第4話 アイス

 俺の名前は篠原 祐樹シノハラ ユウキ。この世界では召喚者と呼ばれている。


 召喚者とは言っても特別すごい力があるわけでもなく、魔王と戦うわけでもなく、すぐに城から放り出されて庶民として生活を送っている。ああいうのはハルとアオの仕事。



 俺にはアリアという大切な恋人が居る。失恋して異世界にきて、苦しむ俺を癒してくれた大切な女の子のひとり。そして彼女が冒険者として孤立していた所を俺が救った――とは以前のギルドではよく知られていた話だが、それを知る連中はある意味加害者側であったため、わざわざそれを表立って言う奴はいないし、俺もそれでいいと思っている。


 彼女の結成した女の子だけのパーティが《陽光の泉ひだまり》。そこに入れてもらった俺に付いた渾名のようなもの――《陽光の泉ひだまり》のヒモ――は、旧知の知り合いの間では半ば愛情を持って称されている……たぶん。もちろん、今ではそれを知らない連中の方がずっと多く、文字通りの意味に取る者も多い。たとえばこんな――。



「おいヒモ! アリアさんからいい加減手を引けよ! お前みたいな地味顔には美人のアリアさんは絶っ対似合わねえ!」


 俺がお茶を飲んでギルドでのんびり本を読んでいると、赤い髪の少年が突っかかってくる。アリアとは違った色合いではあるが、アリアと同じ赤い髪と言えるところがちょっとむかつく。小さいくせに顔はイケメンだし。


「おい聞いてんのか!? お前、ルシャ様にもちょっかいかけてんだってな! オトコとして最低だぜ。アリアさんはオレが幸せにするからな!」


 実はルシャとは――まあそれはいいか。とにかく、アリアを諦めるなんて死んでもない。死んだら元の世界に帰っちゃうしな。ここを離れたくない。


「訓練場に来いよ! アリアさんを賭けて勝負しろ!」


 さすがにその言葉にはカチンと来た。


「お前、名は何ていうんだ」


「アイスだ」


「いいかアイス、お前が俺をヒモだのなんだの言うのは構わない。だけどな、アリアは物じゃない。賭けの対象になんかするな。そういうのは彼女を馬鹿にしてるし俺も頭にくる」


「む……」


「それにだ、アリアが好きなら本人に言え。ビビってるからって俺に当たるな」


 俺はよくこの世界の連中から舐められる。体格が貧弱なのもあるし、顔も特別良くない。こいつの言う通り地味顔だ。こんな年端もいかない少年にさえ舐められる。


 言い返せない少年に、指をさして促す。

 ちょうど待ち合わせでやってきたアリアだ。


「どうしたの? 指なんか差して」


 だがアイスは走ってギルドの建物から出て行った。


「あいつ逃げやがった……。――アリア、アイスって男の子知ってる?」


「ううん。知らないけど」


「いま出て行ったやつなんだけど」


「ごめん、見てなかった。知ってる、キリカ?」


 うん、なんかちょっとかわいそうだった。

 そして後ろを見るといつの間にかキリカが立っていてほくそ笑んでいた。


「なんだよ」


「ちょっと見直したわ」


 キリカは俺の肩をポンと叩くと、アリアの腕を取って『行きましょ』と出て行こうとする。


「ちょっ、キリカ。ユーキもいこ」


 俺はテーブルを片付けると二人の後を追った。



 ◇◇◇◇◇



 ひと月後、再びのんびりできる時間ができた俺はギルドでお茶を飲んでいた。

 落ち着きのないアイスの姿を見かける。


「ようアイス、魔術師のあの子の面倒はちゃんと見てやってたか?」


「げ、なんだよ。ヒモも居んのかよ。見てるに決まってんだろ」


 アイスはそのまま訓練場の方へ歩いていくが、すぐにしゅんとした顔をして戻ってきた。何をやってるのか知らないが、興味は無かったので読書に戻る。


 やがて手合わせを終えたアリアとヘイゼルが訓練場から戻ってきた。声を掛けようとすると、いそいそと駆け寄ったアイスに先を越される。


「アリアさん、お話があるのですが!」


「さっきから何? 話って」


「できれば二人だけで話したいのですが」


「嫌よ。誤解されたくないもの」


 あれだ。アリアは屋上とか校舎裏とかで告白とかしたくても、そもそも来てくれないタイプだ。


「そ、そのっ、お願いがあるのです!」


「ちょっ、近づきすぎないで。子供じゃないでしょ。距離は保って」


 一歩踏み込んできたアイスにアリアは剣の柄を向けて言うが、さすがにちょっとかわいそうになってきた。アリアもこっちをチラチラ見て助けを求めている。隣に居るヘイゼルも困った様子。しかしアリアには悪いが、そこで口を出すほど俺も野暮じゃない。


「オレと付き合って欲し――」

「無理」


 食い気味にアリアは言うと、さっさと立ち去ってこちらにやってくるなり席に着く。


「どうして助けないのよ」


 頬を抓られ小声で叱られる。ヘイゼルもこれには苦笑い。


「や、男の子が勇気を振り絞ってたからさ」


「あたしが気移りしてもいいんだ?」


「信じてるからね」


「もう!」


 アリアは俺のカップを奪って照れ隠しにお茶を飲み干す振りをし、そのままカップで口元を覆っていた。アイスはというと、唇をかみしめながら俺をねめつけ、去っていった。


「アリア様? ユウキ様は優しすぎるんですよ。あの子に同情してるんです」


 ヘイゼルが微笑みながら言う。


「――もしも自分があの子だったらどんなにつらいだろうって」


「確かにそれはつらいな」


「そんな、あたしは――」


「でも、アリアがしっかり断ってくれたのも嬉しくはあるんだ。それも嘘じゃない。俺の自分勝手な感情だから、アリアが気に病むことじゃないんだ。ごめんね」


「――謝られても困る」


 俺はアリアに謝る代わりにおいしいご飯をご馳走すると言って、ヘイゼルと一緒に市場に誘った。ヘイゼルは後で行くからお二人でどうぞと再び訓練場へと去って行った。






--

まだ続いてます。


感想たいへんありがたいです。


誤字報告は小説家になろう様(https://ncode.syosetu.com/n9699ib/)に機能があるのでそちらでお願いしています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る