3 流れる想い
唯斗がリュイを手伝い始めて早三日、精華小学校では噂が流れ始めていた。
――ねえねえ、唯斗と南雲君って付き合っているらしいわよ!
――マジ?!BLじゃん!
――美男子カップルね!
リュイがいつも原稿を書いているのは夕方の図書室。
夕暮れ時の西日が差す空き教室で二人、談笑しながら原稿を書く。確かに、"それ"に慣れたクラスの腐女子には
その噂に一番振り回されたのは、ほかでもない大葵だった。
大葵はその噂を聞いた日から唯斗と話せていなかった。唯斗とのチャット画面すら開いていない。
大葵はてっきり、自分たちは両想いなんじゃないかと思っていた。でもそれは自分の勝手な勘違いで、唯斗は大葵と赤い糸では結ばれていない。そう思う様になっていった。
考えれば考えるほど、唯斗が好きになっていく。 嫌いになんてなれるわけがなかった。ずっと好きだった。それがいけないことのようで嫌だった。
今この時も、唯斗は自分よりリュイを見ているのだと思うと胸が痛い。自分なんてただの友達なんだって思っていると思えて、誰も信じられなくなる。もうこの気持ちは、この傷は癒えない。
――傷?
大葵は分かってしまった。分かりたくなかった。今まで自分は唯斗の時間を奪ってきたのだと。自分で勘違いして、家に何度も押しかけて、リュイと居る時間を削ってきた。その挙句、真実を知れば自分で勝手に傷ついて嫉妬して。とんでもない悪漢だ。自分の思い込みなんだ。
全部。そう分かってしまった。
もう、自分が一番嫌いだった。
唯斗と大葵の使う土間に行くには図書室の前を通らないといけない。大葵は唯斗を見ない様に帽子を
どれくらいの時間が経っただろう。何巻か読み
「ここ開けて?」
小首を傾げ、子犬の様な目を輝かせながら。
大葵が窓を開けると、外の熱い風と共に無遠慮に唯斗が上がってくる。
「あー、涼しぃ~!!」
唯斗はTシャツで首元の汗を拭き、前髪をかき上げて逃げようとしている大葵の襟首をつかむ。
「ねえ、なんで俺のこと避けてんの?」
大葵より少し高いくらいの身長の唯斗だが、襟をつかむ力は並ではない。
「この前だって、いつも誰よりも早く補聴器変えたら気付くのに見てもくれないし」
その目はちっとも笑っていない。どうやら唯斗は避けていたことを怒っている様子。大葵が何も答えられずにいると、唯斗は溜め息をついて
「そう」
突然唯斗はすっと真顔になり、「これ父さんの秋田土産」と持っていた紙袋を机に置く。そそくさと帰ろうとして、窓から出る一歩前のところで止まって振り返る唯斗。
「俺、いますっげえ腹立ってっから」
気付けば大葵は、走り出していた。補聴器を付けなおして外に出ようとした唯斗の腕をつかみ、家に引き戻して大きなソファに押し倒す。
「『腹立ってる』じゃねぇよッ!」
大葵の大きな声に、今度は唯斗が驚く。
「人の気持ちも知らずに...お前こそ!俺なんかよりリュイと一緒に居ろよ!」
唯斗は大葵の怒った顔を初めて見た。まだ知らない一面を心のメモリーに保存しながら、大葵に訊き返す。
「なんだよそれ。リュイとは一緒に委員会の仕事してるだけだけど」
「は?」
暫く話は嚙み合わなかったが、どうやら唯斗はあの噂の存在自体知らなかったらしくリュイとも何の関係もないという。これに焦ったのは大葵である。勘違いで唯斗を押し倒した。もう少しで罵詈雑言を吐くところだった。
大葵が焦っていた時、熱いものがふにっと頬に当たる感覚。
――きっききききき、キス?!
「いつか、お仕置きしてあげる」
ニマっと笑ってそれだけ言って、唯斗はまた窓から帰っていく。
大葵は今まで、噂を鵜呑みにして確かめようともせずに唯斗を避けていた。
でもそれは違った。自分の目でしっかりと確かめることが大事だって、唯斗が教えてくれた。この気持ちは失くさない。
――俺は唯斗が好きだ。
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