第3話 ミコル
私はミコル。ミコルシア・ケアリ。
幼いころ、村に来た大賢者様に魔術師の祝福を顕現させていただきました。
祝福は、普通なら7歳かその前後でしか見ていただけません。
物心つく前の幼子にはまだ神様からの祝福が与えられていないことが多いからです。
ですが、幸か不幸かあまりに田舎の村でしたため、めったに訪れることのできない大賢者様が他の子のついでに私を見てくださったのです。
私は三歳のころには簡単な文字を読んでいましたし、二歳のころの記憶もあります。断片的な記憶だけでよいなら初めて掴まらずに立ったときのものも。とっても嬉しかったのに、ちょうど親が傍に居らず、見てくれなくて悔しかったのをよく覚えてます。なんならついでにローテーブルのカップを零した記憶も。
とにかく私は三歳にして魔術師のタレントを見出され、祝福を得ました。
幼いころの私には勉学に通じる大きなきっかけとなったのです。
私が最初から持っていた魔法は《喚起》。祝福によって得た魔法は特に長けた力を示します。なのにこの《喚起》は厄介な魔法でした。
《喚起》とは何かというと、精霊や神様の住まう世界、所謂異世界から魂を呼び寄せる魔法で、実際に使おうと思ったら大変大掛かりな儀式が必要となります。つまるところ、私のような辺鄙な山奥に住む人間が使って何か得があるような魔法ではなかったりするのです……。
《喚起》が得意な魔術師は王宮で禁廷魔術師と呼ばれる特別な地位の魔術師に成れる可能性がある――と大賢者様は教えてくださいました。簡単に成ることはできない――が、可能性は無くはない――と、一冊の本を与えてくださったのです。
私は禁廷魔術師となるべく、大賢者様から頂いた本――とっても難しい――から学んで、ついにたったひとりで《喚起》を使うことができました。
《喚起》により呼び出されたのは
ピコダイモンはこんな体で物を食べました。人間と同じ物を。そして動き続けるためにすぐお腹を空かせ、食べ物を要求するのです。ピコというよりはペコだね――私がそう言うと、そいつの名前はペコとなって少しだけ大きくなりました。
◇◇◇◇◇
始めのうちは村中の人たちが私を神童のように扱ってくださいました。そして行商を使って王都から高価な魔術の本を一冊、取り寄せてもらえたのです。しかし、本の選択がまずかったのか、それとも私の得意分野の問題なのはわかりませんが、村のために役立つような魔法は何年経っても得ることができませんでした。
すっかり空気になってしまった上に、本質的には引っ込み思案だった私は村の人たちとも馴染むことができませんでした。そして十二の春、体も大きくなってきた私は、口減らしついでに村を出、二冊の本を手にペコと共に王都を目指したのです。
◇◇◇◇◇
王都までの道のりは長く、大人ならふた月とかからない所を四月近くを費やしてしまいました。理由の半分は路銀を稼いでいたため、もう半分はペコが思った以上に食べるためでした……。路銀は……その、ちょっといろいろたいへんでした。稼ぎは悪くないのです。いえ、悪いことをして稼いだわけではありません。あまり人に自慢できるようなことではないのです……。そして四か月の間にたくさんの人からいろいろな知識を得ることもできました。
そんな旅でしたが、最後の半月程度は親切な旅の方とご一緒させていただいて、なんとか王都に辿り着きました。王都に何の伝手も無かった私でしたが、その親切な方の知り合いの下宿を紹介してもらえることになりました。ただ、残念なことにその宿は潰れて別の店になってしまっていて、その親切な方も私どころではなくなり、またペコと二人だけになってしまいました。
まずは大賢者様を頼りに王城へ向かいましたが、みすぼらしい旅の少女など貴族街への門さえ通していただけません。私は手持ちのお金のほとんどを使って魔術師らしい身なりと手紙をしたためるための道具ひと揃いを整えました。街の広場で手紙を書くことは少々憚られましたが、というよりも大きな地母神様の像がちょっと恥ずかしくもあったのですが、大賢者様への手紙を書くと、門の詰め所で正式に受領していただいたのです。
ちなみにこの国の手紙というのは、貴族しか使わない大変高額な連絡手段なのです。その代わり、とても信用のおける連絡手段でもあります。
受領書の羊皮紙にサインをした私は、詰所で返事を待たせていただいても良いかと聞きました。詰所の衛士はぎょっとしましたが、貴族の使いが緊急の手紙の返事を待つことは珍しくないと聞いていましたので、待たせていただくことには問題は無かったはずです。
私には詰所の一室を貸していただけ、食事についてはなけなしのお金から硬いパンと水と麦芽酒を買い、数日を過ごしました。ちなみに麦芽酒とは麦芽を使った甘いお酒で水で薄めて飲みます。水がそのままですと飲み辛いのです。
◇◇◇◇◇
私は無事、大賢者様とお会いすることができました。大賢者様は私の名前は憶えていてくださったのですが、当時お話しいただいたことはあまり記憶に無かったようです。ですが、小さいころの勉学の成果としてペコを見せるとたいへん喜んでくださいました。
禁廷魔術師としての道のりは遠いけれど、実績を積むために宮廷魔術師をまずは目指してみてはどうかと提案されました。平民が宮廷魔術師に成ること自体が困難ではありました。まずは募集がかかるまで、腕を磨き名を広め、そしてなにより資金を稼ぐことを勧められました。手近なところでは冒険者として名を上げることが近道だそうです。
そして大賢者様は、募集の際には後ろ盾になってくださるとも仰ってくださったのです。
◇◇◇◇◇
さて、長くなってしまいましたがここからが私の冒険者生活の始まりでした。路銀が尽きたことを相談すると、ギルドへの登録も無料で行ってくださいました。ただ、今夜の宿がありません。私は掲示板の書板から、自分でも何とかなりそうな依頼を探しましたが、とても一人では受けられないようなものばかりでした。
『お嬢ちゃん、初めて見る顔だな。新人か? 祝福は?』
背の高い男性に声を掛けられました。背の高い――というのは語弊があるかもしれません。私が小さいだけなのです。小さくて困ってはいるのです。十二でも人によっては大人くらいの子も居ます。十五の成人までには大きくなるのでしょうか。
『魔法か何か使えるか? もしそうならオレたちと組まないか? 使えるのが居ねーんだ』
返答に困っていた私にそう提案してくださったので、自分が魔術師であることを話しました。そしてあまり繊細な魔法は得意ではないことだけ伝えました。体も小さいので、荷物もそうたくさん持てないことも。
『小さくはないな、十二分に大きい』
子供扱いは不本意でしたが、頼れるものもないので彼の
『小さいってことは無いだろ?』
『ああ、大きい』
『かなり大きいな』
魔法については、自分の使える魔法が範囲魔法ばかりなのでとは断りました。
『火球のようなものか?』
まあ、だいたいそんなところですね――火球は知りませんでしたが似たようなものだと思います。彼らには路銀が尽きて、泊まる場所もなく困っていたことを伝えました。すると、ちょうど宿の四人部屋のベッドが一つ空いているというので、そこに置いていただけることになりました。
宿に着くと、彼らは食堂で私の歓迎会を開いてくださいました。王都の食事はとてもおいしくて、薄めて飲むお酒も麦芽酒ではなくもっと香りのいいお酒で、ついつい食が進んでしまった私は、早々に酔って眠り込んでしまったみたいです。
◇◇◇◇◇
朝起きると体のあちこちが痛く、寝ぼけてどこかにぶつけたみたいでした。彼らもまた、顔にあざを作っていました。どうしたのか聞くと――。
『覚えていない? ……酔うと暴れるクセある?』
どうもベッドに運ばれる際に彼らを殴ってしまったみたいです。申し訳なさでいっぱいでした……。
その日は朝から森にゴブリン退治に向かいました。ゴブリンは初めて相手にするので――彼らにそう話すと最初は後ろで見ているようにと告げられます。
彼らは意気揚々とゴブリンに突っ込んでいきます。危なげなくないことも無いのですが、彼らは傷つきながらもゴブリンたちを葬りました。小さな老人のような顔の生き物は、どれもとても小さな魔石しか取れませんでした。
『援護できそうなタイミングはあったか?』
そう聞かれても、混戦では私の出番はないのです……。
『じゃあ先に魔法を撃ってみてくれ』
気を取り直して次のゴブリンの群れに魔法を放とうとしましたが、森の中は遭遇する距離が近いため、詠唱の間に相手に気付かれ、あっという間に距離を詰められ混戦になってしまいます。
『オレたちを巻き込まないように上手く撃てねえの?』
それも難しいのです……。そんな繊細な使い方はできた
結局、私は一度も魔法を使うことなく、申し訳ないので荷物を持たせてもらいました。彼らもちょっと機嫌が悪かったのか、少し多すぎるくらいの荷物を寄越されました。
冒険者ギルドに寄ると、幾許かのお金が手に入りました。これで宿代が払えると思いましたが、彼らのリーダーはまあしばらくはいいと言って受け取っては貰えませんでした。その日の夜は、一人で先に部屋で体を拭かせてもらい、早めに就寝することにしました。
◇◇◇◇◇
……ですが何故か、翌朝にはまた体のあちこちが痛みました。そして彼らもまた、顔に新しいあざを作っていました。昨日は酔うほど飲んでいませんし、そもそもほとんど水のお酒しか飲まなかったのに。
この日もまた、森にゴブリン退治に出かけました。今日もペコは朝からぐーぐーとポケットの中で眠っています。ときどきくるりと寝返りを打って、いい気なものです。
ゴブリン退治ではやはり何もできることがありませんでした。仕方が無いので、魔石の取り出しを手伝いました。
『魔石の取り出しは上手じゃねえの。案外平気なんだな』
ええ。解体ならお手の物です。四か月の間、ほぼそれだけで暮らしていましたから。
『父親が猟師か何かなのか?』
父は木こりですね。
『なるほど森に入るもんね』
何がなるほどなのかわかりませんでしたが、先ほどからの話がかみ合っていない気がします。そして少しだけ役に立った気になってました。でもよく考えたら魔術師の仕事ではありませんね……。
◇◇◇◇◇
次の日の朝、また体のあちこちが痛み、彼らも同じように新しいあざを増やしていました。私のせいでしょうかと聞くと、気にしないでいいと返されました。
今日はゴブリンの巣の掃討に向かいます。ゴブリンは穴掘り妖精が開けた廃坑に住み着くことが多く、時には宝石も手に入ることがあるそうです。
しかし迂闊でした。森で活躍の場がないというのに、どうして狭い廃坑で私の役に立てることがありましょう。結局のところ私は、何度かの魔法の要請に一度も応えることができず、大荷物を背負わされて帰るだけに終わってしまったのです。
ペコは寝たままで愚痴のひとつも聞いてくれません。
◇◇◇◇◇
さらに次の日、体中がひどく痛む上に、彼らは機嫌が悪く、そしてまた新しいあざも増やしていました。また私なのかと謝りましたが、返事も返してもらえません。
この日はゴブリンの巣の掃討完了の確認だけで終わりました。そしてギルドに帰れば、まとまった金額の報酬が手に入るはずでした。
「そ、その、お話が違います……」
「だがよおミコルちゃん、魔法もロクに使わない魔術師なんてただのお荷物なんだよ」
「でで、でも、申しましたではございませんか、繊細な魔法は……」
「なんだって? もう少し大きい声で言ってくれ」
ごめんなさい。頭は回るつもりなのですが喋るとなると上手く言葉にできないのです……。
「とにかく、山分けなんて無理だ。三分の一だって多いくらいだ」
「だいたいな、宿だって金が無いから部屋に泊めてやってんのに殴られてよ」
「お前、わかってやってんじゃねえのか?」
「すすすすみません、夜のことは覚えが無くて、ほんとに……」
彼らの言うことも尤もです……申し訳なさでいっぱいでした。が――。
「いやいやいや、君らおかしいでしょ。それにお金のない女の子を部屋に泊めてあげてるってさ、ちょっといかがわしくない?」
近くのテーブルで本を読みながらお茶を飲んでいた珍しい黒髪の男の人が声をかけてくださいました。
「うっせえな、うちのパーティに口出すなよ」
「兄ちゃん、見ない顔だな。そんなひょろい体で冒険者か?」
「いや俺、しばらく居なかったけどココ地元だから。君らこそ他所から来た人でしょ。見ない名前だし」
見ない名前? 三人は気にしていませんでしたが、確かにそう言いました。
「お前らよ、そいつひだまりのヒモだから気を付けた方がいいぜ」
また別の冒険者の方が三人に言います。ひだまりのひもとは?
「んだよ、ひだまりって」
「ひだまりも知らねえのか。ご愁傷さまだな」
そう言ってその方はさっと離れてしまいました。きゃっ――突然、肩に手を回され――。
「とにかく、ミコルちゃんとはそういう仲なんで、俺たち。な?」
「え? ええ……」
さすがに体に触れられるのは嫌でしたが、パーティの仲間ですし……。
「ほんとかよ。その子、震えてるけど?」
ほんとだ……自分でも震えていることに気が付きませんでした……。
「とにかくさ、女の子を野郎の部屋に泊めて助けてやってるとかおかしいし、魔術師がお荷物ってのもおかしい。魔術師なんて暇なくらいがちょうどいいんだよ。必要なときだけ魔法使ってくれればな」
「ミコルちゃんが良いって言ってるんだからいいだろが」
黒髪の人は三人のうちの一人に襟を捻り上げられますが、そういうのは良くないです。私が声を上げますが、小さくて届かず聞き入れてくれません。
「じゃあ聞くけど――君はさ、こいつらとは体を許すような関係なの?」
「とととととんでもないです。そ、そんな、か、体なんか許しません」
「ハァ? 思わせぶりな態度取ってんじゃねえよ」
そんな話知りません! 私は恥ずかしくてまともに喋れないでいました。
「君もパーティはよく選んだ方がいいよ――っと」
「痛い痛い! 腕を離せ!」
見ると黒髪の人は、襟を掴まれていた腕を逆に掴んでいましたが、何故か掴まれているだけの方が悲鳴を上げています。
さらにもう一人が殴りかかったのを受け止めると、そちらの方も悲鳴を上げ始めました。
「何やってんだ、お前ら?」
私の肩を掴んでいた方も不思議そうにしています。
「折れる、腕が折れる!」
「別に折ってもいいんだけどさ、受付のお姉さんが怖い顔してるから、その子に分け前渡してパーティから解放してあげてくれない?」
受付のお姉さんと目を合わせると――私じゃない――とでも言うふうに首を振っています。
「アニキ、いいから分け前渡してやれ! マジに折れる!」
「パーティもな」
「パーティも!」
「いやおい! こんなの強制される言われは無いだろ!」
リーダーが受付のお姉さんに怒鳴ります。お姉さんも怯えてます。
「そうだよ。だから君が言わないと」
私? 黒髪の人は二人を掴んだまま腰を落とし、私に視線を合わせて言います。
私は頷くと、恐る恐る肩の手を振り払ってリーダーに向き合い、深呼吸をし――。
「私の――正当な取り分を――要求します! パーティも抜けます!」
上擦ってしまいましたが、ちゃんと声に出して言えました。
そうして私は正式な報酬の分け前を貰い、パーティから抜けることになりました。
荷物も手持ちしかないので三人ともここでお別れです。
ですがどうしましょう。一人ではこの先難しそうです……。
「なあ、どこか魔術師の必要なパーティ居ない?」
そんな私を察してか、黒髪の人は周りの人たちに声をかけてくださいました。
「オレんとこなら空いてるぜ。まだ三人だし」
背の低い、私と変わらないくらいの男の子が名乗り出ます。
「アイスんとこが空いてるって。試しに入ってみれば? 入ってみて嫌だったらちゃんと言って抜けなよ」
「うっせえ。次から次に女に手を出すな、ヒモのクセに! お前と違って責任感あんだよ!」
「ああそうかい」
「ああああ、あの、ありが――」
「来なよ! 仲間に紹介するぜ!」
黒髪の人にお礼を言いかけたところを男の子に引っ張られてしまい、伝えることができませんでした……。
「あいつはひだまりのヒモだから気を付けろよ」
離れたテーブルに行くと、彼が小声でそう言いました。
「こっちはシャロ、そっちはダスケサー」
「でっか!」
シャロと呼ばれたふわふわした淡い金髪の女の子の第一声がそれでした。彼女の方が背が高く見えるのになんで……。
「やめろよシャロ、女の子だろ。ダスクでいいよ。僕は聖堂騎士。遠くで見てたけどなんか大変そうだったね」
「はあ? 気取ってんじゃないわよ、ムッツリダスクが。――あたしは盗賊。よろしくね。え、それなに? 動いてるの?」
今頃になってペコが起きだしてきます。小さな鳥のような姿のペコは王都でも珍しいみたい。
「こ、こっちは
その後、黒髪の人が女の子パーティの中で彼女たちに養ってもらってる情けない男――という話を聞いた。そんなはずない。私に勇気を与えてくれたあの人は、すごく輝いて見えたもの――。
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いきなり飛ばしてすみません……。
キリカの話でちょこっとだけ出たキャラです。
しかも続きますすみません……。
感想たいへんありがたいです。
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