第3話 ミモザ

朝の番組で久しぶりにミモザの花を見た。あの日朝のラジオが言っていたように3月の花だからだろうか。

花といっても花弁はなく花粉の部分がいくつか花のように咲いている感じなんだが、彼女が SNS で知り合った友達と一緒に暮らすめに急に栃木県へ行ってしまったのはもう3年も前のことだ。

文子さんが2月いっぱいでここをやめちゃうんだってと人づてに聞いたのは栃木県へ行ってしまう一週間前のだった。

以前から可愛いひとだと思っていた僕は、そのうち彼女を誘おうと思いながらぐずぐずしていたらこんな事になってしまった。あわてた僕にできたのは別れる前にせめて何かを贈ろうということだった。考えたあげく贈ったのは朝のラジオが言っていた3月の花ミモザだった。



ミモザの花を探して近所の花屋いくつか回った。

女性に花を送るなんてもう何年もしていない。

それにしても何で突然栃木県なんだ。あんなに綺麗で可愛いんだから付き合っていた彼がいてもおかしくない。いやむしろいない方が不思議だ。だから僕は当然男と栃木県に住むために引っ越すんだろうと思っていたけれども、そうじゃなかった。一緒に住む相手は男ではなく彼女より2~3歳年上の女性で、しかも昔からの友達ではなく数ヶ月前に SNS で知り合った女性だと言う。

SNS⁉そんなことで一緒に住もうと考えるような相手と出会えるんだろうか。

お父さんから聞いた話では2回ぐらいはあっているらしいけど、まともに会ったこともなく半年前に SNS で知り合ったとか言ってもそんなことで一緒に住むような気持ちになれるのかな。僕は疑問に思っていた。こんなことがいきなり起こるにはそれなりの理由があるのかもしれない。いろんな偶然が重なってこういう結果になったということだろう。にしてもだ、やっとその気になった僕が告白しようと思った矢先にこんなことになるなんて最初から彼女とは縁がなかったということなんだろうか。あんなに可愛くて綺麗なんだからモテて当たり前だ。しかも子供たちを迎えに行く間よく話をしてくれて良い感じだったのに、彼女は運転しながら僕にいろんな話をしてくれた。黙っていると気詰まりになったんだろうけど。僕は彼女の話を聞くのが本当に好きだった。

大学時代の話とかいろいろ楽しかった。彼女が下宿していた知多半島の付け根あたりには大学のほかには何にも店らしいものがなかったらしい。僕がディスカウントショップで安いそうめんを見つけていっぺんに何個か買ったよという話をした後彼女の下宿先にはディスカウントショップどころか普通のスーパーさえなかったんですよーそう言っていた。

彼女は美貌であることは忘年会で初めて顔を合わせた若い男性連中があの綺麗な子という風に文子さんのことを言っていたことからわかるように一目見れば彼女が綺麗だということは間違いのないことらしい。

僕が文子さんのことでよく覚えているのは車で来ている僕でも寒いと思っていた冬もあの本当に寒い頃でも彼女は青色の原付バイクで山を越えてここまで来ていたということだ。

山の方では時折雪も降ったりしてここよりまた一段と寒い。よく見ると彼女のスクーターには転んで壊れたらしいところに白いテープが貼ってあった。きっと中古で買って彼女なりに大切に使っていたんだろう部品代って結構高いから新しいものに交換することができなかったんだろうけど、テープで応急処置的に貼っておいたたんだろうけど、なんでわざわざ目立つ白いテープなんだろうと思ったけど、女性だからあまりそういうとこは気にしなかったのかもしれない。彼女の性格かな目立たない透明のテープではなく傷なんかに使う白いテープだそれをそのままバイクには貼っただけなんだろう白いテープ余計に目立っちゃうのにな文子さんってけっこうキリリとしていてそつがないように見えてやっぱりそういうところは天然なのかもしれない。そんな彼女がとても僕は好きだったけど告白しようとしたその途端に僕の前から消えてしまうなんて。何度か誘ったりしたことはあったんだけれど、やんわりと断られてしまった。でもあれって断ったのかなぁ、僕が中トロが安く売ってるって言う幟を見て中トロを食べに行きませんかと誘ったとき、彼女は私は白身魚の方が好きなんですと言っていた。僕はやんわりと遠回しに断ってるんだなと思ったけどそうではなかったのかもしれない。彼女は本当にトロではなく白身魚が好きだっただけなのかもしれない。それに今思うと彼女から男の子の話をまるで聞いたことがない。彼女って今考えると私立の女子校出身だったのかなだとすれば小学校以来男子とあまり関わりのない生活を6年間もした挙句大学生になってしまったのかもしれない。彼女に確かめたことはないが、今更確かめることは出来なくなったってしまったけど。

彼女は大学の行き帰りに金山駅のすぐ近くにある美術館に一人で行ってドガの絵をよく見に行っていたと言ってたことがあった。きっと男の子と見に行っていたんだろうなと思っていたけどあの時彼女は本当に一人で見に行っていたのかもしれない。彼女は僕のいる事業所に来て1年後にお父さんが定年退職して入ってきた。お父さんはとても気さくな人で面白い方だったしお互いに昔サックスを吹いていたなんてこともあってよく話をした。お父さんが言うには彼女は休みの日はほとんど家にいて家からまず出ないということだった。あんなに可愛くて綺麗なのに彼女は根暗の引きこもだと自分で冗談めかして言っていたけれど、あれは本当だったのかもしれない。どうしてそんなことになったのか全くわからないが世の中には美人であっても若くてもそんな風な人がいたりする。それにしても若いということは同じだけれど、僕の近くにいたのは文子さんだだ。

文子さんは23歳の時に事業所に来たので、あれから3年経って今は25~6歳かな、それにしても彼女が若いということに変わりはないけど。

僕は今でも文子さんが幸せそうに笑っていたのをよく覚えている。そこに白い花でも咲いているように綺麗な文子さんは綺麗に笑って幸せそうだった。僕はその姿を見て彼女は僕に対して好意を持っていてくれるんだと勝手に思い込んでしまった。今となっては確かめるすべもないけれど。


あの嵐の日のこともよく覚えている。僕たちは子供たちを迎えに行きながら空の様子を見て曇ってきたね向こうで雨でも降らなきゃいいけどと言いながら車を走らせていた。文子さんは途中で降り出した雨が強い風に煽られものすごい激しさで降ってきたのでワイパーを最大に早くしても前を見ることできなくなってしまって怖いと言っていた。

ぼくは運転を代わりましょうかと言いたかったけれど運転は今日は文子さんがする係というふうに決まっていたので文子さんに運転してもらっていた。彼女は毎日のように運転をしてくれてこの大きめな車にも慣れていた。けれどもこんな激しい雨は初めてのことなので前が見えないほどの雨に本当に怖かったんだろう。それでも彼女は迎えに行く日だからということでもしも雨が降った時の事を考えて朝から合羽を着込んでいた。僕はふざけて文子さん朝から準備がいいですねやる気満々じゃないですかと言うと、文子さんは傘では両手が使えないからカッパが絶対に必要だと思って買ったんですよと教えてくれた。僕はそこまで考えたことはなかった。確かに迎えに行くとき雨が降ることもあったがそこまで考える必要だろうかと思っていた。雨がここまで激しくなるとは思わなかったので、心の中でカッパは大げさでしょうとちょっと馬鹿にしていた。だけど今日は絶対カッパが必要だった。と言うか河童だけでなく長靴も必要だった。まさか子供たちを迎える場所があんなに水はけが悪いなんて思わなかった、雨は車道の上に凄く溜まっていて水たまりほどのという感じではなくちょっとした池なみの溜まり方で歩こうとすると靴は水の中にすっぽりと入ってしまう。

いよいよ激しく降りしきる雨の中で僕と早子さんは子供を迎えに行く時間が来るのを待ちながらえいやとばかり雨の中に飛び出した。僕は傘で文子さんはカッパで雨を防ぎながらいつも子供達を迎える所定の場所まで坂道を上がっていった。

途中の水たまりには本当に参った。僕はちょっと躊躇していたが文子さんはえいやとばかり水たまりの中に足を入れた。それを見て僕も諦めたように水たまりの中に靴ごと足を入れた。僕の使い古したローファーは完全にずぶ濡れになっていた文子さんも同じだろうと思っていたけど迎えの時間が終わったあと。文子さんは靴下も脱いで干していたみたいだ。僕も脱いだ靴下をどこかで干せないかと思って事務所の中を探し回っていた。

夏近いとはいえ水浴びをするにはちょっと早すぎた。

根暗の引きこもりなんて本人は言ってたけど全然そんなことない。やる気満々でお父さんと同じ支援学級の仕事を本気でやろうと思っているみたいだ。

業務用スーパーどころか内海には普通のスーパーも、お店もないんです。

彼女が通っていた大学のある内海のあたりには店らしいものほとんどないらしい。

僕は彼女の話を聞いて彼女はてっきり大学の寮か下宿をしているんだろうと思っていたが、話を聞くうち彼女は毎日家から学校に通っていたらしい。毎日すごい時間をかけて交通費も使ってご苦労なこった。それほどまでもお父さんは一人娘が可愛くて下宿なんてさせたくなかったんだろう。きっとそうなんだろうが、あのお父さんがそんなふうだったとは驚いた。

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