第2話 パソコンの電源を入れるために
綾子さんは時折パソコンの電源を入れるために2階まで降りてくることがあった。
Yは他の職員に気付かれないように横目で綾子さんを見ていた。子供達一人に一台ずつパソコンは用意されていた。ただかなり古いパソコンなので早めに電源を入れておかないと使えるようになるまでに結構時間がかかった。綾子さんはパソコンの授業がある日は子供たちがすぐに使えるように3階から2階まで降りてきて、授業が始まる前にパソコンの電源を入れておくのだ。
綾子さんはパソコンの電源を入れながら、いつも何か小声で誰に言うともなく話していた。
Yは一体何を話しているんだろうと耳を澄ませて聞いてみた。綾子さんは1年生の綾子ですとかパソコンの電源を入れに来ましたとか誰に言うともなく喋りかけているのだった。
黙っているとちょっと怒っているのかなと思うぐらい綺麗な人なんだが、意外にひょうきんな人なのかもしれない。
「私、栃木県に引っ越すんです。」
「向こうに友達がいて一緒に住むんです。」
僕は言葉も出なかった。あまりにも突然だった。
私栃木県に引っ越すんです。
向こうに友達いて一緒に住むんです。
綾子さんはずっとこっちにいて今まで通り一緒に春日台迎えに行ったりそうしながら少しずつ親しくなって…僕は勝手にそう思い込んでいた。綾子さんがいなくなってしまうなんて、ありえないことだった。全く何も考えることができなかった。
SNS で知り合った友達だと言っていた。SNS⁉いったい何のことだ、僕は混乱していた。
僕はてっきり男と住むために引っ越すんだと思っていた。でもそうじゃなかった文子さんが一緒に暮らす相手は男ではなく SNS で知り合った女の友達だった。綾子さんより2〜3歳年上の。
以前から可愛いひとだと思っていた僕は、そのうち彼女を誘おうと思いながらぐずぐずしていたらこんな事になってしまった。あわてた僕にできたのは別れる前にせめて何かを贈ろうということだった。考えたあげく贈ったのは朝のラジオで言っていた3月の花ミモザを贈ることだった。
ミモザの花を探して近所の花屋いくつか回った。
女性に花を送るなんてもう何年もしていない。
それにしても何で突然栃木県なんだ。
楽しかった日々はもう帰らないのか。
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