第5話「アオハルってる」

 世界で一番、今の僕が不幸な気がした。

 お通夜つやモードである。

 夕食は壱夜いよが持ってきてくれた『作り過ぎちゃったカレーなんだからね! もうっ!』だった気がするが、正直なにを食べたかよく覚えていない。

 さよなら、僕の平和な学園陰キャ生活……とうとう身バレした。しかも、学園の双璧そうへき都牟刈小町つむがりこまちこと冥沙めいさ先輩に! 嗚呼ああ、明日からどうなるんだ。

 何万人ものファンが押し寄せ、サインを強請ねだられるな、きっと。

 僕の正体に気付いた女子から、ラブレターが下駄箱げたばこに……!


「フ、フフフ……いやあ、参っちゃったななあ。わは、わははは!」


 深夜、アパートを出てコンビニに向かう僕はにやけていた。

 え? なにか勘違いしてないかって?

 いやだって、突然明日から学園のスターになってしまうことは、これは確定的に明らかだろう。そこそこ売れっ子作家だしね。

 あーあ、困っちゃうなー、参ったなあ!

 寝静まった住宅街を歩けば、音楽が聴こえてきそうな程に星空が綺麗だった。


「身バレした僕が突然学園ハーレムモノの主人公になった件について、とか? うんうん、そういうのも書いたら面白いかもなあ」


 ウフフアハハとつい、スキップで小走りになってしまう。

 そんな僕が、突然現実に引き戻されたのは、奇妙な光景にバッタリ出会ってしまったからだ。そう、奇妙というか、もうすでに怪異だ。


「あ、あれ……? 山田、さん?」


 そう、花未はなみだ。

 謎の地雷系転校生、山田花未である。

 彼女は何故なぜか、自動販売機の前で大量の缶ジュースをかかえていた。


「む、一ノ瀬隆良いちのせたから。どうした?」

「どうした、って……それ、僕の台詞せりふなんだけど。あ、家近いの? この辺?」

「拠点は現在、探しているところだ」

「えっと、あー、うん。そうか、そうなんだ」


 やはり、謎だ。

 よくわからない。

 こんな電波なこと言っても許されるのは、ラノベの中の美少女だけだ。まあ、美少女という点に関しては異論の余地はないが。

 相変わらず例のセーラー服姿で、外灯に照らされぼんやり輝いているような花未。

 うん、間違いなくかわいい、っていうか綺麗だ。

 黙っていれば完璧だと思う。


「じゃ、じゃあ、僕はコンビニに行くから。また明日ね、おやすみ」

「おやすみ……就寝の挨拶。おやすみなさい、一ノ瀬隆良。……コンビニ、とは?」

「いや、ヘブンイレブンだけど。あ、ドーソン派? それとも、ファミメファミリーメイト派?」

「わからない。コンビニとは、何だ? 目的は?」

「えっと、のどが渇いたから飲み物でもって。あとは、作業の休憩を兼ねた散歩かな」


 真顔で首を傾げる花未。

 えっ、コンビニ知らないの?

 どんだけ田舎いなかから来たんだよ、もしかして離島生まれの離島育ち?

 だが、彼女はたっぷり数秒の沈黙の後、ふと思いついたように「ふむ」とうなる。そして、両手で抱えるほどの缶ジュースを持って近付いてきた。

 ぐいと身を寄せてくるので、思わず僕はのけぞった。


「好きな飲物を取れ、一ノ瀬隆良。そのかわり、情報提供を求める」

「え、えっと……」

「この世界は治安がいいのだな。しかも、豊かだ。真夜中の路上にこんな自動販売設備が点在しているなど、驚きだ。つい、アレコレ買い過ぎてしまったのだ」


 ああ、そういえば帰国子女って言ってたっけか。

 なんだか日本語が硬いのも、コンビニを知らないのもようやく合点がいった。昼休み、菓子パンに目をキラキラさせていた理由も納得である。

 それはそうと、山田花未……なかなかに、なかなかだな。

 いや、大量の缶ジュースを抱えているので、胸が強調されてだな。


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……これにしようかな」

「あっ」

「あ、これ好き? じゃあ、別のに」

「っ!」

「え、これも駄目? ええと、じゃあ……参ったな、ダブってるのがないぞ」


 勧めておいて、どれも飲みたそうな顔をする花未。いや、表情は全く無いんだけど、いちいち反応がかわいい。

 結局僕は、特に飲みたくもないのに抹茶まっちゃきなこラテなるものを手に取った。

 え、これってあれ? 青春? アオハル的な?

 夜中に自販機前で、転校生とダベるって……うわ、最高かよ。


「じゃ、じゃあ、これ飲んだら一緒にコンビニ行く?」

「いいのか? 一ノ瀬隆良」

「あと、隆良でいいよ。いちいちフルネームで呼ばなくても」

「わかった、隆良。それで、コンビニとはどのような施設なのだ?」

「コンビニエンスストア、24時間やってて、アレコレ何でも売ってるお店だよ」

「……コンビニエンス、ストア。ふむ!」


 花未はなんだか鼻息も荒く、フンス! と瞳を輝かせた。

 本当に外国から来たんだな……それも、コンビニや自販機がないような世界から。

 そう思っていると、花未はしゃがんで地面に缶ジュースを並べ始めた。等間隔にきっちり置くと、そのなかの一つを手に取る。


「ん? 開け方、わからない? ちょっと貸して」

「すまない」

「いいって、いいって」


 プルタブを指で起こして、手慣れた手付きで僕は開けてやった。

 まじまじとそれを見て、花未は「おお!」と大げさに目を丸くする。


「ほら、飲めるよ」

「ありがとう、隆良。では……んっ!」


 両手で大事そうに缶ジュースを包んで、そして花未は一息にそれを飲み干した。

 豪快に一気飲みだ。


「ぷあ! はあ……なんて美味おいしいんだ。凄く甘くて、甘やかな甘みが甘い!」

語彙ごいが死んでるぞ。っていうか、え? そんなに美味い?」

「次はこれだ、隆良。頼む」

「あ、うん」


 え、なんだなんだ?

 僕はその後何度も、花未の全手動缶ジュース開封マシーンをやった。

 彼女はどれも一気に飲み干しては、甘いとか甘みがどうとか感動が大げさだ。


「とても、美味しい! 次はこれを……っ、ん? ん……けぷっ」

「飲み過ぎだってば。大丈夫?」

「うむ、平気だ。さっきのシュワシュワしたのは炭酸か? なんて画期的な飲料なんだ。コーヒーもこんなに種類がある。こっちの世界では飲み物なのだな、コーヒーは」

「え、っていうか最初から飲み物じゃない?」

「私は錠剤でしか接種したことはないからな、カフェインは」


 ますます謎だが、なんか微笑ほほえましい。

 そして、一生懸命缶ジュースを飲みまくる花未を見てて、なんだか複雑なエモさにニヤニヤが止まらない。よく食べる美少女は萌えキャラとされているが、飲食に夢中な女の子って確かにいいよな。

 あと、その、なんだ……美少女のゲップからしか得られない栄養分、ある。

 そんなこんなで、あんなに沢山あった缶ジュースを花未は全て飲んでしまった。


「はあ……凄いな。水分補給手段にここまで凝ったものを」

「コンビニに行けばさ、もっと色々売ってるよ。お菓子もお惣菜もあるし」

「……そうだ、コンビニエンスストア。行こう、隆良。案内をお願いする」


 花未はずらり並んだ空き缶を全て拾い、自販機の横のくずかごに葬り去る。

 僕も同様に、抹茶きなこラテを飲み干して右に倣った。

 なんか、花未ってそこまでおかしい女の子じゃないかもしれない。ちょっと言動はエキセントリックだけど、甘いものが好きな普通の女の子じゃないか。

 そう思ったけど、やっぱりちょっと気になる。

 これが恋?

 いやいや、ないない。


「そういえばさ、花未。あ、僕も花未って呼んでいい?」

「構わない。是非ぜひそうしてくれ」

「花未が学校で言ってた、って? よくSFとかである、世界の運命を握ってたりするアレのこと? な、なんてな、ハハハ」


 花未の真顔が緊張感を帯びた。

 外灯のスポットライトに立つ彼女が、先程の無邪気な雰囲気を霧散むさんさせる。

 どこか怜悧れいりなその美貌が、春の夜に凍っているようだった。


「……特異点を知っているのか、隆良」

「まあ、職業柄……って、いけね! ……まあ、もう隠さなくてもいいんだった。僕さ、小説家もやってるんだ。ラノベ作家」

「小説? 作家とは……? 隆良は都牟刈学園つむがりがくえんの構成員ではないのか?」

「構成員ってか、学生ね。同じクラスじゃん。でも、同時に小説も書いてるんだ」

「その、小説とは、なんだ? どのような書類なのだ」

「え? そ、そこから?」


 僕、そんなに難しい日本語使ったつもりはないのにな。

 まあいいか。

 コンビニに向かう道すがら、色々話せばいいさ。フフフ……困ったなあ、またファンが増えてしまう。僕ってば罪なオ・ト・コ。……ちょっとキモいな、僕。

 だが、その刹那……夜気を悲鳴が切り裂いた。

 若い女の声だ。

 まさに『きぬを裂くような』という形容がぴったりの悲鳴だった。


「むっ? 今のは……すまない、隆良! 失礼する!」


 今さっき何リットルもジュースを飲んだ人間の動きではなかった。花未は咄嗟とっさに声のする方へと走り出す。

 僕も慌てて追いかけたが、あっという間に小さな背中を見失った。

 角を曲がった時にはもう、疾走しっそうする花未の姿は見えなくなっていたのだった。

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