった。法律家にはならなかったが法律に関することは色々知っていた。叔父はしんさんと呼ばれる時もあったが、兄弟の数が多かったので身内からは大きい兄さんと呼ばれていた。大きい兄さんは、兄弟うちではあまり評判が良くなかった。理由は分からないが、次男の久之おじさんに比べると長男の大きい兄さんはみんなからあまり好かれてはいなかった。兄弟中で一番好かれていたのはお袋で、次は次男の久之おじさんということになる。枡一おじいちゃんが元気だった頃はみんなおじいちゃんを中心にまとまっていたんだろうが、御桝屋の跡継が必要になったとき、長男の大きい兄さんは学校の先生を止めたくなくて後を継がなかった。大きい兄さんが学校の先生を止めなかった理由の一つに舞子おばさんのことがあったと思う。舞子おばさんはとても可愛らしくてチャーミングな女性で、大きい兄さんは舞子おばさんに一目惚れだったそうだ。舞子おばさんは体が弱くて結婚した当初から病気がちだった。まだ小学生だった僕が母に連れられて舞子おばさんに初めて会ったのも入院病棟の病室の中だった。おばさんはよく喋ったしとても楽しそうだった。小学生だった僕のことをおばさんはすごくかわいがってくれた。僕は舞子おばさんのことを好きになってしまった。舞子おばさんは癌でも心臓や脳の病気でもなく、大した病気ではないと僕は思っていたので、舞子おばさんはすぐによくなるだろうと思っていた。だが舞子おばさんは数年後になくなってしまった。大きい兄さんはとても悲しんだ。舞子おばさんのために少し高台の斜面の上に建てられたおしゃれな家もおばさんの部屋もおばさんに使われることなくそのままになってしまった。舞子おばさんの葬儀のあと大きい兄さんは何人もの人とお見合いをしたけれど、舞子おばさんのように綺麗で素敵な人はなかなかいなくて大きい兄さんは誰も好きにはなれずに随分長い間一人で暮らしていた。でも最後にはよく知らないあまり綺麗でもないひとと一緒になった。

叔父はあまり皆から好かれてはいなかったけれど、僕はそんな叔父を少し不憫に思った。確かに舞子おばさんのように明るくてチャーミングな女性にはなかなか出会えないだろう。舞子さんとの間には子供はできなかった。だから叔父はあんな人と一緒になったんだろうと思った。僕ははっきり言って舞子おばさんの代わりに叔父が結婚したその女性のことをあまり好きにはなれなかった。叔父とその女性との間に子供ができた。叔父は舞子おばさんと暮らすために建てた家を引っ越した。綺麗に手入れされた庭も客間の張り出した窓もとてもおしゃれだったのに。叔父はその後も4回ほど家を引っ越した。何が気に入らなかったのか作っては引っ越し、作っては引っ越す叔父はどうしてそんなにお金を持っていたんだろう。僕は子供心にも不思議だった。校長先生をやるとそんなに儲かるのかなとも思った。でも校長先生がそんなに儲かるとは聞いたことがない。公務員なんだからあまり儲からないっていう話は聞いたことがあるけど。叔父はどうも学校の先生の他に不動産業とかをやっていたみたいだ。そう考えると辻褄が合う。叔父は法律や不動産のことに詳しかった。いつも大きな車に乗っていたし何台も変えていることも知っていた。叔父は商店街に2件ほど店を持っていたことがあった。結局うまくいかなくて2件とも潰れたと言う話だ。僕は中学生になった頃そのうちの一件には何度か連れて行かれたことがある。店といっても大抵はおしゃれな喫茶店みたいなものだった。そして大抵は1〜2年で潰れた。叔父はそんなことを何度か繰り返していた。他の兄弟たちは叔父のことは長兄として尊敬もしていたけれども、呆れていたことも事実だ。店を何件も持っては何軒も潰す。家を何軒も建てては何度も引っ越す。呆れられても仕方がないと僕も思った。御桝屋の財産のほとんどは後を継いだ次男に入ったはずだったが、長兄である叔父にも相当入ったのかもしれない。だからか御桝屋の兄弟たちはあまり仲が良くなかった。そんな中でおふくろはみんなから姉さん姉さんと慕われていた。みんなのために叔父に意見をしたこともあった。おふくろは叔父に頼まれてぼくらの家があった土地と叔父が持っていた土地を交換したこともある。以前住んでいた家はかなり古かったし僕は交換しても別に何とも思わなかった。ただ以前に住んでいた土地には角になつめの木があってそれがなくなってしまうことだけが不満だった。僕はよく叔父の車に載せられてあちらこちらと連れて行かれた。どうして叔父が僕をあちらこちらと連れていくんだろうと不思議に思ったが、新しくて大きな叔父の車に乗るのは嫌いじゃなかったし、叔父は僕の行ったことのないような珍しい所へ連れて行ってくれたので僕は嫌がらずについていった。僕はその頃は知らなかったが、叔父はどうも自分が人にやらせている店に僕を連れていきながら店の様子を見ていたらしい。おじは僕を連れながらその店の裏口から入ったり店の周りを調べていたのだろう。大抵の店からはその店の店長らしき女性が出てきて、叔父に丁寧に挨拶していた。その女の人は僕に坊ちゃんどうぞと言いながらアイスクリームやプリンを出してくれた。まだ子供だった僕は疑うこともなく喜んでそれを食べていた。今思い返してみるとたいして好きでもなかった叔父と一緒に喜んで車に乗って行ったのはそうしたおやつが目当てだったのかもしれない。



三男の英治おじさんは勉強がよくできたので東京へ行ってしまった。そしてテレビの会社にはいった。

仕方なく後を継いだのは次男の久幸おじさんだった。おじさんも他にやりたいことがあったみたいだったけど結局御桝屋の跡継ぎになった。

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