6 識らぬが仏
翌朝。爽やかさの欠片もない喧しい放送で目を覚ました唯斗は水を飲んで顔を洗う。洗面所から帰ってくると、大葵も目を覚ましていた。
ぽわんとした寝癖がかわいい、と思ったら、唯斗の身体が動いていた。
トサっと音がした。唯斗は大葵の上に覆いかぶさり、戸惑う大葵に思いっきりチューをした。
「へあっ、なっばっぶるヴぇ⁈」
大葵は驚いた様子で顔を真っ赤にして意味不明な単語を叫んだ。
「おはよー大葵」
唯斗は意地悪に笑う。
修学旅行二日目は、京都・二条城を見てから奈良県に移動して東大寺をめぐる。朝食を食べ、荷物をまとめて点呼した唯斗たちは再びバスに乗り込んだ。
京都・二条城。
かつて徳川家康が天皇の住む京都御所の守護と宿泊の為に作った城。
唯斗と大葵は、鴬張りの廊下を歩きながらメモをした。
「はーい、では、ここから鴬張りの仕組みを見てみましょー‼」
恵都が叫ぶと、観光客が精華小軍団を避け始める。
唯斗と大葵はしゃがんで下を覗く。目かすがいと釘が擦れて出る独特な音は侵入者を見つけるためにつかったらしい。今の住宅技術もさることながら、こういう先人の知恵は現代人では思いつかないものばかりだと思う。
二条城を後にした一行は、バスで奈良まで移動した。
五重塔、正倉院などをめぐり、いよいよ帰る時間だといっていた時。
「あらーリュイ!偶然ね!」
プチーツァのロシア語が聞こえて、リュイがそれを睨む。
行きのバスについてきたLFAはやっぱりリュイの家のものだったようで、何を思ったかこの夫婦は息子の修学旅行についてきた。
「ちょっと!なんでいるんだよ!」
「リュイがキョートまで行くって言うから、ついついね。日本ってったらキョートじゃない」
「うんうん」
チムナターも満面の笑みで頷く。
「あと帰るだけかしら?私たちもついていって、学校から家まで車で帰りましょ」
プチーツァはそれだけ言って車に乗り込む。
彼女は相手が断りそうなときは強引に切り上げる悪い癖があった。
「大丈夫そ?」
「だいじょばない」
唯斗はリュイの荷物をバスのトランクに投げた。
それから、帰りのバスは皆眠っていた。旅館だし、普段より早起きを強いられた奴も居たようで眠りこけていた。唯斗は車で寝ないタイプなのでずっと隣で寝る大葵を見つめていた。
「ん~、ゆいと、好き」
大葵が突然そんなことを言い出すので何かと思い訊き返すと、それが寝言だったことに気付いた。どんな夢を見ているのか知らないが、夢の中でも一緒に居てくれるなんていい奴だなと思った。
休憩になり、大葵を起こすと、大葵は寝惚けて唯斗に抱き付く。トイレは大丈夫だと言うので暫く頭を撫でていると、幸せそうに笑う。
「なあ、唯斗」
大葵は潤んだ目で唯斗を見上げる。
「好きだよ」
大葵は唯斗の目をまっすぐ見て言った。唯斗は頷き、そっと目を閉じた。
修学旅行が終われば大した行事なんてない。
年越しをし、あっという間に卒業。
たった三ヶ月の三学期は大葵とイチャイチャして終わった気がする。
バスの中での出来事は唯斗は告られたと認識していた。だから、唯斗は大葵の彼氏になった気でいた。
大葵にそのことを話したら、大笑いされて
「じゃあ、今日から彼氏だな」
と正式に告白された。
嬉しいのは勿論だったが、唯斗はなぜだか釈然としない気持ちになった。
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