第6話「怪異奇譚、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」
真夜中の路地を、走る。
あっという間に
文系なので、身体を使うことは苦手なのだ。それに比べて
そして、二度目の悲鳴。
その時にはもう、その声の
「って、
そう、
そして、思い出す。
あの馬鹿、眠れない夜に一人でロードワークをこなす
因みに壱夜は陸上部、長距離走の選手だ。
あのむっちむちに太い脚で蹴られると、凄く痛い。
「
「花未、壱夜は無事か! ……って、なんだ? なんだんだよ、おい……」
その腕が、ぐったりとした壱夜を抱えていた。
どうやら気を失ってるだけらしく、胸が小さく上下しているのがここからでもわかった。
だが、そんな二人の前に怪異があった。
そう、怪異……この世の常識からかけ離れた光景が広がっていたのだ。
一歩下がった花未は、姫君を守る騎士のように壱夜を抱き上げる。
「前言を撤回する、隆良。この時代の治安は、決してよくはないのだとわかった」
「ちっ、ちげーよっ! これ、ナシ! 例外! っていうか、なんだよもう!」
――鬼だ。
そう、
顔は牛のようで、鋭く尖った二本の角が生えている。見上げる巨体は人間の倍以上もあった。まるで小さな山である。その鬼が、グルルと唸っていた。
ああ、わかった。
これは夢だ。
「これは、夢だ!」
声に出して、自分に言い聞かせる。
だが、平坦な花未の言葉は容赦がなかった。
「現実を直視しろ、隆良。夢ではない」
「あのなあ、花未! そりゃ、僕だってわかるよ! ただ、なんでだよ!」
僕のラノベ脳をフル回転させると、つまりこういうことだ。
あれは、
いや、なにがあったかわからないが、目の前の牛鬼は現実である。
そして、その両手に持った巨大な
「む、避けろ隆良!」
「どうやって!」
「ええい、世話が焼ける」
花未はぐったりしてしまった壱夜を肩に
ちょっと信じられない身体能力だった。
そして、一秒前まで僕が立っていた場所がクレーターになる。
花未に助けられてなければ、あの中心で僕は
花未は僕と壱夜を抱えたまま、一気に数十メートルほど離れる。
どういう脚力してんだ、まったく!
「ふむ、
花未の腕時計が光り出していた。
女の子に似合わぬゴツいものを持っているが、その腕時計から光が無数のウィンドウとなって浮かび上がる。どれも異国の言葉がスクロールしていて、数字もグラフもよく読み取れない。
だが、花未は納得したように頷いた。
「あ、あの、とりあえず降ろしてくれるか、花未」
「駄目だ。まだ来るぞ。……特異点係数、
花未が時々口にする、特異点という言葉。
それが恐らく、この異変の正体なのだろう。
事実は小説より奇なり、そんな言葉が僕の脳裏をかすめた。
そして、牛鬼は地響きとともに此方へ歩んでくる。吐き出す
だが、その
ぴたりと止まった牛鬼が、びくりと身を震わせて振り返る。
そして……通りの奥で、鈴の音が静かに響いた。
「なんと、牛鬼か……ふむ。何処より迷い出たものやら」
月の光に照らされて、一人の少女が歩み出た。
白と紅の巫女装束を身にまとい、腰に剣を帯びた乙女だ。そして、長い黒髪を総髪に結ったその顔に、僕は見覚えがあった。
リンと鳴る鈴は、巫女の髪飾りである。
突然現れたのは、あの
彼女は少し驚いたように目を丸くしていたが、すぐに表情を引き締めた。
そして、腰の
「――
透き通る声と共に、冥沙先輩は剣を構えた。
そう、反りのある日本刀ではない。もっと古い、直刀タイプの宝剣だ。
その切っ先を向けられ、牛鬼も絶叫と共に地を蹴る。
「あっ、あぶない! 冥沙先輩っ!」
僕は花未に抱えられながらジタバタと手を伸ばした。
冥沙先輩は剣道の達人と聞いている。だが、相手は防具を着込んだ人間ではない。
見るもおぞましい怪物、太古の昔話から出てきたような牛鬼なのだ。
だが、花未は先程から特異点がどうとか言って動かない。
そして、耳をつんざく悲鳴が響いた。
「ゴアアアアアアアアアッ!」
ビシャリ! とアスファルトに真っ赤な鮮血が叩きつけられた。
同時に、片腕を失った牛鬼が巨大な金槌を地面に落とす。
刃で一閃した冥沙先輩は、静かに
次の一撃が静かに、まるでコマ送りのようにゆっくりと牛鬼に吸い込まれる。だが、牛鬼は動かないし、動けない。僕も同じで、時間が引き伸ばされたような感覚に凍っていた。
そして、光の筋が線と走る。
断末魔の絶叫すら許されずに、牛鬼の首が
「命拾いしたようだな、たしか……
冥沙先輩は剣を振るって
そして、いつもの
ようやく花未の馬鹿力から解放された僕は、自分の足で立って身を正す。
その頃にはもう、大量の流血も首も死体も、嘘のように消えていた。
じっと僕を見詰めて、うっすらと冥沙先輩は
「いや、
「アッー! やめて、それ以上いけない」
「知らなかったよ、あの
「いいから! そういうのいいですから! 僕、一ノ瀬隆良です! そっちで呼んでください! 名前で、呼び捨てでいいですから!」
少し驚いたような顔をしたが、冥沙先輩は俯き真っ赤になってしまった。
そして、先程の大立ち回りが嘘のように細い声を絞り出す。
「じゃ、じゃあ……その、ヨハン先生」
「だっー! だからー、その名を、呼ばないでええええええええ!」
「とにかく、先生たちが無事でよかった。……先生の作品、新作が読めなくなると悲しいからな。泣いてしまう」
突然しおらしいことを言い出したかと思うと、冥沙先輩は「本当によかった」とはにかむ。その美貌たるや、闇夜に星を見出したような輝きだった。
だが、花未はいつもの無表情を静かに凍らせている。
彼女は壱夜を肩に担いだまま、冥沙羅先輩の前に一歩踏み出した。
「確か、神凪冥沙だったな」
「いかにも。そういう君は?」
「一年B組、山田花未。それ以上でもそれ以下でもない」
「……それ以外でもないと、言えるかい? 花未君」
鋭い言葉の刃だった。
花未は無言で迎え撃つ。
バチバチと二人の視線が火花を散らす。
だが、すぐに冥沙先輩は微笑みを取り戻した。
「見てしまった以上は、ヨハン先生にも説明する必要があるな。少し時間をもらえるかい?」
「……だから、その名を、ちょっと、その……いいです、いつでも大丈夫です」
「よかった。花未君も、そっちの伸びてしまってる
とりあえず、周囲の家々に明かりが
人目を気にしているのか、冥沙先輩が歩き出す。
その背を追う花未は、思い出したように壱夜を僕に預けてきた。
「ちょ、ちょっと待てよ、って……重っ!」
「54
「僕にそういうとこを求められても……うん?」
ふと、視線を感じた。
それで振り返ると……月をバックに
だが、その人物は小さな笑みを残して、手にした
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