第5話「アオハルってる」
世界で一番、今の僕が不幸な気がした。
お
夕食は
さよなら、僕の平和な学園陰キャ生活……とうとう身バレした。しかも、学園の
何万人ものファンが押し寄せ、サインを
僕の正体に気付いた女子から、ラブレターが
「フ、フフフ……いやあ、参っちゃったななあ。わは、わははは!」
深夜、アパートを出てコンビニに向かう僕はにやけていた。
え? なにか勘違いしてないかって?
いやだって、突然明日から学園のスターになってしまうことは、これは確定的に明らかだろう。そこそこ売れっ子作家だしね。
あーあ、困っちゃうなー、参ったなあ!
寝静まった住宅街を歩けば、音楽が聴こえてきそうな程に星空が綺麗だった。
「身バレした僕が突然学園ハーレムモノの主人公になった件について、とか? うんうん、そういうのも書いたら面白いかもなあ」
ウフフアハハとつい、スキップで小走りになってしまう。
そんな僕が、突然現実に引き戻されたのは、奇妙な光景にバッタリ出会ってしまったからだ。そう、奇妙というか、もうすでに怪異だ。
「あ、あれ……? 山田、さん?」
そう、
謎の地雷系転校生、山田花未である。
彼女は
「む、
「どうした、って……それ、僕の
「拠点は現在、探しているところだ」
「えっと、あー、うん。そうか、そうなんだ」
やはり、謎だ。
よくわからない。
こんな電波なこと言っても許されるのは、ラノベの中の美少女だけだ。まあ、美少女という点に関しては異論の余地はないが。
相変わらず例のセーラー服姿で、外灯に照らされぼんやり輝いているような花未。
うん、間違いなくかわいい、っていうか綺麗だ。
黙っていれば完璧だと思う。
「じゃ、じゃあ、僕はコンビニに行くから。また明日ね、おやすみ」
「おやすみ……就寝の挨拶。おやすみなさい、一ノ瀬隆良。……コンビニ、とは?」
「いや、ヘブンイレブンだけど。あ、ドーソン派? それとも、
「わからない。コンビニとは、何だ? 目的は?」
「えっと、
真顔で首を傾げる花未。
えっ、コンビニ知らないの?
どんだけ
だが、彼女はたっぷり数秒の沈黙の後、ふと思いついたように「ふむ」と
ぐいと身を寄せてくるので、思わず僕はのけぞった。
「好きな飲物を取れ、一ノ瀬隆良。そのかわり、情報提供を求める」
「え、えっと……」
「この世界は治安がいいのだな。しかも、豊かだ。真夜中の路上にこんな自動販売設備が点在しているなど、驚きだ。つい、アレコレ買い過ぎてしまったのだ」
ああ、そういえば帰国子女って言ってたっけか。
なんだか日本語が硬いのも、コンビニを知らないのもようやく合点がいった。昼休み、菓子パンに目をキラキラさせていた理由も納得である。
それはそうと、山田花未……なかなかに、なかなかだな。
いや、大量の缶ジュースを抱えているので、胸が強調されてだな。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……これにしようかな」
「あっ」
「あ、これ好き? じゃあ、別のに」
「っ!」
「え、これも駄目? ええと、じゃあ……参ったな、ダブってるのがないぞ」
勧めておいて、どれも飲みたそうな顔をする花未。いや、表情は全く無いんだけど、いちいち反応がかわいい。
結局僕は、特に飲みたくもないのに
え、これってあれ? 青春? アオハル的な?
夜中に自販機前で、転校生とダベるって……うわ、最高かよ。
「じゃ、じゃあ、これ飲んだら一緒にコンビニ行く?」
「いいのか? 一ノ瀬隆良」
「あと、隆良でいいよ。いちいちフルネームで呼ばなくても」
「わかった、隆良。それで、コンビニとはどのような施設なのだ?」
「コンビニエンスストア、24時間やってて、アレコレ何でも売ってるお店だよ」
「……コンビニエンス、ストア。ふむ!」
花未はなんだか鼻息も荒く、フンス! と瞳を輝かせた。
本当に外国から来たんだな……それも、コンビニや自販機がないような世界から。
そう思っていると、花未はしゃがんで地面に缶ジュースを並べ始めた。等間隔にきっちり置くと、そのなかの一つを手に取る。
「ん? 開け方、わからない? ちょっと貸して」
「すまない」
「いいって、いいって」
プルタブを指で起こして、手慣れた手付きで僕は開けてやった。
まじまじとそれを見て、花未は「おお!」と大げさに目を丸くする。
「ほら、飲めるよ」
「ありがとう、隆良。では……んっ!」
両手で大事そうに缶ジュースを包んで、そして花未は一息にそれを飲み干した。
豪快に一気飲みだ。
「ぷあ! はあ……なんて
「
「次はこれだ、隆良。頼む」
「あ、うん」
え、なんだなんだ?
僕はその後何度も、花未の全手動缶ジュース開封マシーンをやった。
彼女はどれも一気に飲み干しては、甘いとか甘みがどうとか感動が大げさだ。
「とても、美味しい! 次はこれを……っ、ん? ん……けぷっ」
「飲み過ぎだってば。大丈夫?」
「うむ、平気だ。さっきのシュワシュワしたのは炭酸か? なんて画期的な飲料なんだ。コーヒーもこんなに種類がある。こっちの世界では飲み物なのだな、コーヒーは」
「え、っていうか最初から飲み物じゃない?」
「私は錠剤でしか接種したことはないからな、カフェインは」
ますます謎だが、なんか
そして、一生懸命缶ジュースを飲みまくる花未を見てて、なんだか複雑なエモさにニヤニヤが止まらない。よく食べる美少女は萌えキャラとされているが、飲食に夢中な女の子って確かにいいよな。
あと、その、なんだ……美少女のゲップからしか得られない栄養分、ある。
そんなこんなで、あんなに沢山あった缶ジュースを花未は全て飲んでしまった。
「はあ……凄いな。水分補給手段にここまで凝ったものを」
「コンビニに行けばさ、もっと色々売ってるよ。お菓子もお惣菜もあるし」
「……そうだ、コンビニエンスストア。行こう、隆良。案内をお願いする」
花未はずらり並んだ空き缶を全て拾い、自販機の横のくずかごに葬り去る。
僕も同様に、抹茶きなこラテを飲み干して右に倣った。
なんか、花未ってそこまでおかしい女の子じゃないかもしれない。ちょっと言動はエキセントリックだけど、甘いものが好きな普通の女の子じゃないか。
そう思ったけど、やっぱりちょっと気になる。
これが恋?
いやいや、ないない。
「そういえばさ、花未。あ、僕も花未って呼んでいい?」
「構わない。
「花未が学校で言ってた、特異点って? よくSFとかである、世界の運命を握ってたりするアレのこと? な、なんてな、ハハハ」
花未の真顔が緊張感を帯びた。
外灯のスポットライトに立つ彼女が、先程の無邪気な雰囲気を
どこか
「……特異点を知っているのか、隆良」
「まあ、職業柄……って、いけね! ……まあ、もう隠さなくてもいいんだった。僕さ、小説家もやってるんだ。ラノベ作家」
「小説? 作家とは……? 隆良は
「構成員ってか、学生ね。同じクラスじゃん。でも、同時に小説も書いてるんだ」
「その、小説とは、なんだ? どのような書類なのだ」
「え? そ、そこから?」
僕、そんなに難しい日本語使ったつもりはないのにな。
まあいいか。
コンビニに向かう道すがら、色々話せばいいさ。フフフ……困ったなあ、またファンが増えてしまう。僕ってば罪なオ・ト・コ。……ちょっとキモいな、僕。
だが、その刹那……夜気を悲鳴が切り裂いた。
若い女の声だ。
まさに『
「むっ? 今のは……すまない、隆良! 失礼する!」
今さっき何リットルもジュースを飲んだ人間の動きではなかった。花未は
僕も慌てて追いかけたが、あっという間に小さな背中を見失った。
角を曲がった時にはもう、
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